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鋼の檻に咲く黒百合 ~魔力最低で騎士になれなかった少女が、秘めた魔眼によって夢を取り戻す~  作者: しぇくしーふっふー
騎士学校 一年編

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第二十一話 夏休みの誘い

授業は順調に進んでいた。


グラムシミュレーターでの訓練も回数を重ねるごとに機体の扱いが身についてきた。


ただ一つ、フォースフィールドを持つ相手への決定打がない。その課題だけが、いまだ宙に浮いたままだった。


魔眼の訓練も並行して続いている。起動と停止の精度は上がっていたが、実戦で自在に扱える段階にはまだ遠い。


夏季休暇まで、あと一週間ほど。



エルゼリスは自室の机に向かい、マギスレートを見つめていた。


長期外出申請の締め切りは来週の初め。帰省するかどうかは、まだ決めていない。


家族が嫌いなわけではなかった。


自分が反抗期なのだという自覚もある。


ただ、入学直前まであれほど反抗的な態度を取っておきながら、何事もなかったように帰るのは気まずかった。


家族はエルゼリスの意思を理解してくれている。


『お前が進みたい道を進め』


父も母も、兄たちも妹も、それぞれの形で示してくれた。


だからこそ顔を合わせにくい。


言葉にすると矛盾しているが、そういう気持ちだった。


(それに――)


エルゼリスはマギスレートを操作した。


画面に表示されたのは、以前購入した友人関係についての電子書籍だった。第七章には自分で付けた目印が残っている。


【重要】宿泊を伴う交流は、友人との心理的な距離を縮める効果があります。普段とは異なる環境を共にすることで、相手の新たな一面を知る機会にもなるでしょう。


エルゼリスは三度読み返してから画面を閉じた。


ホーム画面へ戻ると、使い魔を模した灰色の小竜がアイコンの中で首を傾ける。


『比良坂様を、ご実家へお誘いしてみますか?』


チャット欄に一行だけ表示された。


エルゼリスは無言で画面を見つめる。


(突然すぎるでしょうか……)


だが、考えてみれば悪い話ではない。


実家には訓練施設がある。一人で鍛錬するより、実力の近い相手と稽古をする方が効率はいい。勉学も互いに教え合える。


少なくとも、明確な欠点は見当たらなかった。


もし断られたら、帰省しなくてもいい。


学校に残れば訓練場で顔を合わせる機会もあるだろう。それは偶然であり、綾目に付きまとうことにはならない。


おそらく。


エルゼリスは返信を打つ代わりに、マギスレートをそっと机へ置いた。


(明日の昼食で誘ってみましょう)



同じ夜。


ソフィアも長期外出申請の画面を開いていた。


夏季休暇中は、生徒の多くが帰省する。教官や警備員も交代制となり、校内に残る人員は通常より少なくなる。


綾目は夏休みの大半を学校で過ごすつもりだと聞いていた。


父方と母方、双方の祖父母から帰省を求められているものの、どちらかを優先することが難しいらしい。


結果として、短い挨拶以外は寮に残る可能性が高い。


(警備人員の減少した環境に一人で残すことは、推奨できません)


ネーゲルシュタイン家の邸宅は、警備面で学校を上回っている。訓練設備も整い、グラムシミュレーターも利用可能だった。


父と兄は仕事で不在にすることが多いが、母と姉はいる。二人なら綾目を迎えることに反対しないだろう。


(実家へ招くのが合理的です)


ソフィアは申請書の目的欄に文字を入力した。


――友人の招待。


書き終えたところで、指が止まった。


まだ綾目本人には何も話していない。


なぜ先に申請書へ書き込んだのだろう。


答えは出なかった。


ただ、考えるより先に手が動いていた。



翌日の昼休み。


食堂へ向かう廊下で、綾目は人の流れの中に見知った顔を見つけた。


セミロングの黒髪と、その隣を歩く薄紫色のウェーブヘア。


カイとナーヤだった。


ナーヤが先に気づき、小さく手を振る。


カイも「よっ」と片手を上げた。


綾目も軽く手を上げて応じる。


言葉を交わすこともなく、二人はそのまますれ違っていった。


編入してから、まだ一か月も経っていない。


それでも一般科に顔を知る相手ができた。


ほんの短い挨拶だったが、以前の綾目にはなかった変化だった。



食堂では、いつもの五人が同じテーブルを囲んだ。


「夏休み、楽しみですね」


ヴァルカが弾んだ声で言った。


「ヴァルカさんは、カルデアへ帰るんですか?」


ミアが尋ねる。


「はい。久しぶりに子供たちの顔を見られます。祖母にも会えますし」


ヴァルカは嬉しそうに答えた。


エルゼリスは二人のやり取りを聞きながら、膝の上で指を組んでいた。


(今日こそ、誘う)


昨日も一昨日も機会を逃している。


今日こそは切り出さなくてはならない。


向かいではソフィアが静かに食事を続けていた。


「そういえば、皆さんは夏休みをどう過ごすんですか?」


ミアが首を傾けながら、テーブルを見渡した。


「私は実家へ戻ります。休暇というより、半分は勉強になりそうですけど」


アストラル・ダイナミクスの施設を見学する予定なのだろう。


ミアは続いてエルゼリスへ視線を向けた。


「エルゼリスさんは?」


「……帰省するかもしれません」


エルゼリスは箸を置いた。


今しかない。


ためらったのは、ほんの一秒だった。


「比良坂さん。夏休みは――」


「綾目さん。夏季休暇は――」


二つの声が重なった。


テーブルの空気が止まる。


エルゼリスとソフィアは互いの顔を見た。


ミアとヴァルカも黙って二人を見比べている。


「……お先にどうぞ」


エルゼリスが言った。


「いえ。エルゼリスさんからで構いません」


「では……失礼します」


少しぎこちない譲り合いの後、エルゼリスは綾目へ向き直った。


「比良坂さん。夏休み、我が家へ来ませんか」


声が少し上ずったような気がする。


「エルゼリスさんのご実家へ、ですか?」


「はい」


エルゼリスは姿勢を正した。


「客室は余っています。訓練施設もあるので、一緒に稽古ができます。勉強にも支障はありません」


「ですが、ご家族の迷惑にはなりませんか」


「迷惑ではありません!」


思ったより強い声が出た。


周囲の視線がわずかに集まり、エルゼリスは小さく咳払いをする。


「それに、比良坂さんなら訓練相手としても不足はありません」


綾目の口元がかすかに緩んだ。


「不足がない、という誘われ方は初めてです」


「褒めています」


「ありがとうございます」


エルゼリスは真顔で礼を返され、返答に困った。


ミアが口元を隠して笑いをこらえている。


「エルゼリスさんのご実家で稽古ですか。確かに魅力的ですね」


エルゼリスは赤くなりかけた耳を隠すように顔を背けた。



ソフィアは二人の会話を黙って聞いていた。


ファルケンブルク家の警備水準は高い。訓練環境も整っている。


綾目がそこで夏休みを過ごすのなら、安全上の問題はない。


合理的に考えれば、自分の提案は必要なくなった。


そのはずだった。


胸の奥に、小さな異物のような感覚が生まれる。


痛みではない。


不安とも違う。


ただ、このまま引き下がることは適切ではないと感じた。


理由は分からなかった。


「……当家も警備水準が高く、訓練設備が充実しています」


ソフィアが静かに口を開く。


「綾目さん。夏季休暇中、当家へ来ませんか」


テーブルが再び静かになった。


「ソフィアさんのご実家にも?」


「はい。グラムシミュレーターも利用できます。長期的な訓練環境として問題はありません」


いつもと変わらない淡々とした声だった。


だが、エルゼリスの誘いを受けて引き下がるつもりがないことだけは、はっきりと伝わった。



ヴァルカは、そのやり取りをじっと見ていた。


(綾目さんを実家に誘う)


(その手があったかぁ……!)


なぜ思いつかなかったのだろう。


綾目なら、カルデアの子供たちにも好かれるはずだ。祖母もきっと歓迎する。


だが、すでにエルゼリスとソフィアが一歩も引かずに向かい合っている。


今から自分まで加われば、綾目を困らせるだけだろう。


ヴァルカはテーブルの下でマギスレートを開き、メモアプリに一行だけ入力した。


『次の長期休暇――先手を打つ』


保存を終えると、何事もなかったように端末をしまった。



「あの」


綾目が二人へ声をかけた。


「お二人とも、誘ってくださるのはありがたいのですが……」


どちらの誘いも嬉しかった。


一人で学校に残ることに不満はない。


だが、エルゼリスとの剣術訓練にも興味がある。ソフィアの実家にあるグラムシミュレーターも魅力的だった。


どちらか一方を選ぶ理由がない。


同時に、どちらか一方を断る理由もなかった。


「どちらを選べばよいのでしょうか」


「でしたら、両方に行けばよいのではありませんか?」


ミアがあっさりと言った。


四人の視線が集まる。


「夏休みの前半をエルゼリスさんのご実家で、後半をソフィアさんのご実家で過ごすんです。日程を分ければ問題ありません」


エルゼリスは少し考えた。


前半を確保できるのなら悪くない。


「……私は構いません」


ソフィアも短い沈黙の後に頷く。


「問題ありません」


二人の答えを聞き、綾目は小さく息を吐いた。


「では、お二人のご家族にも問題がなければ、お世話になりたいと思います」


「もちろんです」


「許可は確認します」


二人がほぼ同時に答えた。


綾目は、わずかに目を伏せる。


自分からどこかへ行きたいと思ったわけではない。


それでも、こうして行き先が増えていくことは不思議だった。


以前の自分にはなかったことだ。



「あ、それから」


ミアが思い出したように声を上げた。


「夏休みの最後の三日間は、皆さん予定を空けておいてくださいね」


「皆さん、ですか?」


綾目が尋ねる。


「はい。せっかくの夏休みですから、少し計画していることがあります」


ミアはそれ以上説明しなかった。


眼鏡の奥の碧眼が、どこか楽しそうに輝いている。


「私もですか?」


ヴァルカが身を乗り出した。


「もちろんです。ヴァルカさんも含みます」


「内容は何ですか?」


エルゼリスが尋ねる。


「まだ秘密です」


ミアは笑顔でかわした。


「……危険な実験ではありませんよね」


「失礼ですね。友人を危険な実験に巻き込んだりはしません」


ミアは少し間を置いた。


「もし巻き込むならちゃんと安全性を確認してからにしますよ」


「その言い方では安心できません」


綾目が指摘すると、ミアは答えずに食事を再開した。


テーブルには、いつもの昼食の空気が戻ってくる。


綾目も箸を動かした。


夏休みの予定は、いつの間にか埋まり始めていた。


エルゼリスの実家。 ソフィアの実家。


最後の三日間には、ミアが何かを計画している。


(少し前の自分には——こんな夏休みは、考えられなかった)


胸の奥に、温かいものが広がる。 嬉しいというより、楽しみ。 そう名付けるのが一番近い気がした。


綾目は、わずかに口元を緩めた。


誰も気づかなかったのか、それとも気づかないふりをしたのか。


食堂では、変わらない会話が続いていた。

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