2-23話:VSヘラクレス像
階段で二階に進み、九十九里は戦鎚の重りを落とす。脳内に広がるレーダー画像は正面奥の大部屋からの微弱な魔力に反応していた。壁を壊して正面突破はせず、お行儀よく回り道をしてから大部屋に続く扉を開けた。
中にあったのは様々な彫刻や美術品。「大和国と世界の名作」と描かれた立て看板が扉正面に置かれており、大和国らしい木彫りの像と、大理石の西洋を感じさせる像が置かれていた。
何十体もの人の形をした美術品。そのうちの4つが動き始める。
三十五間堂に置かれている風神と雷神。
ファルネーゼのヘラクレス。
ミケランジェロ作、モーセ像。
ヘラクレス像が台座から降り、風神像と雷神像が雲に乗ったままヘラクレス像の周りを浮遊し始める。モーセ像は玉座のような椅子に座ったまま頬杖をついていた。
三メートルあるヘラクレス像が棍棒を持ってこちらに歩みを進める。付喪神に借り物の魂を与えられているとはいえ、先程のペルセウス像と同様に相手は神話の英雄と神自身。緊張が全身を走る。日頃相手をしているモンスターや凶悪犯とは訳が違う。ペルセウス像に勝てたのは奇跡に近い。果たして、彼らに自分の実力が通用するのか。九十九里は不安になるが、引き下がるわけにもいかないため覚悟を決めて待ち構える。
「大丈夫よ私。私は最強だもの。負けはしないわ。」
ヘラクレス像が足を速める。九十九里も足を速め、戦鎚をヘラクレス像目掛けて振り下げる。九十九里の動きに応じるようにヘラクレス像は棍棒を振り上げて受け止めた。棍棒と戦鎚の重りがぶつかる。衝撃波が辺りを包み、美術作品の一部が倒れて崩れた。素の威力はヘラクレス像の方が上だが、戦鎚の魔術によりヘラクレスの棍棒が叩き落とされる。九十九里の身体に棍棒と戦鎚がぶつかった衝撃が伝わり、弾かれるように重りが上に跳ね返り、身体が宙に浮いた。その隙を逃さず、風神像が手にもつ袋から強風を吹き出す。強風に煽られて身体が壁まで叩きつけられた。
叩きつけられた衝撃で一瞬思考が止まるが、すぐに立て直して転がるように横に移動する。自分が先程までにいた場所が黒く焦げる。雷神像の雷での攻撃によるものだ。
体勢を立て直し、戦略を立てる。このままではまず勝てない。無策では勝ち筋が見えない。ジリ貧だ。この状況を打開するには何かが必要。辺りを見渡す。辺りは付喪神が憑いていない美術品だらけだ。とても打開できるとは思えない。ふと、先程の戦闘の衝撃により倒れて崩れた大理石の像に目をやる。ただの瓦礫だ。
ふと思う。聖鉄槌ウルカヌスは叩いたものに魔術を付与するもの。その付与する魔術は詠唱等が必要無く、思っただけで発動するというもはや魔法のような代物だ。
人は自らで限界を決めてしまうという。もしその考えがこの聖鉄槌ウルカヌスにも当てはまるのだとしたら。
九十九里は歩みを進めるヘラクレス像から逃げるように移動しながら大理石の彫刻を一つ一つ戦鎚で壊し始める。
ヘラクレスが歩みを速め、九十九里に迫り、棍棒を振るい上げる。棍棒を華麗なステップで避けるとその振り上げた棍棒を勢いよく振り下ろした。戦鎚を当てて軌道を反らして避ける。戦鎚の重りが触れた箇所から棍棒が凍り、ヘラクレス像の腕に氷が纏わりついた。ヘラクレス像は凍った腕に視線を向けた後、腕を棍棒ごと振って氷を落とす。その間に九十九里は距離を置いて、再び彫刻を壊し始める。
雷神像が背中に浮いている複数の太鼓を打ち、雷を彼女の上空から落とす。巧みな足さばきで雷を躱した。
「モーセ像が動かないのだけが救いね。」
辺り一帯の彫刻を破壊し終えた九十九里は、モーセ像が動かないことを願いつつ、風神雷神とヘラクレス像に正面を向く。
息を吐き、ヘラクレス像に向けて走る。
「人は勝手に結論を出してしまう。なら、その結論を破壊できるのもまた人間なのでしょー?私の、隊長ちゃん!」
‘‘空間‘‘を戦鎚で叩く。すると、物質的な質量のない何かが戦鎚の重りとぶつかり、甲高い音が響いた。
何かと戦鎚の重りとの衝撃が空気を伝わり、ヘラクレス像が壁へと吹き飛ばされた。
「行け、岩石軍。」
九十九里の砕いた大理石が浮いて風神像と雷神像にまとわりつく。風神像が風を使い、雷神像が雷を自らに当てて大理石を払おうとするが、上手くまとわりついた大理石が離れない。
九十九里が再び走り、風神像と雷神像に駆け寄る。
身動きが取れない風神像に向けて戦鎚を振り、重りが風神像を貫いた。
雷神像も壊すために動こうとした最中、ヘラクレス像が立ち上がり、こちらに迫ろうとしたのが見えた。こちらに迫り来るまでの時間は残り数秒ほど。雷神像をたとえ壊せたとしても、壊した後の隙により間違いなくヘラクレス像に攻撃を当てられるだろう。ヘラクレス像の一撃は1度当たれば内臓が飛び出るほどの威力を持つ。自分の命と雷神像の破壊を天秤にかけても、割に合わない。先程と同様に空間を叩く戦法もあるが、あれは魔力消費が多すぎる。次の戦いに備えている九十九里が選べる戦法ではない。
幸いなことに雷神はまだ戦闘に復帰できそうにない。雷神は諦めることにした。
「ONE ON ONEというやつなのかしらね?」
ヘラクレス像との一騎打ち。ヘラクレス像と自分との違いから勝機を探す。ヘラクレス像はその名の通りヘラクレスの神話を形にした像。ヘラクレスは棍棒を使い戦う英雄で、近接戦なら負け知らず。戦鎚で愚直に戦うなら力負けしてしまう。なら、どうするか。九十九里は神話に明るくないが、彼が魔術を使わない英雄なのは知っている。そこが勝敗を分けるだろう。
「業火を司る我が赤き精霊よ。」
詠唱を唱えながらヘラクレス像にこちらから近付く。ヘラクレス像は待ち構えるかのように棍棒を構えた。
自分が出せる全速力で九十九里が駆け、戦鎚を振り上げる。そしてヘラクレス像の間合いに入り、戦鎚を振り下げた。戦鎚に合わせるようにヘラクレスが棍棒を当てる。戦鎚の威力を上げる魔術が棍棒の威力で相殺され、九十九里の腕に伝わる。一瞬、戦鎚を手放しそうになるが、奥歯で食いしばって持ちこたえた。
「我が宿敵を焼き滅ぼす業火となり。」
戦鎚の魔術により棍棒が凍った。魔術師としての弱点である詠唱時間による隙を戦鎚で補うことができる。
「爆裂する火炎の竜となれ。」
ヘラクレス像の棍棒による横振りに対して柄を短くした戦鎚の重りで相殺する。柄を長くして、柄で棍棒を受け止めると間違いなく押し負けるので、この方法を取ったのだ。
ヘラクレス像が再び棍棒を振る。それに対して合わせるように九十九里が受け止める。そしてまたヘラクレスが振るう、という攻防が何度も繰り返される。押し負けているのは明白。だが、押し負けることで体力を消耗することを考えた上で彼女は賭けに出た。
戦鎚の威力をさらに上げ、ヘラクレスの棍棒を叩き上げる。お互いの衝撃により棍棒が浮き、戦鎚も叩き上げた勢いのまま、持ち手がふらつく。九十九里の戦鎚を持っていない方の手のひらが、ヘラクレス像に触れた。
「爆ぜろ、バーニングショット!」
手のひらに展開された魔法陣から、火薬が爆発したかのような音がして、火柱が横に噴き出る。噴き出た火柱はヘラクレス像を貫通し、腹を吹き飛ばして上半身と下半身を2つに分けた。
「ギリギリだわぁ。」
膝をついて脱力し、息切れを整える。バーニングショットの威力により肩が脱臼し、腕にひびが入る。戦鎚で肩と腕をコツンと軽く叩くことで治した。
さて、モーセ像はどうしようかしらね、と内心呟く。ヘラクレス像を倒したことによる気の緩みが吹き飛んでしまうほどの、とてつもなく強い気配を感じ、振り返った。
「やっと終わったか。人間の女よ。」
二条信虎とは違う、感情無き圧のある老いた男の声が聞こえた。
モーセ像が喋ったのであった。
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