2-26話:私を染め上げて
「視線が痛いわね。」
「すいません。服装のこと忘れてました。あと、黒いドレス似合ってますね。」
夕暮れが終わり、夜が馴染み始めた頃合。親睦パーティーを抜け出した私と優希君は、親睦パーティー会場として利用しているホテルの近くにある百貨店のような立ち位置にある商業施設に来ていた。
「あとって言葉を付けてついでみたいに女性を褒めるのは良くないと思うわ。」
「えっとー、濡羽色のドレスが貴方の魅力を引き立てて、まるで夜空に見え、つい見惚れてしまいました。世界で1番美しいと誰もが思えるほど、魅力的です。」
「ありがとう。アリサに自慢しておくわ。」
「やめてくださいお願いします。まだ死にたくはありません。」
照れてしまいそうだったので、つい意地悪をしてしまった。我ながらなんて可愛げのない女なのだろうか。
彼の発言から見るに、やはり優希君はアリサの思いを知っているらしい。もう、周りに隠して恋仲になっているのだろうか。もしそうだとするならば、私の家に居候することを許すとは思えない。鈍感な彼が彼女の思いに気付くとは思えない。きっとアリサから告白したのだろう。そうなれば、必然的に優希が彼女を振ったことになる。後輩の不幸に対して喜んでしまう自分が嫌になる。
「UBで着替えてから行きますか。」
「UB?ドレッサールームのお店かしら?」
「激安で服が売ってるお店ですよ。ほら、あれです。青と黄色の。」
優希君の目線の先には青い背景にUBと黄色で書かれてある看板が目印の洋服屋が見えた。普段洋服は外商さんが選んだものの中から買っているため、洋服屋で買うのは初めてだ。
UBの中に入り、辺りを見回す。眩しく思えるほどの照明が店内を照らし、プリントTシャツがハンガーラックを目立たせる。流行りであろう丈が短いストライプのシャツや、劣化を感じさせる太めのジーンズの売上を上げるためのポスターが柱を飾りあげていた。目がチカチカするといった表現が似合うだろう。
「安いわね。本当にこの値段で売っているのかしら?レンタルではなくて?」
「レンタルじゃないですよ。普通に購入出来ます。」
「そう。普段値段を見ないから分からないのだけど、お得なことだけはわかるわ。」
洋服を持ってきてくれる外商さんはわざわざ服の値段を言わない。金額を支払う先が二条家であって、私ではないからだ。気に入るものはいくら買っても良い。二条家当主である父は私にそのように言っている。昔からの地主でありながら、幾つもの不動産を持ち、更には名の知れた企業を数多く立ち上げてきた二条家のお財布は無限に近いのだ。服の金額くらいどうってことない。何千万ほどする物でさえ、二条家の総資産からしたら微々たるものでしかないのだ。
「せっかく来たのだから、貴方に選んで貰おうかしら。」
「俺、ファッションセンスに自信ないですよ?」
「大丈夫よ。今更だわ。」
「えっ、俺そんなにファッション酷いですか?」
「ネックレスが1000円。素材はシルバーかしら?」
「え、そんなに!?そんなにですか!?」
シンプルなネックレスを取り、タグを見てみる。素材説明欄には合金と書かれてあった。学校の備品でよく使われる素材でネックレスを作るとは、よく考えられたものだ。素直に感心してしまう。
「結衣さんはこういう服は着たくないとかあります?」
「特に無いわね。常識の範囲でお願いするわ。」
「了解です。うーん、やっぱ普段着なさそうな……。」
彼は独り言を呟きながら服を物色する。これだけ沢山洋服があると見ているだけでときめいてしまう。斜に構えて興味がないふりをしていたが、やはり自分も女の子だったようだ。意外とファッションが好きなのかもしれない。自分の知らない自分がいて驚きだ。
「やっぱペアルックでお願いしようかしら。」
「ぺ、ペアルック。学校の人に見られたら勘違いされますよ。」
「私は構わないわ。」
「まぁ先輩の家に居候している時点でって話ですので、今更ですね。考えてみますね。」
時既に遅し、のような意味で返されたのに対しむくれながら彼の後をついて行く。しばらく店内を散策した後、いくつかの洋服を選んで私に渡した。
「チェンソーライダー、だったかしら?」
「はい。結衣先輩は普段アニメT着なさそうですので良いかなと。この白いアニメT着て、太めのスラックスにタックインさせてください。」
「わかったわ。……貴方の服とは色が違うのだけど?」
「あぁこれはチェンソーライダーの別イラストのアニメTです。違うイラストですけど、同じアニメって感じのペアルックにしようかなと。」
「優希君はペアルックに慣れてるのね。」
「慣れてはいませんよ。悲しいことにラブコメで習った知識を披露しただけです。」
「そう、ならいいわ。私着てくるから、貴方も着てきて頂戴。私、3番の更衣室にいるから終わったら声かけて。私も声かけるから。」
「了解です。俺は6番の更衣室に入りますね。ゆっくり着替えてくださいね。じゃあ、また。」
更衣室前で分かれ、店員さんの奇妙なものを見る目を感じながら更衣室に入る。中は一畳ほどの広さで、ハンガーとハンガー掛け、メイクが服に付かないようにするための紙が入ったボックス、壁掛けの鏡が置いてあった。
「簡素ね。」
着ていたAラインドレスを脱ぎ、ハンガー掛けに掛かっていたアニメTシャツを。まだ彼におすすめされたチェンソーライダーのアニメを見てはいないのだけれど、このアニメTシャツにプリントに写っているゆるキャラを見ると、愛着がないのについ微笑んでしまう。
濃い紺色の太いスラックスを履く。サイズはぴったりだ。ベルトをベルトループに通し、アニメTシャツを頭に通した。そしてタックインしようとウエスト部分をスラックスの中に入れようとするが。
……入らない。
理由は明白。サイズが小さいのだ。正確に言うならば胸部に付いている駄肉が邪魔で入らない。胸の膨らみがTシャツの生地を押し上げてしまい、上手く入らないのだ。胸下から、どうしても生地がストンと落ちてしまう。まるで崖だ。きっと今まで外商さんが気を使って私の体型に合う服を持ってきてくれたから、ファッションに対する自分の体型の特性に気付けなかったのだ。
「着替え終わりましたよ。結衣さんどうですか?」
「そのー、着替え終わったといえば、着替え終わったわ。」
「……?」
「笑わないでくれる?」
「笑いませんけど……?何かありました?」
「見てもらったほうが早いわ。開けるわね。」
深呼吸をして、外界と更衣室を遮断していたカーテンを開ける。
「どう、かしら?」
「えっとまぁ、似合っていますよ。」
「正直に言って頂戴。」
「ナイトプールで無双できそう。」
「ナイトプール?夜の水泳で何故無双できるのかしら?」
「なんでもないです。」
夜にする水泳で何故敵無しの状態になるのかは不明だけれども、彼の反応を見るにやはり今の私の格好は下品なのだろう。恥ずかしさを覚えながら、彼が私の体型を好ましく思っている事実を再認識できたことに喜ぶ。
「これ着て歩くと周りの男の理性が持たなそうですので、もうひとつ上のサイズ持ってきますね。」
「お願いするわ。」
更衣室のカーテンを閉めて、彼の姿を思い浮かべる。自分の酷い格好を見せる羞恥心で頭がいっぱいになり余裕がなかったから言えなかったが、彼のアニメTシャツを使用したファッションは様になっていた。茶を背景としたアニメTシャツに黒いスラックス。上にスラックスと同じ生地の黒いジャケットを羽織っており、アニメTシャツのカジュアルさを中和していた。親睦パーティーに出席する前に呼んだヘアメイクの方から整えて貰った前髪を上げた七三分けと合わさり、とてもフォーマルで上品な印象を受ける。
彼が服を持ってくるまで時間がかかりそうだった為、スマホを見てメッセージアプリを確認する。父からメッセージが届いていた。内容は一行。上手くやれ、だ。何を上手くやるのかは想像に難くない。彼との仲を深めろと言っているのだ。正直な所、私自身もそれを望んでいる。だけれど、父の命令で彼に取り入ってると考えるのは癪だ。
「持ってきましたよ。」
「えぇ、ありがとう。」
カーテンを開け、新しい服を受け取り、カーテンを閉じる。女性店員が私を凝視しているのが一瞬見え、顔を埋めたくなる衝動に襲われる。
今着ているサイズの小さいアニメTシャツを脱ぎ、新しいアニメTシャツを着る。サイズが大きいだけあってタックインがしやすい。プリントが伸びること無くしっかり見えている。小さい方のアニメTシャツの生地に随分と無理をさせていたのがわかる。今着ているものと一緒に購入しよう。
「おまたせ、どうかしら?」
鏡で整えてからカーテンを開ける。
「どうかしら?」
「すごく似合ってますね。我ながらナイスチョイスです。」
「そうね。卑下していたにしては良いセンスだと思うわ。ありがとう、優希君。それと、貴方も似合っているわ。」
「いえいえ、こちらこそです。じゃあ、一旦元の服に着替えてから服買って、また着替えますか。」
再び更衣室でAラインドレスに着替えてから会計を済ませ、タグを取って貰った服にまた着替えるのであった。
ちなみに、服代は彼に出してもらった。今度お礼に時計でも贈ろうかと思った。
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