↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノア・アーク ― 神々と人が生きる方舟 ―  作者: ヤノチャン
十八章 裁きの刻

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

183/224

デネブ裁判


― デネブ裁判 ―


― 惑星デネブ・戦争終結から三日後


惑星デネブから砲撃音が消えて三日。

海上に浮かぶ無数の残骸はまだ撤去されていなかった。巨大な湖へと変貌した旧デネブ軍港。崩壊した軍事施設。そして戦火によって失われた都市。


デネブという惑星そのものが、戦争の傷跡を抱えていた。


だが戦争が終われば次に始まるものがある。


それは裁きだった。戦争を始めた者、命令した者、そしてその責任を負う者…


この日、ノアでは惑星デネブの未来を決める裁判が開かれようとしていた。


― 宇宙空母ノア・司法区画


ノアの巨大な船体内部。居住コロニーからさらに奥へ進んだ場所に、ノア司法府が存在する。

そこには行政施設や軍事施設とは完全に独立した、巨大な司法区画が設けられていた。


その中心にあるのがノア裁判所。

ノアが一つの国家として機能するために設置された最高司法機関である。


巨大な法廷に高い天井…正面にはノア司法府の紋章。

その下には裁判長席が設けられている。


傍聴席には、普段なら決して同じ場所に集まることのない者たちが並んでいた。


ノア統合司令、宙警連代表代行、惑星ベガの女王、近衛騎士団長、王国宰相…そしてアルタイル政府の外交官、誰もがこの裁判の重要性を理解していた。


なぜなら今日裁かれる男の判決によって、惑星デネブの未来そのものが決まるからだ。


「間もなく開廷します。」


法廷係の声が響き傍聴席が静まり返る。

最前列にはノア統合司令キドウ・ヒメナ。


その隣には宙警連代表代行となったカガミ・ココミ。

さらに惑星ベガ王国女王オリヒメ・ヴェガ・ルーナス。


その後ろには近衛騎士団長シオン・フェルナード、王国宰相レティシア・ノエルが続き反対側にはアルタイル政府外務部事務次官アマギ・セレナ…


セレナは静かに法廷を見つめていた。


その表情に笑みはない。視線の先にいるのは被告人席、そこに一人の男が座っている。


拘束具を付けられ、護衛兵に囲まれている。


惑星デネブ国家元首デネブ・アルガス。

かつて惑星デネブの全てを統べていた男だった。


だが今、その姿にかつての威厳はない。

髪は乱れ、顔には疲労が刻まれているがそれでも目だけは死んでいなかった。むしろ何かに縋るような目をしていた。


「……。」


アルガスは傍聴席を見渡す。


そして、ヒメナと目が合った。


ヒメナは何も言わなかった。ただ冷たい目でアルガスを見つめていた。


アルガスはすぐに視線を逸らした。


「全員、起立。」


法廷係の声が響き全員が立ち上がる。


法廷奥の扉が開いた。静かな足音で一人の男が現れる。


何色にも染まらない白い制服に胸元にはノア司法府の紋章。その男こそノア司法司令最高裁判所最高裁判長クロサワ・レイジ。


ゆっくりと裁判長席へ歩いていきクロサワが席に着く。


「着席。」


全員が椅子へ座る。


法廷が完全な静寂に包まれた。


クロサワは正面を見つめる。


「これより、惑星デネブ国家元首、デネブ・アルガス被告に対する裁判を開廷する。」


低く、よく通る声だった。


「本裁判は、惑星デネブにおいて発生した一連の軍事行動について、その責任の所在を明らかにし、被告人に対する法的判断を下すものである。」


アルガスが僅かに顔を上げる。


クロサワは続ける。


「なお、本裁判には惑星デネブの今後の統治、軍事権、賠償、ならびに戦争責任に関する重大な判断が含まれる。」


一拍。


「よって、本件をノア司法府として極めて重大な事件と認定する。」


法廷の空気がさらに重くなる。


― 起訴内容


検察官が立ち上がった。


手元の資料を確認する。


「被告人、デネブ・アルガス。」


アルガスは顔を上げる。


「あなたは惑星デネブ国家元首として、デネブ軍の最高指揮権を有していた。」


「……。」


「三星同盟軍への攻撃を命令し、また、アルタイル軍神彦星に対する攻撃を含む一連の軍事行動について、最終的な責任を負う立場にあった。」


傍聴席の空気が変わる。


アルタイルのセレナは静かに目を閉じた。


彦星…惑星アルタイルの象徴、軍神と呼ばれた男。

その命を奪おうとしたのも、デネブ軍だった。


「さらに…」


検察官が資料をめくる。


「デネブ軍は三星同盟軍への攻撃を継続し、多数の艦艇および兵士を戦闘に参加させた。」


「以上を踏まえ、検察側は被告人に対し…」


検察官がアルガスを見据える。


「惑星デネブにおける戦争指導責任を問うものであります。」


アルガスは拳を握った。


「…違う。」


小さな声だった。


「何か?」


「私は……。」


アルガスが顔を上げる。


「私は、デネブを守ろうとしただけだ!そこにダヴィンチが現れ我を唆したのだ!」


声が法廷に響いた。


「黙りなさい。」


クロサワが静かに制するがアルガスは止まらない。


「私がダヴィンチと共に戦わなければデネブは戦いもせずに滅ぼされていた!」


「被告人。」


「私は国家元首だ!国民を守る義務があった!」


「被告人!」


クロサワの声が響く。


アルガスは黙った。


「発言は許可を得てから行いなさい。」


「……。」


アルガスは俯いた。


― 軍神彦星への襲撃


検察官が次の資料を提示する。


「続いて、惑星アルタイル軍神彦星への襲撃について。」


大型スクリーンに映像が表示される。


戦闘記録、デネブ軍兵士、そして彦星が撃たれた瞬間。傍聴席のセレナの表情が強張った。


映像が停止する。


「この攻撃を実行した兵士、および攻撃命令を下した上官については、すでに軍事裁判により有罪が確定しております。」


クロサワが頷く。


「判決は…」


検察官が答える。


「両名とも軍事裁判により死刑判決が確定しております。」


法廷に重い沈黙が落ちる。


セレナは目を伏せヒメナも何も言わない。

オリヒメは静かに前を見つめていた。


アルガスの顔から血の気が引いていく。


「……死刑…待て…」


小さな声。

誰も反応しない。


「待ってくれ!」


アルガスが立ち上がろうとし警備員に抑え込まれる。


「被告人、落ち着きなさい…」


「頼む!我も死刑になるのか…我の命だけわ!」


アルガスは叫んだ。


「私は命令していない!」


法廷に響く声。


「……。」


アルガスは必死に訴える。


「彦星の暗殺なんて私は命令していない!」


検察官が冷静に尋ねる。


「では、誰が命令したのですか?」


「知らん!」


即答だった。


「私はそんな命令を出していない!あいつらが勝手にやったんだ!」


セレナの目が鋭くなりアルガスは構わず続ける。


「私が知ったのは事件が起きた後だ!私は関与していない!」


検察官が資料を確認する。


「しかし神格再編機関ダヴィンチとの会話記録が残されています。」


「な、なぜ記録が残っているのだ…」


「その記録の有無に関わらずデネブ軍の最高指揮権はあなたにあった。」


「……。」


「軍事作戦について最終的な責任を負う立場にあったのでは?」


アルガスは言葉を失う。


「それは……。」


検察官が追及する。


「部下が独断で暗殺を実行したのであれば、なぜ被告人はその後、処罰しなかったのですか?」


「……。」


「なぜ軍事行動を停止しなかったのですか?」


「……。」


「なぜその後も三星同盟軍との戦争を継続したのですか?」


アルガスは答えられずに法廷に沈黙が落ちる。


「判決は本法廷の審理を全て終えた後に下す。」


「……。」


「今は審理を続けます。」


アルガスはゆっくりと席へ戻った。


― デネブ都市壊滅について


次に提示されたのはあの巨大な湖だった。


ゴッド・スレイヤー改によって消滅したデネブ最大級の都市。法廷の大型スクリーンいっぱいに、その光景が映し出される。


傍聴席から息を呑む声が漏れた。


クロサワは映像を見つめた後検察官へ尋ねる。


「この都市壊滅について被告人への責任追及は?」


検察官が答える。


「検察側は、三星同盟軍による攻撃として被告人の責任から除外することを求めます。」


アルガスが顔を上げた。


「……。」


「しかし……」


検察官が続ける。


「被告側は、被告人が戦争を開始した結果として都市が破壊されたものでありその根本的責任は被告人にあると主張しております。」


クロサワが被告側弁護士を見る。


「弁護側の意見は?」


弁護士が立ち上がった。


「被告人はデネブ国家元首として戦争を選択した。その結果として都市が戦場となった以上、政治的・道義的責任は当然存在すると考えます。」


アルガスが驚いたように弁護士を見る。


だがクロサワは淡々と答えた。


「却下する。」


クロサワは静かに説明する。


「戦争によって生じた全ての損害について、敗戦国の国家元首に無制限の責任を負わせることは、本法廷の司法権の範囲を逸脱する。」


「本件における都市壊滅は、三星同盟軍が使用した兵器による直接的な戦闘行為である。」


「……。」


「したがって、その破壊行為そのものを被告人の犯罪として認定することはできない。」


アルガスが顔を上げる。


「……。」


クロサワは続けた。


「戦争には勝者と敗者が存在する。」


一瞬の間。


「そして戦争が終わった後、歴史を記すのは」


法廷を見渡す。


「多くの場合勝者である。」


誰も動かない。


「戦争は勝者が正義になる。」


その言葉が法廷に重く響いた。


「だが、司法は歴史そのものではない。」


「勝者だから正しいのではない。

敗者だから全ての罪を背負うのでもない。

本法廷は、感情ではなく法に基づいて判断する。」


「……!」


アルガスの表情が歪む。


「ふ、ふざけるな……!あの兵器によって多くの命が吹き飛んだのだぞ!使用者はこの船の司令にあるはずだ!奴にも戦争責任があるはずだ!」


「被告人。」


クロサワが睨む。


「発言を許可していません。」


アルガスも睨み返す。


クロサワは続ける。


「当然ながら都市が消滅した事実そのものを軽視するものではありません。そこに暮らしていた民間人、失われた命、破壊された生活。その被害については、惑星デネブの歴史に永遠に刻まれるでしょう。」


一瞬の沈黙。


「しかしそれと軍事行動の合法性は別問題です。」


クロサワの声がさらに強くなる。


「戦場に存在する軍事拠点を破壊することを都市が存在していたという理由だけで犯罪とすることはできない。」


「そして何よりこの兵器が使用される状況を作った最大の原因は惑星デネブ側にあります。」


「……。」


「被告人が神格再編機関と手を組み戦争を選択しなければゴッド・スレイヤー改が発射されることもなかった。神を葬る兵器が使用される事はなかった…」


アルガスは何も言えなかった。


クロサワは最後に告げる。


「よって、本件における都市壊滅について、ノア司法府は三星同盟軍側の戦争犯罪を認定しません。

同時に、ゴッド・スレイヤー改の使用についても、軍事上必要な攻撃であったと認定します。」


法廷が静まり返る。


そしてヒメナが小さく呟いた。


「……当然や。」


長い審理が続いた。


戦争開始の経緯、彦星への襲撃、デネブ軍の軍事行動。神格再編機関との関係、惑星デネブの統治責任。


数多くの証拠が提出された。


だがこの日、判決は出なかった。


クロサワが立ち上がる。


「以上をもって、本日の審理を終了する。」


アルガスが顔を上げる。


「判決については…」


一拍。


「次回公判へ持ち越す。」


「……!」


法廷がざわめく。


クロサワは木槌を手に取った。


「次回公判において、被告人デネブ・アルガスに対する最終判決を言い渡す。」


そしてコンッと木槌が鳴った。


「閉廷。」


法廷係が叫ぶ。


「全員、起立!」


全員が立ち上がる。


クロサワは法廷を後にしていく。

アルガスも警備員に連れられ被告人用の扉へ向かう。


その直前アルガスは一度だけ傍聴席を振り返った。

そこには自分を見つめる者たちがいた。

アルガスは何も言わず、扉の向こうへ消えていった。


法廷の外でヒメナは大きく息を吐いた。


「…明日決まるな…」


ココミは静かに頷く。


「はい。」


戦争の後始末はまだ始まったばかりだった。


惑星デネブは誰が統治するのか。生き残ったデネブ国民はどうなるのか。アルガスはどんな判決を受けるのか。


そして何より神格再編機関と創造神ダヴィンチは、どこへ消えたのか。


誰もその答えを知らないがただ一つだけ確かなことがあった。


デネブの戦争は終わった。


(続)



--------------------------------------------------

・公開情報


・クロサワ・レイジ 男性 三十四歳 from地球

ノア司法司令、ノア最高裁判所長官、ノア司法機関最高責任者 異名「方舟の審判」


司法府の最高責任者として独立した権限を持つ

軍人出身ではなくノア建国時から司法制度の整備に携わってきた法曹界の重鎮。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。