勝者たちへ
― 勝者たちへ―
― 宇宙空母ノア 後部・ノア港
乗組員たちの歓声が静かに収まり始めた頃だった。
港の奥から重厚なディーゼル音にも似た低い駆動音が響く。
ゴォォォォ……
全員の視線がそちらへ向く。
港とコロニーを繋ぐ隔壁が左右へ開いていく。
その中央を、一人の女性が堂々と歩いてきた。
黒い統合司令官用軍服、肩には金色の階級章。
乗組員たちの表情が一気に引き締まる。
「統合司令!」
「敬礼!」
バッ!!
再び五十名の敬礼が揃った。
キドウ・ヒメナは軽く敬礼を返すと、小さく笑った。
「ハハハ!ご苦労様。」
肩を竦めながら隊列の前へ立つ。
「よう帰ってきたな。さすがノアのエース達…」
その一言だけで乗組員たちの顔に安堵が浮かぶ。
タカヤも苦笑した。
「えらい遅かったですね!」
「アルタイルのお偉いさんらが長話やねん。」
その横ではウォンが苦笑しながら端末を開いていた。
ヒメナは乗組員たちを見回す。
「さて、約束は約束や。発表するで…」
その言葉だけで隊列がざわつく。
港の大型モニターへ順位表が映し出された。
全員が固唾を呑む。
ヒメナはゆっくり読み上げる。
「第三位。S型次元潜水艦"カゲロウ"隊。撃沈三隻。」
「おぉっ!」
隊員たちから拍手が起こる。カゲロウ艦長は一歩前へ出て敬礼した。
「ありがとうございます!」
ヒメナは笑顔で頷く。
「特別ボーナス、一人五十万クレジット。」
「「ありがとうございます!!」」
歓声が上がりヒメナは続けた。
「第二位。S型次元潜水艦"ハヤテ"隊。撃沈五隻。」
さらに大きな歓声。
「特別ボーナス、一人百万クレジット。」
「やったぁ!」
若い乗組員が思わず拳を握る。それを見たヒメナは少し笑った。
「ほな。第一位。」
静寂が訪れる。
「S型次元潜水艦"シンリュウ"隊。撃沈七隻。」
一瞬遅れて、「「「うおおおおぉぉ!!」」」
港中が揺れるほどの歓声が響いた。港の作業員達からも拍手が送られる。
シンリュウ艦長は驚いたまま敬礼する。
「約束通り。一位は一人百五十万クレジット。」
歓声はさらに大きくなった。
しかしヒメナは手を上げる。
「まだ終わりちゃう。」
一瞬で静かになる。
「今回は順位に関係なく、作戦参加者全員に特別戦時手当を支給する。一人三十万クレジットや。」
どよめきが広がる。
「戦争で命張ったんや。これくらい貰って当然や。」
この様子はノア艦内放送にて生中継されていた。
ノア全区間でS型次元潜水艦部隊を激励する拍手に包まれた。
しばらくして拍手が収まると、ヒメナは帽子を被り直した。
「ほな、解散。潜水艦は整備班へ引き継ぎして
今日はゆっくり休め。」
「「了解!!」」
五十名の声が響き乗組員たちはそれぞれ整備員たちと話しながら持ち場へ散っていった。ノア港には再び穏やかな空気が流れる。
ヒメナはタカヤたちへ振り返る。
「さて、次の仕事や。」
タカヤは首を傾げる。
「まだあるん?」
「ある。」
― ノア地下ドック
潜水艦部隊の激励を終えた神帝たちは、そのままノア港を後にした。ヒメナを先頭に、神帝四人、最高幹部たち、そして秘書官ウォンが貨物用大型エレベーターへ乗り込む。
ゆっくりと地下へ降り始める箱の中で、ウォンが小さく尋ねた。
「統合司令、地下ドックへ向かわれるのですか?」
ヒメナは帽子を軽く押さえながら頷く。
「せや。奴等も功労者やからな。挨拶くらいはしとかんとな。」
艦長オダイが腕を組む。
「ハハ!珍しいですね。」
戦争司令マッカーサーも静かに笑う。
「統合司令が自ら地下ドックへ行かれるとはね。」
ヒメナは肩をすくめた。
「まぁ、たまにはね。」
ゴォォォォ……巨大なエレベーターが停止する。
扉が左右へ開き一行は地下ドックへ足を踏み入れた。
薄暗い巨大空間に小さな街、大型整備クレーン。
そして、その中央には一隻の高速輸送艇が静かに停泊していた。
高速輸送艇『スレイプニル』。軍艦とは違う無駄を削ぎ落とした機能美を備えた艦だった。
その周囲では整備員たちが慌ただしく作業を続けている。
整備員の一人がゲートへ目を向けた。
「…おい。あれ…。」
工具を持つ手が止まる。
「統合司令……?」
その声は瞬く間に地下ドック中へ広がった。
「キドウ統合司令だ!」
「嘘だろ…直々に?珍しい…」
「最高幹部達が勢揃いで地下ドックへ来るなんて俺は初めて見たぞ…。神帝様が四人…チョウカ副司令…オレサキ外務司令までいるぞ…」
整備員だけではなくスレイプニルの乗組員たちまで作業を止め、一斉に入口を見つめる。
その様子を見たウォンが小声で呟いた。
「こんなに驚かれるんですね…。」
副司令チョウカが苦笑する。
「当然だよ。地下ドックは軍とは距離を置く場所。」
マッカーサーも続ける。
「株式会社スレイプニルは軍属ではない。必要な時だけ軍と契約する民間企業だ。
だから我々が来ることは滅多にない。」
その時高速輸送艇スレイプニルのタラップが静かに降りた。
革のロングコートを羽織った男がゆっくりと姿を現す。株式会社スレイプニル代表兼艦長リク。
その後ろには航海士ミミそして戦闘員ランも続く。
三人はヒメナの前まで歩み寄ると、軍式ではない独特の礼をした。
「これは珍しい。」
リクが静かに笑う。
「統合司令…いやノアの元首様が直々に地下ドックへ来るとは…」
ヒメナも笑みを浮かべる。
「今回ばかりはね。前線まで神帝達を送り届けてもろた。」
「金は払っても礼くらい直接言わな失礼やろ。」
リクは小さく肩をすくめた。
「仕事です。依頼された荷物を届ける。それだけですよ。」
タカヤが笑う。
「荷物ちゃうやろ。俺ら人間や。」
ランが吹き出しその場に笑いが広がる。
しかしヒメナだけは真剣な表情のまま、静かにスレイプニルの艦体を見上げた。
「…ありがとう。今回の勝利にはあんたらの働きも含まれとる。何やったらな輸送部隊にでも編入する?」
リクは少し驚いたように目を見開いた。
「ハハハ、断るよ。俺達は自由にやらせてもらう。
いつでも電話を待ってるよ。」
統合司令が、自分たちのような民間の運び屋へ、これほど真っ直ぐ感謝を伝えることは滅多にない。地下ドックには、しばし静かな空気が流れた。
軍にも属さず、国にも縛られない。
それでもノアのために危険な宙域を駆け抜ける運び屋たち。その存在を、ノアの幹部達は誰よりも理解し、敬意を払っていた。
(続)




