デネブ裁決
― デネブ裁決 ―
― 惑星デネブ・戦争終結から四日後
― 宇宙空母ノア・司法区画
午前十時。ノア裁判所の巨大な時計が、静かに時を刻んでいた。昨日と同じ法廷だが、そこに漂う空気は昨日とは明らかに違っていた。
今日、この法廷で一つの星の未来が決まる。
惑星デネブ、戦争によって軍事力を失い、国家元首を拘束され、そして今、その最高指導者自身の運命が決められようとしていた。
傍聴席には昨日と同じ顔が並んでいる。
誰一人として言葉を発しない。
ただ法廷中央の被告人席を見つめていた。
そこに座っている男もまた、昨日とは違っていた。
デネブ国家元首デネブ・アルガス。
昨日までのアルガスには、まだ国家元首としての威厳が残っていた。
自分は国を守った。自分は悪くない。彦星暗殺など命令していない。そう叫び続けていた。
だが今日は違った。
拘束具を付けられた両手を膝の上に置き、俯いたまま動かない。
昨日のように裁判長へ食ってかかることもないし傍聴席を睨みつけることもない。ただ目の前に置かれた判決文を見つめていた。
「……。」
その顔には疲労が刻まれていた。
そして、わずかな恐怖も。
もう逃げられない。アルガス自身もそれを理解していた。
「全員、起立。」
法廷係の声が響く。
全員が立ち上がる。
奥の扉が開いた。
静かな足音とともに、クロサワ・レイジが姿を現す。
昨日と同じ白い制服…表情も変わらない。
だがその手には分厚い判決文が握られていた。
クロサワが裁判長席へ着く。
「着席。」
全員が座る。
アルガスもゆっくりと椅子へ腰を下ろした。
法廷が完全な静寂に包まれる。
クロサワは正面を見据えた。
「これより、惑星デネブ国家元首、デネブ・アルガス被告に対する第二回公判を開廷する。」
一拍。
「本公判において、これまで提出された証拠、証言、軍事記録、通信記録、ならびに戦争に至った経緯を総合的に審理した。」
アルガスは俯いたままだった。
「被告人は、惑星デネブ国家元首としてデネブ軍の最高指揮権を有していた。」
「また、神格再編機関との協力関係を構築し、三星同盟軍との戦闘を継続した。」
「軍神彦星に対する暗殺未遂については音声データは出てきたものの被告人本人による直接的な命令を確認する証拠とまで及ばない為、証拠不十分とする。」
アルガスの指が僅かに動いた。
だが、顔を上げない。
「しかし……」
クロサワの声が法廷に響く。
「事件を実行した兵士および上官による独断行動を知った後も、被告人はこれを停止せず、処罰も行わなかった。」
「さらに、その後もデネブ軍による戦闘行為を継続した。」
アルガスは目を閉じた。
「以上を踏まえ、本法廷は被告人に対し、国家元首、軍のトップとして重大な戦争指導責任があったと認定する。」
法廷内の空気が重くなる。
そしてクロサワは判決文を開いた。
「これより判決を言い渡す。」
アルガスの肩が僅かに震えた。
傍聴人達は誰も動かない。
「被告人デネブ・アルガス。」
クロサワがアルガスを見据える。
「惑星デネブ国家元首としての戦争指導責任、神格再編機関との共謀、ならびにデネブ軍による一連の軍事行動について……」
一拍。
「被告人を終身刑に処する。」
「……。」
アルガスは何も言わなかった。ただ俯いたまま目を閉じる。昨日までの威勢はもうなかった。
「続いて、軍神彦星暗殺未遂事件について。」
傍聴席のセレナが顔を上げる。
クロサワは判決文を読み上げる。
「同事件を実行した兵士、およびその直接の指揮命令を行った上官については死刑。」
セレナは目を閉じた。その表情には複雑な感情が浮かんでいた。彦星は生きている。だが、その命を奪おうとした者たちが死刑となった。
これは一つの戦争の終わりを示す裁きでもあった。
クロサワは続ける。
「なお、同事件の実行を企図し、支持したデネブ軍関係者についても、その関与の程度を精査した結果――」
「死刑とする。」
法廷に静寂が落ちる。
そして次の判決。
「続いてデネブ軍最高軍事幹部三十名を戦争指導および軍事行動への重大な関与を認定し無期懲役。」
アルガスの横にいた護衛兵が僅かに身じろぎした。
これで終わりではない、クロサワが判決文をめくり最後の項目へ入る。
「次に、惑星デネブの戦後統治について。」
傍聴席の視線が一斉に裁判長へ向いた。
「惑星デネブは現在、国家元首および軍最高幹部を失い、軍事組織も実質的に解体されている。
また、戦争によって行政機構、軍事施設、都市機能に甚大な損害が生じている。」
「これらを踏まえ、ノア司法府は惑星デネブの単独統治を認めない。」
オリヒメが静かに顔を上げる。
セレナも同じだった。
「戦後復興および治安維持を目的として」
クロサワは明確に告げる。
「惑星デネブの暫定管理権を惑星アルタイルおよび惑星ベガによる共同管理とする。」
法廷内が静かにざわめく。
オリヒメは黙って目を閉じた。セレナも静かに頷く。
クロサワは続ける。
「両国は共同統治機構を設置し、デネブ国民の生命、安全、生活基盤の確保を最優先とする。
デネブ軍は完全に武装解除し軍事施設は両星の監督下に置く。また、デネブ国民に対する報復行為、私刑、略奪を禁止する。」
「戦争を起こした国家元首と、その軍事指導者を裁くことと、そこに暮らす一般国民を裁くことは同じではない。」
クロサワの声が法廷に響く。
「デネブ国民に罪を負わせるものではない。
彼らには、戦争の責任を負う必要はない。」
その言葉にヒメナが小さく頷いた。
クロサワは最後に判決文を閉じる。
「以上をもって、本法廷はデネブ・アルガス被告に対する判決を言い渡した。」
そして木槌を手に取る。
「本判決をもって、デネブ戦争に関する主要戦争責任者への司法手続きを終了する。」
コンッと木槌が鳴った。
「閉廷。」
その瞬間長く続いた戦争の後始末に一つの区切りがついた。
― 惑星デネブ・副都市
判決は、その日のうちに惑星デネブ全土へ放送された。巨大な公共スクリーンそして軍事施設。あらゆる場所で、同じ映像が流れていた。
画面にはノア裁判所の紋章…そして判決内容。
『デネブ・アルガス――終身刑』
『軍神彦星暗殺未遂事件――首謀者および支持者、死刑』
『デネブ軍最高幹部三十名――無期懲役』
『惑星デネブ――アルタイル・ベガ共同管理』
デネブ国民は、ただそれを見つめていた。
「……王が……終身刑。」
「軍も……もう終わったんだ。」
「俺たちは……これからどうなる?」
「ベガとアルタイルが、この星を管理するのか……。」
街の至るところで人々が立ち尽くしていた。
戦争に勝った者たちは歓喜していない。
敗れた者たちも、声を上げる力を失っていた。
デネブという国家はその姿を大きく変えようとしていた。
― 宇宙空母ノア・拘禁区画
重い扉が開く。
「歩け。」
武装したノア司法警備隊がアルガスへ命じる。
アルガスは無言のまま歩いていた。かつては惑星一つを統治した男も今は囚人だった。
その後ろには、判決を受けたデネブ軍最高幹部たちが続く三十人。誰も口を開かない。その中には怒りに震える者も絶望している者もいた。
最後尾は彦星を撃った兵士とその指示者が歩いていた。
「離せ!死にたくない!行きたくない!やめてくれ!」
狙撃実行兵士は涙を流しながら訴え警備隊により引き摺られていった。誰一人としてかつての軍人としての威厳を取り戻すことはできなかった。
彼らを乗せるのは惑星ベガの収容施設へ向かう移送艦だった。
― 惑星デネブ・海上
ベガ王国の大艦隊が海上に整列していた。
その一部はデネブに残る。
共同管理区域の治安維持、軍事施設の監視そしてデネブ国民の保護。帰る艦隊は、ゆっくりと惑星ベガへ向けて進路を取る。
「ベガ艦隊、第一陣、離脱します。」
「了解。」
艦艇が一隻また一隻と動き始める。
海面を切り裂く巨大な艦影。その光景をデネブの人々は遠くから見つめていた。
惑星デネブにとって、この四日間はあまりにも長かった。
戦争、大都市の消滅、軍の敗北、国家元首の逮捕そして裁判…すべてが終わった。
しかしこれは本当の意味での「終わり」ではない。
デネブという惑星は、これから新しい時代へ入ろうとしていた。
― ベガ王国艦隊・移送艦
拘禁区画。
薄暗い部屋の中で、アルガスは小さな窓から外を見ていた。
そこには宇宙が広がっている。もうデネブの姿は見えない。
「……。」
アルガスは何も言わない。
その表情には、かつての国家元首としての自信も怒りもなかった。
ただ一人の囚人としての現実だけが残っていた。
やがて移送艦が超空間航行へ移行する。
窓の外の星々が一本の光へ変わっていく。
そしてその頃遠く離れた宇宙のどこか。
神格再編機関の艦隊もまた、姿を隠していた。
創造神レオナルド・ダヴィンチ。
両腕を失いながらも生き延びたあの神はまだ生きている。
デネブ戦争は終わったが宇宙の戦争そのものが終わったわけではない。
(続)




