太陽系、再び燃える
― 太陽系、再び燃える ―
―惑星アルタイル、戦争終結から五日後
惑星デネブで戦争が終わってから五日。
それは、長い戦争を終えた者たちにとって、ほんの僅かな休息だった。
惑星アルタイルの空には、未だに戦闘艦が浮かんでいる。首都周辺では警戒態勢が解除されていない。
軍港では損傷した艦艇の修復が続き、医療施設には戦場から運び込まれた負傷者が絶えなかった。
勝利したはずなのに誰も笑っていない。
戦争とは敵を倒した瞬間に終わるものではない。
失った者たちを受け入れ、壊れたものを直し、残された者たちが再び日常を取り戻してようやく終わる。
そしてアルタイルにはまだ戦場から帰ってきていない男がいた。
― 惑星アルタイル中央医療センター・特別治療区画
静かな部屋。
一定の間隔で電子音だけが響いている。
――ピッ。
――ピッ。
――ピッ。
その中央に、一人の男が眠っていた…八代目軍神彦星。アルタイルという星を象徴する存在であり、数え切れない戦場で兵士たちを導いてきた男。
だが今は、ただ静かに眠っている。
身体にはデネブ軍の狙撃によって受けた傷が残っている。
医師が生命維持装置を確認する。
「血圧、安定しています。」
隣の医師が頷く。
「いつ目を覚ましても良いはずだが…」
だが、その表情は晴れない。
「意識の回復は…まだ確認できませんね。」
部屋の隅に立つ兵士たちは、黙って彦星を見つめていた。
――宇宙警察連合第六巡視艦隊・旗艦艦橋
「アルタイル周辺宙域、異常なし。」
「巡視艦隊、配置完了。」
「宙帝残党の反応もありません。」
次々と報告が入る。
艦橋中央に立つ男が頷いた。
宇宙警察連合第六巡視艦隊司令"キドウ・ゼン"
その隣には、黒い翼を持つ女"堕天使ルシファー"
デネブ戦争の中、宙帝残党の一部がアルタイル周辺へ接近していた。
しかし第六巡視艦隊とルシファー、両者の連携によって、残党部隊はアルタイル宙域へ侵入することすらできなかった。
「敵艦隊、完全撤退。」
通信士が報告する。
ゼンは正面スクリーンを見つめる。
「追うな。」
「了解。」
ルシファーが窓の外へ視線を向ける。
「……まだ敵は動くか…」
「そういうものだ。ノアやジャスティスのいない今、 アルタイルを落とすには絶好のタイミング…」
ゼンは静かに答えた。
「ただ今回の戦争で失ったものが大きい…大きすぎる…ファイヤ様…」
その時。
「前方宙域!」
通信士が声を上げた。
「大型艦接近!」
「識別!」
「……宇宙空母ノアと宙警連旗艦 ジャスティス!」
艦橋にわずかな緊張が走る。
やがて巨大な艦影が星々の向こうから姿を現した。
宇宙空母ノア、宙警連旗艦 ジャスティス…
デネブ戦争を生き残った者たち
その姿を肉眼で見たキドウ・ゼンは深く深呼吸をした。
――宇宙空母ノア・艦橋
「第六巡視艦隊との合流を確認。」
「アルタイル側から歓迎通信。」
艦橋では通常通りの報告が続いていた。
しかし、そこにいる者たちの表情は重い。
戦争で一人の神帝が死んだ… 宙警連旗艦 ジャスティスの艦橋のその空席が何よりも雄弁だった。
タカヤは正面スクリーンを見つめる。
「軍神彦星さんの容態は?」
「現在も意識不明。アルタイル中央医療センターにて治療を継続中です。」
「…あぁ…そう…助かって欲しいね…」
タカヤが短く答えたその時だった。
「通信!」
通信士の声が響く。
「太陽系圏からです!」
ヒメナが振り返る。
「発信元は?」
「太陽系地球旧ヨーロッパ地域、聖地ネオ・エリュシオン!」
タカヤたちの表情が変わった。
大型スクリーンに通信映像が映し出される。
そこに現れたのは神帝オール・ムーン。
彼女の弟である神帝オール・サンも、別の画面に映っていた。
二人の表情には明らかな緊張があった。
「皆んな…」
オール・ムーンが口を開く。
「聞いて。」
「どうした?」
「太陽系各地で異常事態が発生している。」
戦争司令アーサー・マッカーサーの眉が動く。
「宙帝か?」
「違う。」
オール・ムーンは静かに首を振った。
「…まだ宙帝の方が予測できたわ…神格再編機関派よ…」
艦橋の空気が変わった。
オール・サンが続ける。
「すでに複数の惑星で動きが確認されている。」
「軍事施設だけじゃない。政府機関、研究施設、通信基地、宇宙港、各地都市まで攻撃を受けている。」
誰も言葉を発しなかった。
モックが呟く。
「……民間人も?」
オール・ムーンが頷く。
「モック…そうよ…あなたの故郷木星圏からも報告が入っている…」
「軍人だけじゃない。一般市民も巻き込まれている。」
映像の背後から警報音が聞こえる。
オール・サンが拳を握った。
「これは散発的なテロじゃない。複数の勢力が同じタイミングで動いている。」
「まるで…」
オール・ムーンが言葉を引き継ぐ。
「誰かに、一斉に命令されたように。」
タカヤはゆっくりと拳を握る。
「……ダヴィンチか。」
オール・ムーンは答えなかった。
だが、その沈黙こそが答えだった。
― 数時間前
太陽系各地にその通信は極めて特殊な暗号で送られていた。軍用通信でもない、政府通信でもない、通常の神格再編機関の通信規格ですらない。
最高位暗号、限られた者だけがその発信者を理解できる。
一つ、また一つ、太陽系各地の神格再編機関派に通信が入る。
創造神レオナルド・ダヴィンチ。
デネブ戦争でゴッド・スレイヤー改を受けその身体は傷だらけだった。両腕も失われている。
だがその肩には新たな義手が取り付けられていた。
漆黒と黄金の装甲…内部では神格エネルギーが脈動している。
ダヴィンチは、その新しい腕をゆっくりと持ち上げ握る。
ギギギギ……と金属が軋む。
ダヴィンチは笑った。
「…ついに両腕か…。」
義手を見つめる。
「失ったものは大きかったが…得たものも多い…神帝を一人殺した…。そして私はまだ生きている…」
顔を上げる。
画面の向こうでは各地の同志たちが息を潜めている。
そしてダヴィンチは語り始めた。
「太陽系の同志達よ。」
静かな声だった。
「今こそ……行動の刻だ。」
その瞬間各地の受信者が姿勢を正した。
「我々は長きにわたり待った。」
「古き神々、古き国家、古き秩序、この世界はあまりにも多くのものに縛られている。」
ダヴィンチの瞳が鋭くなる。
「我々と手を組んだデネブは敗れた。」
「だがそれはただの敗北ではない。」
口元に笑みが浮かぶ。
「デネブの敗北は我々が世界を変えるために必要だったのだと私は信じたい…」
画面に太陽系全域の地図が表示される。
無数の星。
その中に赤い光が一つまた一つと次々と灯っていく。
「太陽系各地に散らばる同志達よ。」
「今こそ立ち上がれ!政府を揺るがせ!軍を止めろ!通信を奪え!宇宙港を封鎖しろ!」
「そして…」
ダヴィンチの声が低くなる。
「神々が築き上げた世界そのものを破壊するのだ。」
「我々の手で、新しい世界を作る。古い神々に支配されない世界を。古き秩序を終わらせる。新たな神格秩序を共に築こう…」
ダヴィンチはゆっくりと立ち上がる。
そして最後に。
「太陽系の同志達よ。新時代の神は君達だ…」
通信が切れ画面が暗闇に戻る。
――太陽系各地
その直後一つの都市で爆発が起きた。
――ドォォォォン!!
政府庁舎が炎に包まれる。
別の惑星では宇宙港の管制システムが突然停止する。
また別のコロニーでは警備部隊の一部が反乱。
研究施設も破壊され通信施設が次々と占拠される。
そして軍事施設ではない。一般市民が暮らす都市にも武装集団が侵入する。
「神格再編機関に従え!新しい世界を作る!」
人々が逃げ惑う。
警報、銃声、爆発。
泣き叫ぶ声。
それは一つの惑星だけではなかった。
太陽系の各地で。
同じ時間に同じような事件が起きていた。
これは敗残兵による最後の抵抗ではない。
これはテロでもない…組織的な蜂起だった。
― 宇宙空母ノア・艦橋
通信が終わり誰も口を開かなかった。
タカヤは正面スクリーンを見つめている。
そこには遠い太陽系が映っていた。
アイズが静かに言う。
「……デネブが終わったと思ったら。」
モックが拳を握る。
「次は太陽系全部かよ。」
メインは目を伏せる。
そしてタカヤはゆっくりと艦長席の前へ歩いた。
「オダイさん…太陽系へ。」
艦長が敬礼する。
「わかっているさ…」
巨大な宇宙空母ノアが進路を変更する。
その後方では、ジャスティスも航行を開始する。
デネブ戦争は終わった…しかし早くも新たな戦争が始まった。
十八章・完
十九章へと続く…




