創造神の名
― 創造神の名 ―
― 宇宙某所・ポイント・ゼロ ―
星の光さえ届かない宇宙の深淵。
通常の航行記録にも存在しない座標。
そこに巨大な要塞が浮かんでいた。
ポイント・ゼロ。
神格再編機関、その中枢。
無数のモニターが並ぶ巨大な司令室では、太陽系各地で繰り広げられている戦闘の映像が映し出されていた。
その画面の一つ、木星宇宙ドック基地…
二人の男と一人の女が映っている。
木星王モク・ゼノス。神帝サターン・ジュウ。
そして将神イッカク。三者の戦いは、未だ決着していない。
その映像を、一人の男が黙って見つめていた。
両腕は黒と金属で構成された義手。
創造神レオナルド・ダヴィンチ。
彼は椅子に深く腰掛けていた。
「……。」
その横に、一人の男が立っている。
カガミ・レイジ博士。
レイジはしばらくダヴィンチを見ていた。
そして意を決したように口を開く。
「……ダヴィンチ様。」
「何だ?」
「以前から……気になっていたことがあります。」
ダヴィンチはモニターから視線を外さない。
「良いぞ…言ってみろ。」
レイジは手にしていた資料を開いた。
そこには古い地球史の記録が表示されていた。
「あなたの名前です。」
ダヴィンチの指が止まる。
「俺の名前?」
「はい。」
レイジは画面を拡大する。
そこに表示された名前。
Leonardo da Vinci
「歴史上の人物……レオナルド・ダ・ヴィンチ。」
「あぁ…」
「そして現在のあなたは」
別の記録が表示される。
Leonardo Davinci
「レオナルド・ダヴィンチ。」
レイジは静かに尋ねた。
「なぜです?」
ダヴィンチが初めてレイジの方を向いた。
「何がだ?」
「『ダ・ヴィンチ』ではなく……『ダヴィンチ』である理由です。」
ダヴィンチはしばらくレイジを見つめていた。
そして小さく笑った。
「……たいした理由ではないんだが…」
「研究者ですから。気になるのです…」
「あぁ…なるほど。」
ダヴィンチは椅子から立ち上がった。
金属製の義手が、僅かな駆動音を響かせる。
「俺の過去を知りたいのか?」
「……はい。」
ダヴィンチはモニターを消した。
「まあ良かろう。」
暗闇の中で、彼の声だけが響く。
「話してやる。」
― 地球・遠い過去
モニターに、一つの惑星が映し出された。
地球。
「レオナルド・ダ・ヴィンチ。」
ダヴィンチが、その名を口にする。
「十五世紀の人間だ。一四五二年。
フィレンツェ共和国のヴィンチ近郊で生まれたとされる…」
レイジは黙って聞いている。
「父親はセル・ピエロ。公証人だった。
母親はカテリーナ。そして、レオナルドは当時のフィレンツェ共和国で、芸術家として、技術者として、観察者として成長していった。」
モニターには、古い肖像画や写本。
そして数々の設計図。
「絵画だけじゃないぞ。人体を観察し解剖し。」
「飛行を夢見て機械を設計し。」
ダヴィンチの声に、僅かな敬意が滲む。
「彼は目の前にある世界を理解しようとした。」
レイジが口を挟む。
「……異端児…」
ダヴィンチは即答した。
「ああ。異端児だ…この時代には珍しい人種だ…」
その言葉には、妙な重みがあった。
「だからこそ私は偉大だと考える。」
レイジは黙った。
「神の力なんて持っていない。未来を知っていたわけでもない。超常の力で世界を変えたわけでもない。」
「それでも…」
ダヴィンチはモニターを見る。
「人間の頭脳だけで、これほど多くのものを想像した。」
― 「ダ・ヴィンチ」という名前
レイジが資料をめくる。
「では……名前については?」
ダヴィンチは静かに答えた。
「そこだ。」
「レオナルド・ダ・ヴィンチ。」
「現代人の多くは、『ダ・ヴィンチ』を姓だと思っている。だが、正確には違う。」
レイジが頷く。
「『da Vinci』…ヴィンチ出身、ヴィンチの。」
「そうだ。」
「つまり」
ダヴィンチは文字を指す。
Leonardo da Vinci
「『ヴィンチのレオナルド』。それが、本来の意味だ。」
レイジは黙って画面を見つめる。
「彼は、後世の人間が思うような『ダ・ヴィンチ家』という姓を持っていたわけではない。」
「そうだ。」
「それを…あなたは知っている。」
「ああ。」
ダヴィンチはゆっくりと歩き出す。
「俺は、彼の血を受け継いだ。
遠い遠い……子孫としてな。公式には発表していないが名前を見れば一目瞭然だろ…」
レイジの目が僅かに見開かれる。
「だが。」
ダヴィンチが立ち止まる。
「俺は彼ではない。」
「レオナルド・ダ・ヴィンチは、1519年に死んだ。
フランスでな。彼が生きた時代は終わった。
そして何百年、何千年と時代が流れた。」
モニターには文明の発展が映る。
蒸気機関、航空機、宇宙船、惑星都市、神格文明、銀河文明。
「人類は進歩した。彼が想像したものの一部は、遥か後の時代になって現実になった。」
ダヴィンチは静かに言う。
「だが俺は思った。」
「……何を?」
「なぜ、先祖はそこまで想像できたのに。
人類は、その先へ進むのにこれほど時間が掛かったのか。」
レイジは答えない。
「そして……」
ダヴィンチが自分の名を見る。
Leonardo Davinci
「俺は神軍に入隊した時に名前を変えた。」
レイジが尋ねる。
「『ダ・ヴィンチ』を……?」
「ああ。」
「『da』を外した。ヴィンチという土地に属するレオナルドではなく。」
ダヴィンチは自分自身を指す。
「レオナルド・ダヴィンチという、一人の人間として生きるためにな。」
レイジは静かに尋ねる。
「では……あなたにとって、レオナルド・ダ・ヴィンチとは?」
ダヴィンチはすぐには答えなかった。
しばらく暗黒の宇宙を見つめる。
「……尊敬する先祖だ。偉大な人間だった。」
「だが。神ではない。伝説でもない。
ましてや、俺が崇拝する存在でもない。」
レイジが息を呑む。
「では……」
ダヴィンチの目が鋭くなる。
「目標…かな?」
「……。」
「俺がこの名を受け継いだ理由は、先祖の栄光にすがるためじゃない。先祖が到達した場所を知るためだ。」
「そしてそこから先へ進むためだ。かつての先祖がそうだったように…私自身この停滞した宇宙を再編する為に…」
モニターが再び点灯する。
木星宇宙ドック基地…ダヴィンチはその光景を見つめていた。
「ダヴィンチ様…その先に……何があるのですか?」
ダヴィンチは答えなかった。
ただ戦場を見つめ続ける。
やがて、その口元に僅かな笑みが浮かんだ。
「そんなもの知るか…それを見たければ俺に着いてこい…」
そして先祖から受け継いだ名前を静かに口にする。
「レオナルド・ダ・ヴィンチ。」
一拍。
「偉大な男だった。」
さらに一拍。
「だからこそ…」
ダヴィンチは振り返る。
その瞳には、創造神としての強烈な意志が宿っていた。
「私は先祖を超える。」
ポイント・ゼロの司令室に、その言葉だけが静かに響いた。
― 太陽系・木星圏
ー 木星宇宙ドック基地・旧ドック廃基地 ―
「高速接近反応!」
木星艦隊の艦橋に、緊張した声が響いた。
「数は!?」
「不明!艦艇ではありません!戦闘機でもない!」
「では何だ!?」
通信士が画面を睨みつける。
「何かが高速でこちらへ向かってきます!」
次の瞬間モニター上の光点が消えた。
「……消失?」
「違います!」
通信士が叫ぶ。
「もう……そこにいます!」
その瞬間だった。ズドォォォォォン!!
巨大な衝撃音の後旧ドック廃基地の大地が揺れた。
ゼノスとサターン・ジュウそして将神イッカク。
三人の視線が一斉に一点へ向く。
崩れ落ちた鉄骨のその中央に何かが突き刺さっていた。
「……?」
ゼノスが目を細める。
ジュウも警戒しながらその正体を見つめる。
やがて砂煙が晴れていく。
そこにあったのは槍。
長く美しい一本の槍だった。
その表面には、古代文字のような紋様が刻まれている。
そして穂先それは鋭利という言葉では足りなかった。
光を吸い込むような漆黒の刃。
ジュウが呟いた。
「……槍?」
ゼノスは眉をひそめる。
「ただの槍じゃねぇな。」
イッカクは何も言わなかった。
ゆっくりとその槍へ近づいていく。
一歩また一歩。
そして柄を掴んだ。
「……。」
ギギギギギ……巨大な金属構造物に突き刺さっていた槍を、イッカクは片手で引き抜く。
ズゴォォォォン!!
周囲の瓦礫が弾き飛ばされ槍が完全に姿を現す。
その長さは人間の身長を遥かに超えていた。
イッカクはそれを軽々と持ち上げる。
そしてゼノスとジュウへ向けた。
二人の表情が変わる。
イッカクの顔から、先ほどまでの笑みが消えていた。
「……。」
イッカクは槍を構えた。
その瞬間空気が変わった。
先ほどまでとは明らかに違う。
凄まじい殺気。そして圧倒的な造神エネルギー。
旧ドックの床面に亀裂が走る。
ジュウが小さく息を呑む。
「……その槍。」
イッカクが答える。
「これか?」
「ええ。」
ジュウが構える。
「あなた……今まで本気じゃなかったのね。」
イッカクは笑った。
「あぁ…この槍は神器…….一角である。」
ゼノスが拳を握る。
「……なるほどな。」
イッカクは槍を肩に担ぐ。
「木星王そして神帝。」
二人を交互に見る。
「この二人を相手にするなら……」
槍の穂先がゆっくりと下がる。
「こちらもそれなりの武器を使わなければ失礼というものだ。」
ゼノスが笑う。
「随分と余裕だな。」
「余裕?」
イッカクが笑う。
「違う。確信だ。」
その瞬間。ドンッ!!
イッカクの足元が爆発した。
「――!」
姿が消える。
ジュウが反応した。
「来る!」
右。
槍が走る。
ギィィィィン!!
ジュウが腕で受け止めた。
凄まじい衝撃。
「ぐっ……!」
地面が陥没する。
イッカクの槍がジュウを押し込んでいく。
「神帝でもこの槍は止められん!」
「甘い!」
ジュウが身体を捻る。
槍の軌道を逸らした。
その瞬間ゼノスが突っ込む。
「おおおおおお!!」
ゼノスは剣を抜きイッカクの顔面へ迫る。
だがイッカクは槍を回転させた。
ガァン!!
柄がゼノスの剣を弾く。
「なっ……!」
そのまま槍を振り抜く。
ゼノスが身を反らす。
ヒュン!!眼前を穂先が通過する。
一瞬でも遅ければ身体を貫かれていた。
「危な……!」
ゼノスが距離を取る。ジュウも後退した。
三人の距離が開く。
イッカクは槍を構えたまま立っている。
傷一つない。
「……。」
ゼノスが低く呟く。
「武器一つで、ここまで変わるか。」
ジュウも槍を見つめる。
「これは神器だ…ただの武器じゃない。」
「ああ。」
ゼノスが答える。
槍を軽く回すとその軌跡に黒い光が残る。
「この槍は数多の戦場を越えてきた。」
イッカクの目が鋭くなる。
「神を殺し。王を倒し。軍を滅ぼしてきた。」
ゼノスの表情が険しくなる。
「この槍がお前たちの身体を貫くという事実だ。」
ジュウが静かに構える。
「随分と自信があるのね。」
「将神だからな。」
「……。」
「ダヴィンチ様に選ばれた将神だ。」
イッカクの表情が変わった。
誇り、忠誠そして狂気にも似た覚悟。
「私は、あの方の理想を実現するために存在している。」
ゼノスが言う。
「理想?」
「そうだ!この宇宙を変える。
古き神々の時代を終わらせる。新たな秩序を作る。
私はその新時代の神となる!」
ゼノスが鼻で笑う。
「だから木星宇宙ドック基地を奪うのか?」
「ああ。」
「このドックは新しい世界を作るために必要だ。」
ジュウが言う。
「そのために何人殺すつもり?」
イッカクは即答した。
「必要なだけ。」
「……。」
「戦争とは、そういうものだろ。」
ジュウの目が冷たくなる。
「なら私たちは絶対に止める。」
ゼノスも構える。
「俺もだ。」
イッカクは二人を見つめ槍を水平に構えた。
「ならば続きを…始めようか……。」
次の瞬間。ドォォォォォン!!
三人の姿が消えた。
旧ドックの中心で、再び巨大な衝撃波が爆発する。
木星艦隊、サターン艦隊が揺れる。
無数の瓦礫が宙へ舞い上がる。
ー 木星艦隊
「司令!レーダーに大型艦の反応!」
「ん?艦名は?」
「宇宙空母ノアです!」
「ノアか…モック様が来てくれたのか…」
宇宙空母ノアはゆっくりと木星宙域に姿を現した。
(続)




