2-25話:私を連れ出して
百鬼夜行に似たモンスターパニックが起こるとされている土曜日の、2日前の木曜日。私はモンスターパニック前の帝都内の最高級ホテルで開かれている親睦パーティーに来ていた。参加しているのは私の父である二条信虎と、その直属の部下達。軍のお偉いさんや政府官僚、有名軍事会社の社長が家族と一緒に参加している。まるで中世ヨーロッパの舞踏会だ。
この親睦パーティーの主役は私の父。10年前の百鬼夜行で英雄と呼ばれるようになったのだから、当然今回のモンスターパニックも期待されている。それ故に主役として持て囃されているのだ。
そうなれば当然その主役の娘である私も持て囃されて当然なのだが、実際そうではない。私の母が死んでからは父の愛人をしていた第二婦人が実質の正妻の立ち位置をしており、その息子が二条家の後継者であると世間は見ている。第二婦人の息子からすれば私は正妻の忘れ形見であり、目の上のたんこぶ。そんな私と仲良くするということは、即ち二条家後継者を敵に回すようなもの。表面上は皆良い顔をしているが、内心私のことをあまり良く思ってはなく、腫れ物扱いされている。
私のような会話の中に入れない女を壁の花と言うらしい。元は舞踏会で、踊りに誘われず壁際に立っている女性をいった言葉だそうだ。良くできた言葉だ。私にぴったりではないか。つい現状に対して自虐してしまった。いつもの悪い癖。きっとこんなだから暗い女だと思われ、友人ができないのだろう。
いや、友人ならひとりだけいた。村田優希君だ。彼は最近ようやくできた友人。彼は歳下だというのに臆すること無く、生徒会長でありながら大和国三大貴族である私に対してストレートにものを言ってくれる。悪く言えば無神経、良く言えば恐れ知らずな人だ。
そんな彼は今、燕尾服を着て、軍服を着た私の父と一緒に挨拶回りに行っている。父が他者を気遣って動くのは珍しい。きっと優希君を気に入っているのだろう。彼に軍服ではなく、あえて燕尾服を着せているのがその証拠だ。父は彼を自分の部下としてではなく、一個人として周りに紹介している。目的は二条家に彼を取り込むその前段階としてだろう。
父の彼に対する評価に対しては疑問に思う。確かに彼はその歳に似合わぬ戦闘技術を持っている。特殊モンスターであるケルベロスや『戦斧』の二つ名で知られるG・ジェイドの討伐といった年齢不相応な常識外れた戦闘技術を持つことは私も認める。現に私は彼に稽古をつけてもらってる中で痛いほど彼の力を理解しているつもりだ。彼の戦闘技術だけでなく、蒼の剣を抜ける点も加点対象だ。蒼の剣は選ばれた人間でしか抜けない。二条家の現当主である父でさえ抜けなかった蒼の剣を抜けた彼はまさに選ばれた人間である。蒼の剣を抜けることは即ち二条家当主の継承権を持つ。彼の表裏ない性格に、類まれない剣の腕。そして蒼の剣が抜けるという特別性。父が良い評価をし、気に入るのは納得だ。
だが、それにしては随分と入れ込みすぎている。根拠はなく、あくまで娘としての勘でしかない。根拠なき発想は妄想に過ぎない。それは理解している。そこを理解したうえで、違和感が残るのだ。父は私の知らない彼に対する何かを知っていると。村田優希には誰も知り得ない特別性があると。
私はただ、愛想笑いをしている優希君を見つめている。まるで恋する乙女だ。いや、比喩表現ではなく実際に私は彼に恋をしていると思う。そうでなければあの晩のことが説明できない。父には色仕掛けをしろと脅迫めいた命令をされたが、あそこまでする気は無かった。私は軽い女ではない。そう、私は思っている。私は彼に恋をしているからあんなことをしてしまったのだ。そうに違いない。
私が彼に恋をしてると仮定したとして、アリサとどう顔向けすればいいのだろうか?なんて言えば……。
「結衣先輩?」
「あっ!ひゃい。何かしら?」
考え込んでしまったせいで人気に気付かず、驚いてしまった。変な声が出てしまい顔が少し赤らむのを感じる。
「お手洗いってどこにあります?」
「ここ出て、右奥の、そのすぐ右奥よ。」
「これ一度出たらもう入れないやつじゃないですよね?」
「出れるに決まっているじゃない。いいわ。私もついて行ってあげる。」
女性にお手洗いの場所を聞くなんて失礼だと思いつつも、頼られることに喜びを感じる自分がいる。我ながらつくづく単純な女だ。男女が一緒にトイレに行くだなんて破廉恥なことをすると想像されかねないと思ったが、どうせ私は腫れ物なのだから今更悪評が付いても関係ない。そう、言い聞かせる。
「結衣さんって幼少期からこんな感じのパーティー出てるんですか?」
「もちろんよ。もう慣れたわ。」
こんな茶番劇も、腫れ物扱いもね。
「へぇー、流石っすね。」
「貴方は初めてなの?」
「んー、一応何度かありますよ。」
何が一応なのかわからないが、人がいる場所で聞くのは違うと思い、黙っておく。
「ポテトサラダ食べました?あれめちゃくちゃ美味かったですね。どうやって作ったんですかね?」
「少し実のついたジャガイモの皮を油で揚げて混ぜ込むのよ。あとはトリュフね。」
「よく知ってますね。」
「習ったもの。花嫁修業でね。」
「へぇー、じゃあ結衣さんのお婿さんは毎日高級シェフの料理食える訳ですか。最高の嫁さんじゃないですか。羨ましい。」
随分と自然に褒めてくれるわね、口説いているのかしら?と少し恥ずかしく思いながら内心毒づく。自分の心の内を素直に話すのは恥ずかしいので、ここは口説き返すことにした。
「あら、なら優希くんのお嫁さんにでもなろうかしらね?」
「嬉しいですけど、貴族政治は出来そうにないですね。」
中世ヨーロッパじゃないんだからそんなものがあるわけないじゃない。それにもしあったとしたらその時は私が矢面に立つわ。と、そう言い返そうになったが辞めた。言い返すと私が本気みたいだからだ。
「二条家を何だと思っているのかしら。」
親睦パーティーの会場となっている大宴会場を出る扉を優希君が引いて一緒に出る。レディーファーストのつもりなのか私を先に会場から出させてくれた。他の男の人と比べると多少不格好な仕草ではあるが、そこが可愛く思えてしまう。
「蒼の剣についてなのだけど、結局今回のモンスターパニックでは使わないのね。あれは名刀よ?何故使わないのかしら?」
「名刀だからですよ。そんな高価なもの怖くて使えません。俺よく剣壊しちゃうんで、あんな刀使うだなんてもったいないです。」
「蒼の剣を折られたらたまらないわね。きっと弁償なんかじゃ済まないわよ。」
「ですよねー。なんか、そこそこの剣を貸していただければ有り難いです。できれば、実態型の魔道具で。」
そこそこの刀なんて父は貸してくれないだろう。きっと彼には大業物を貸すに決まっている。あとで父には安物の刀と言って貰えるように言っておこう。
「貴方って学校で使うもの以外の自分の魔道具を持たないわよね。何故かしら?」
「えっとー、お金がないもので。」
「あらそう、そのっ、ごめんなさいね。心苦しいことを聞いて。」
「俺の方こそ、お金がなくてすいません……。」
「本当にごめんなさい。後で私のお下がりの魔道具あげるから。ね?そう落ち込まないで頂戴。」
恵まれた家柄故にお金に困った事が無い私には優希君の気持ちがわからないのだけど、彼からすれば恥をかく話なのは間違いが無いため、謝罪しておく。何故優希君の育ての親であるジング・ヤーセフ様は彼に金銭的支援をせず私の父に頼るのか不思議ではあるが、きっと私のわからない何かがあるのだろう。
「お手洗いはここよ。私、待ってるわね。」
優希君は「では、行ってきまーす。」なんてヘラヘラと笑いながら男子トイレの奥に入っていった。彼の何も考えてなさそうな顔を見ていると気持ちが落ち着き、つい笑みが零れそうになってしまう。こういう人間のことを人たらしと言うのだろう。きっと乱世に生まれていたら武将にでもなっていたのだろう。彼にそんな度胸があるとは思えないが。
窓ガラスに自分の姿が映る。今日の服装は黒のAラインドレスに6センチほど高いヒールだ。胸下には小さめのアクセントがきらめくネックレス。髪は低めのシニヨンを作ってまとめている。上品で清楚、そして女性らしさを表す今宵の晩餐会にぴったりな服装だ。我ながらよく似合っていると思う。度々男の人の視線を感じることから似合っているという評価が自らに対する過剰評価でないのがわかる。
彼をしばらく待っていると、私の視界に二人の女の子が目に入った。年齢は私とそう変わらない。恐らく来賓の娘だ。随分と楽しそうに喋っていたのだが、私が見えた瞬間、会話が止まった。そして何も話すこと無く大宴会室へと入る。彼女たちは腫れ物なのと同時に権力者の娘である私の逆鱗か何かに触れたくないので黙ったのだろう。とても賢い選択と言えよう。
私はこのような扱いに慣れている。幼少期からの腫れ物扱いなのだから慣れないほうがおかしい。
私は彼女の行動に対して小さくため息をついて気を紛らわせた。慣れてはいる。だが、それでも辛いものは辛い。
無視されれば胸は痛むし、泣きそうになる。嫌な顔をされると申し訳なくなり、自尊心が傷付けられる。私は強い人間だと自負しているが、それでも限度がある。どんなに硬いものでも、強くぶつけられ続ければ必然的にヒビが入るのだ。
彼がお手洗いから戻ってきたら、大宴会場に戻る。彼は顔合わせをしに回るだろう。彼のことだ。きっと上手く溶け込める。ニンホア教の法王の息子となれば誰もが彼に媚を売ろうと近付く。彼は1人にはならない。私と違って寂しくはない。
一度会場から出てしまったせいで、会場に戻ることに対する拒否反応が出てしまった。足がすくむ。何か良い逃げ口は無いかと探してしまう。
「おまたせしました。いやー、高級ホテルのトイレは綺麗ですね。」
「そうね。学校とは大違いね。」
「ですねー。」
会話が止まる。いつも軽快な口調で話をして会話を途切れさせない彼にしては珍しい。
「あー……、えっと俺、マグナ食いたいっす。」
「……はい?マグナ?」
「はい、マグナダルドのチーズバーガー食べたいです。」
脈絡のない話題に戸惑う。まるで会話の周波数が合っていないみたいだ。
「俺今すぐチーズバーガー食べたいです。行きません?」
「何を言っているのかしら?今は親睦パーティー中よ?」
「大丈夫ですって。二条さんには俺から言っておきますから。」
親睦パーティーを合コンか何かのように言う。親睦パーティーは権力者と親密な関係を築くための社交場。決してチーズバーガーが食べたくなっただなんて理由で抜け出して良いものではない。そんな事をしては主催者の顔に泥を塗り、父に恥をかかせる。
そんな冷静な思考の裏側で、その提案を魅力的に思う自分がいた。幼い少女のように胸を踊らせ、心臓を高ぶらせる。心の枷が外れかかっている。
「俺正直人見知りなんですよ。自分以外全員顔見知りの場って気まずいんです。それに、二条さんの隊の人たちの目が痛くって。三好さんが睨んできますし。だから頼みますって。」
この男はなんて不器用なんだろう。きっと私があの場所に戻りたくないことをわかって、自分を悪者にすることで私を連れ出そうとしているのだ。これがナンパならついて行く女の子はいないだろう。私以外は。
「仕方ないわね。一緒に行ってあげるわ。」
「ありがとうございます。いやぁ結衣さんにマグナ食べさせたかったんですよねー。あっ、二条さんに電話しなきゃ。」
私の方こそ感謝しなくちゃいけないのになんて思いながら、彼と歩くのだった。
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