タイトル未定
― タイトル未定―
― 宇宙空母ノア コロニー幹部居住区・タカヤ私室
今日から神帝たちは久しぶりのオフ。
三連休の始まりである。戦争も会議も何も無い。
気を遣ってか誰も連絡をよこさない…ノアはアルタイル港へ停泊したまま、束の間の休息に入っていた。
午前五時。
「あぁ…暇だ…。」
規則正しく五時に起床した神帝ヤザキ・タカヤは、自室の大きな窓から人工の空を眺めていた。
コロニー上空には朝焼けが広がり、人工太陽がゆっくりと昇り始める。
眼下では早朝ランニングをする住民。犬の散歩をする老人、新聞配達の小型ドローン、パン屋から立ち上る湯気。学校へ向かう準備をする学生たち…
昨日まで戦争をしていたとは思えないほど、ノアはいつも通りの朝を迎えていた。
「……平和やなぁ。」
タカヤは大きく伸びをする。軍服ではなく、白いTシャツに黒いジャージというラフな格好。神帝というよりどこにでもいる青年だった。
時計を見る。午前五時三分。
「まだ誰も起きてへんやろな…。」
そう呟きながら冷蔵庫を開ける。
牛乳、麦茶、プリン、昨日メインが勝手に置いていったお菓子。
「…持って帰れ言うたのに…また増えとる。」
苦笑しながら牛乳をコップへ注ぎゴクゴクと一気に飲み干す。
「さて。」
暇だった…とにかく暇だった。いつもは四六時中鳴っていた通信端末も静か。執務予定もないし会議もない。
「ヒメナさん…三連休って何したらええんや…。」
ソファへ寝転がる。
天井を見つめ五分経つ。
「……。」
十分経つ。
「…………。」
十五分。
「無理。暇すぎる!」
勢いよく起き上がった。
「戦闘以外はいつも休みみたいなもんなんやから
休みなんて断れば良かった…」
その時だった。
コンコン。静かに扉がノックされた。
「神帝様。」
聞き慣れた声。
「起きてますか?」
タカヤは苦笑した。
「起きてるで。けど今日は休みや…」
扉が開き、神帝付き秘書官ヤマモト・ウォンが姿を見せる。いつも通りの軍服姿で前に立っていた。
「おはようございます。あっ、そうでした!
申し訳ございません。他の神帝様の部屋にもいく所でした。うっかりしていました。」
「おはようございます。ま、せっかくなんで上がって行きますか?ウォン先輩…コーヒーでも…」
「失礼致します。」
ウォンは部屋へ入るなり不思議そうな顔をする。
「どうされたんですか?先輩だなんて…珍しい。」
「今日は休みだし…俺の中ではずっと先輩なんで…」
「あ、そうですか…じゃ…朝からため息なんてどうしたの?タカヤ君?」
タカヤは窓の外を指差した。
「暇。」
「え?」
「暇なんです。三連休なんて久しぶり過ぎて俺何したらええんか分からへん…」
ウォンは一瞬きょとんとした後、思わず吹き出した。
「任務中は休みたい休みたいって言ってたじゃん。」
「確かに言うてた。」
「じゃあ休めばいい…」
「それができたら苦労せぇへんよ…なんか時間を無駄にしてる気分になる…。」
ウォンは笑いながら首を振る。
「暇を持て余すのも休日にしかできない事なのよ….
軍人は暇が一番…」
ウォンが立ち上がる。
「コーヒー美味しかったわ。ありがとう。
良い休日を…」
そう言い残しウォンは笑顔で部屋を出た。
窓の外では、人工太陽が完全に昇り、新しい一日が静かに始まろうとしていた。
同時刻。
神帝ヒョウドウ・アイズは、自室の机へ静かに向かっていた。部屋の中は驚くほど整頓されている。
壁一面を埋め尽くす本棚。歴史書、戦術書、小説。
机の上には湯気の立つブラックコーヒーと、一台のノートパソコン。
窓から差し込む朝日だけが部屋を優しく照らしていた。
カタカタカタ……
静かな部屋へ、キーボードを叩く音だけが響く。
アイズの趣味。それは小説を書くこと。
題材は自分達が暮らす巨大宇宙空母ノア。神々と人類が共に生きる巨大な方舟。そこで出会う仲間。
まだ見ぬ惑星。そして数々の冒険。
現実とは少し違う世界を、自分なりの物語として書き続けていた。
画面にはタイトルが表示されている。
『宇宙空母ノア 銀河航路の彼方へ』
アイズは腕を組み、小さく唸った。
「…ん…違うな。タイトルは最後だ…」
数行書いては消す。また書いては消す。
「主人公が弱いか…。いや、強すぎても面白くない。」
再びキーボードへ手を伸ばす。
『巨大宇宙空母ノアは、まだ誰も見たことのない銀河へ向けて航海を続けていた。』
「うん。悪くない。」
満足そうに頷く。そこへ部屋の隅から「ニャー」という鳴き声が聞こえた。一匹の灰色の猫がベッドの上からアイズを見つめている。
「お前もそう思うか?」
猫は興味なさそうに大きなあくびをした。アイズは苦笑する。コーヒーを一口飲み、再び画面を見る。
今度は登場人物の名前で止まった。
「主人公の名前……。」
しばらく考え込む。
「……タカヤ。」
そう打ち込んだ瞬間自分で吹き出した。
「いやいや。そのままじゃ本人に怒られる。」
バックスペースで消す。
「じゃあ……ヤカタ。…これは…ダサい。」
部屋にはアイズ一人の笑い声が響く。
戦場では冷静沈着な神帝。そんな彼も休日は一人の物書きだった。
「はぁ…小説って難しいな…。」
椅子へ深くもたれ、天井を見上げる。
ふと窓の外へ目を向けるとアイズは静かに微笑む。
「……こんな朝が、ずっと続けばいい。」
そう呟くと、再びキーボードへ手を伸ばした。
コンコン… アイズの部屋の扉が叩かれた。
「ん?誰かな?」
「大神官レイン・チルドでございます。」
「用件は?」
「失礼します…神帝様…お手合わせを…」
「はぁ…休みだよ…俺…タカヤにでも頼んでみたら?」
「はい、承知しております。タカヤ様も休みでは?であっ、執筆中でございましたか…邪魔をして申し訳ございません…」
「いいよ…止まってたし。十分待ちな。用意するよ。」
「あ、あの…」
「ん?どうした?」
「良ければですが小説のタイトルを教えていただきたいなと…」
「ん?タイトル?タイトルは未定だよ。まだね…」
二人は部屋を出て訓練場へ向かうのであった。
(続)




