2-17話:過去③
異世界に召喚されてから三年が経った。恩師を魔王幹部に殺され、国に居場所がなくなった事により始まった魔王討伐の旅。異世界に慣れたとはいえ、やはり元の世界が恋しい。甘いチョコレートが食べたいだとかの欲求は減ってきたが、そのかわりに母親の手料理が恋しくなった。要は安心したいのだ。心の底から安心して飯が食べたい。その安らぎを求めている気持ちが食の欲求に現れているのだろう。
この頃、母親の手料理に対する欲求が減ってきた。原因は恐らく、目の前でたらふく料理を頬張っている同世代の女の子、リューナだ。
リューナはこの今滞在している国で出会った女の子で、俺と同じ冒険者。たまたま同じクエストを受け、意気投合したのだ。俺と彼女との違いは冒険者としての歴と冒険者としてのスタイル。リューイは冒険者歴5年と俺の二倍以上あり、昔からこの国で冒険者として滞在している。また、持ち家を買っていることからこれからもずっとここで冒険者として生きるのだろう。
定住している彼女とは違い、俺は魔王討伐の旅をしながら冒険者として生きている。リューイと出会ったことで随分とこの国に長居してしまったが、何時かはこの国を出ていく予定だ。寂しく思うが、仕方ない。長居をしすぎて自分が勇者だとバレてしまいそうではあるが、自分から特に怪しく思われることを言っていないので大丈夫ではあるだろう。
「どう?私の手料理、美味しい?」
「あぁ、美味しいよ。……何時もありがとう。」
「どういたしまして。どうしたの?急に感謝なんてして。」
「なんとなくだよ。まさか感謝で浮気を疑われる日が来るとはな。」
「まだ私たち付き合ってないじゃん。もぅー、優希くんは女たらしだなぁ。」
彼女が作ってくれた薄いシチューのような汁物をスプーンで掬い、口に運ぶ。この目の前に広がる幸せを形にしたかのような光景に思わず笑みがこぼれた。
もう魔王討伐の旅なんか辞めて、ここに住んでしまおうか。
「この白い汁物ってなんて名前なんだ?」
「これはポカチュ、ポカの乳で作るからポカチュで、チュっていうのは汁物って意味なんだって。」
「へぇー、お母さんから教えてもらった料理とかなのか?」
「そうそう、よくわかったね。」
「なんとなくそうなのかなってね。」
リューイの柔らかい笑みに俺もつられて笑ってしまう。栗毛の髪色に肩にかかる程度に伸びた髪型。大きなクリっとしたウサギのような瞳が彼女の愛嬌をより魅力的に引き立たたせる。日本にいた時の自分ではまず仲良くなれなかったタイプの明るい美人に対し、胸をときめかせてしまうのは仕方のない話だろう。俺はリューイが好きだ。勇者としての使命を忘れたくなる。
「俺さ。旅辞めてやっぱここに住もうと思うんだよね。」
「……えっ、なんで?」
「なんでってそりゃあ、まぁ、そのー、リューイと一緒にいたいからだよ。」
自分の顔が赤らんでいくのがわかる。体温が熱い。今にも火でも吹き出してしまいそうだ。
「そっか。わかった。」
気まずい雰囲気が流れるが、俺は嫌ではない。この雰囲気さえも心地良い。
「私の地域の名産にぶどうを発行させた泥っぽい飲み物があるんだけど、今日は特別な日だから……、飲もっか。」
「それってつまり……。」
彼女は何も言わず、床下収納から小さな土壺を取り出す。きっと何かの儀式なのだろう。婚姻の儀式なんかに飲むものなのかもしれない。
リューイが土壺からグラスに紫色のどろっとした液体を注ぐ。
「飲んで。」
何かの覚悟が決まったか、彼女に似つかわしくない物静かな声色で催促する。
言われるがまま、喉に液体を通した。
「一気に、全て飲んで。」
あまり良くない喉越しゆえにグラスの液体が半分残ってしまったのに対し、彼女が再び飲むように催促する。
アルコールとは違う独特な風味。ブドウの皮を砂糖で煮詰めて腐らせたかのような味わいに若干のえずきを覚えながら飲み干した。
「この飲み物って宗教的な儀式とかなんか?」
「そんな感じ。」
やけに冷たいリューイの声色に違和感を何時ながら、実質告白のような自分の言葉に対する返事を待つが特に反応なし。再びポカチュを口にしようとしたその時だった。
自分の手からスプーンがこぼれ落ちた。
椅子から横に倒れ込む。息が苦しい。口の中が苦い。強い嘔吐感がするが、吐く力が出ない。これはアルコールによる作用なんかではない、毒だ。それも食中毒のような不摂生によるものではなく、確実に相手を殺すために用いる悪意のある毒。つまり先程乗んだあの液体は毒だったのだ。
「どうじて?」
「貴方がここに留まりたいだなんて言うからだよ。」
今まで聞いたことのない冷たい声で話す彼女。思わずリューイを偽った別人なのではと疑いたくなるような蔑む目線に恐怖を感じながら、解毒魔術を無詠唱で唱える。しかし、毒は治らない。
「この毒は魔王軍から支給された特別な毒なの。だから解毒も解呪も効かないよ。」
何度も解毒魔術と解呪魔術を唱えるが、彼女の言っている通り治らない。きっと毒カエルだとか毒ヘビなんかよりもずっと高位の毒なのだろう。もしかするとヒュドラかバジリスクの毒なのかもしれない。何にせよ、どんな毒であろうと今は危機的状況なのは変わらない。
「なんで貴方を殺したいか話してあげる。」
きっとこれは時間稼ぎだ。俺が死ぬまでの時間稼ぎ。話に集中させることで俺に余計な事をさせないと言う時間稼ぎなのだ。わかってはいるのに、聞き入ってしまう。
「私ね。貴方を殺したらお金が貰えるの。値段にして10億リアル。都会の屋敷を5軒建てられるお金。一般人なら見ることすら出来ないお金。公爵様でもこんなには持ってないんじゃないかな?そのくらいすごいお金が貰えるの。たったひとり、冴えない男を殺すだけで。」
淡々と、俺を殺すメリットを話す彼女。
「殺さなくてもね?お金は貰えるの。一日滞在させたら1万リアル。出発する日付と時間を教えれば1億リアル。私はお金より自分のリスクを考えるタイプだから、一億でも貰えればいいって思ったの。」
淡々と言葉を続ける。
「でもさ。貴方はここに留まりたいなんて言うじゃん。なら、……殺すしか無いじゃん。だって貴方がここに留まったら私一生貴方の女だよ?そんなの嫌だよ!なんで私、貴方みたいな冴えない男の女やらなきゃなんないの?私は貴族の、顔整いのお嫁さんになりたいし、かわいい赤ちゃん生みたいよ!貴方の赤ちゃんなんて、愛せないよ……。」
感情的に秘めていた思いを俺に訴える。それは愛の告白なんかじゃなく、秘めた殺意。
「貴方、私のこと好きなんでしょ?なら私のために死んでよ!お願いだから!私のために死んで!」
感情が爆発したせいか、涙ぐんだ声で叫びながら俺の死を望む。
泣きたいのは俺の方だ。彼女と出会って半年。このスマホすら無い世界での半年は長い。その長い時間で培ったふたりの思いは偽物で、彼女は金目当てで近づいてきた女なのだ。しかも、躊躇無く俺を殺す。
いや、躊躇もしたし罪悪感もあったのだろう。だが、それすらも俺に押し付ける。まるで、毒であっさり死なない俺が悪いみたいに。俺を毒で殺してくれてありがとうとでも言えばよいのだろうか。
冗談じゃない。
俺は最後の希望として聖剣エクスカリバーを鞘の入っていない状態で召喚する。俺の愛剣である聖剣エクスカリバーは大変便利で、手元に剣がなくても召喚することで使用することが出来る。
最後の力を振り絞り、召喚した剣を腹に刺した。
聖剣エクスカリバーにはあらゆるものを切ることで無効化することの出来る効果がある。本来は魔術の炎を切って消したりするのだが、その効果を毒にも使えるのではと考えたのだ。
無詠唱で回復魔術のハイ・ヒールを使いながら、剣を腹から引き抜いた。胃や肺に溜まった血を吐き出して抜き取る。
「……なんで。」
「俺の聖剣エクスカリバーには、あらゆる不利益を、ふぅー、無効化させる効果がある。例え猛毒であろうと、無効化してしまえば、どうってことない。」
腹を自ら貫いたことで相当の生命力と体力、精神力を使ったが、毒を解毒させることに成功した。
「許してよ、私仕方なかったの。」
剣を持ちながら立ち上がり、警戒度を高める。彼女は魔王軍に雇われた女。もう俺が片思いしていた女冒険者のリューイではない。俺の中でリューイは死んだのだ。
「私、仕方なかったの!だって、そうでしょ?」
彼女を生かしておく理由はない。むしろ、デメリットしか無い。俺の個人情報を沢山持ち、戦闘の癖まで熟知している。彼女は知りすぎた。これからの魔王討伐の旅の障害になりかねない女だ。彼女はモンスターと同じ脅威。殺す価値のある女だ。
「もし断ったら殺されちゃう。私のお父さんもお母さんも殺されちゃう。きっと拷問された後に甚振られて殺されちゃうの。そう考えたら、仕方ないって貴方も思うでしょ?私は貴方と違ってひ弱な女の子なの。だから従うしか無かったの!」
「俺が勇者だって最初から知っていたんだろ?なら相談すれば良かったじゃないか。」
「そんなことしたらお金がっ!あっ、ごめんなさい。違うの。」
「もういいよ。喋るな。」
剣の刃を見つめる。殺すなら今だ。怒りと哀しみの影で躊躇いなく殺せる今が絶好の機会。きっと後で後悔するだろうが、死ぬよりはマシ。俺を殺す覚悟で毒を仕込んだのだから、殺される覚悟はあるだろう。
「殺さないで。」
刃先を頭上に上げる。なるべく楽に殺してやるのだ。騙されていたとはいえ、彼女との日々は幸せだった。その感謝を込めて正確に、そして確実に首から頭を落とす。
一呼吸置く。
しかし結局俺はリューイの首を、切り落とせなかった。
リューイの笑顔が脳裏に浮かんでしまったのだ。
「未練は断ち切れないか。」
鞘を召喚して刃を納め、腰に下げる。
「今から20分以内にこの国を出る。それまで俺の視界に入らない場所にいろ。次見かけたらその時は。確実にお前を殺す。」
彼女は失禁した股に構わず立ち上がり、よろつきながらもふらついた走り去る。
静寂と温かい室内灯が俺を包む。
その2ヶ月後、ニューイが殺されたという知らせが俺の耳に入った。死因は拷問による出血と打撲。俺が彼女を追い払ってすぐに魔王軍が俺を襲って来たということは、即ち彼女自身の身柄を引き渡すのと同義。魔王軍は最初から俺の情報料を払う気がなかったのだろう。使い道のなくなった彼女は情報を全て吐かせた後、遊ばれて捨てられた。当然の結末だ。少し考えればわかることだった。
この一件以降も俺は何人もの女性に騙され、搾取と裏切りに遭い続けた。
恋愛に発展することを恐れ、女性不信になるのは当然だと我ながら思う。
あの日以来、母親の料理が再び恋しくなった。
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