2-16話:夜這い
【48話】世界救ってから10万年。死ぬほど頑張って世界救ったのに眠りから覚めたら知り合いみんな死んでて10万年経っていた件 ~魔王倒したのに報酬が未だに払われない
「優希君、起きてる?」
「寝てます。」
「そう、おやすみなさい。」
「すいません冗談です。どうぞお入りください。」
午後11時。二条さんとのドライブ、そして二条神社ツアーが終わり、風呂や歯磨きを済ませ、寝床に入ってしばらく経った深夜に二条先輩の声が聞こえた。今は魔術による探知を切っている状態。勇者故の聴覚の良さはあれど、所詮人間の聴覚。接近には気付けど誰が部屋の前にいるかはわからない。二条先輩の声に心臓が跳ねた。
「こんな夜更けにごめんなさいね。少し聞きたいことがあって来たわ。」
「夜這いかと思ってびっくりしました。」
「私は婚前交渉をしない主義よ。」
「貞操概念がしっかりしていて素晴らしいと思います。」
「でも、今夜は私に手を出しても良いわ。もちろん、責任取って貰うのだけどね。」
「死んだら結婚できませんよ。」
「詫びとして切腹しろとは言ってないわよ。でもまぁ、海外では死者と結婚する冥婚と呼ばれる文化があるそうよ。良かったわね。これで貴方は独身で死ぬことはないわ。」
「そもそも俺はまだ死にたく無いですよ。」
襖を開ける音が聞こえた為、体を起こした。月明かりしか光源のない部屋、ミルク色の和風なガウンを着た二条先輩が輝いて見える。まるで昔読んだ御伽話のかぐや姫のよう。目が合えば魅了されてしまいそうな魔力があった。
「早速聞くのだけど、父とどんな話をしたのかしら?」
「レインボーブリッジは常に虹色であるべきだって話をしましたね。」
「そう。他には?」
「あとは、百鬼夜行の話を少し。」
「そう。」
二条先輩は百鬼夜行についてどこまで知っているか俺は知らない。だからあえて具体的には話さなかった。二条さんが二条先輩に話していないなら、話さない。それが仁義だと思った。
「あと、二条先輩を下の名前で呼ぶように言われましたね。」
「それはその通りね。」
「頑張ってみます。」
「それはやらない人間の常套句よ。優希くん。」
俺のいる客間に入った二条先輩は上半身を起こした俺の斜め正面に女の子座りで座る。谷間に視線が向かないようなるべく彼女とは別の方向を向いて話す。人と話す時は目を見て話しなさいと母親に教わったが、今は守れそうにない。
「1週間後、この街で大規模の魔獣災害が起きるのは聞いた?」
「聞きましたよ。」
「そう。ガーディアンの魔力探知装置と研究機関は優秀でね。空気中に漂う魔力がこの街に集まってると判明したそうよ。その魔力がダンジョンホールになるのは丁度一週間後。ちなみに入学式で発生したダンジョンホールはこの現象の予兆なのだとか。そう、父は言っていたわ。」
本当の百鬼夜行が始まる事を隠すためにガーディアンの上層部と辻褄を合わせたのだろう。もしかすると本当に空気中の魔力濃度が高まっているのかもしれないが、推測するだけ無駄な話だ。
世間はまだこの話を知らないが、来週の月曜日には正式に発生があり、避難勧告がされるはずだ。きっと帝都高は休校だろう。もしくは別の施設を借りて授業をするのだろう。
「貴方は参加するの?」
「参加しますよ。二条さんにはまだ返事を保留にしていますがね。」
「二条さんとは私のことかしら?」
流し目でこちらを見る瞳は意地悪を孕んでいた。あえて、わからないふりをしているのだ。その行動はダンゴムシを転がす子どものような無邪気さを持ちながら、男を弄ぶ悪女の打算を持ち合わせている。
「二条さんってのはそのっ、先輩のお父さんのことです。」
「何先輩?」
「結衣、先輩です。」
「そう。勘違いしてごめんなさいね。」
彼女は得意げな顔をして満足そうに笑みを浮かべていた。
「優希くんは自分の実力を隠したいのではなかったの?」
「元々そうだったんですけど、そうもいかないんで。ガーディアンが対処するってことは、アリサ先輩も結衣先輩も前線に出るんでしょう?なら俺も出なきゃですよ。」
「素直に嬉しく思っていいのかしらね。それで、父にはどのポジションを任されたのかしら?」
「帝都高周辺です。」
「ガーディアンに加入は保留は持ちかけられた?」
「誘っては貰いましたが加入は断りましたよ。でもサブ的な役割なら入るってことにしました。強制命令権がないのは大きいです。」
「よく父は許したわね。あと、その契約だといつの間にか加入まで進むでしょうから気をつけなさい。どうせ、気をつけても無駄なのでしょうけどね。」
湯呑を机の上から一つ取り、電気ポットからお湯を注ぐ。白湯というやつなのだろう。
「今日は色んな事をしたわね。」
「絵画を見て、ゲームセンターで散財して、タピオカ飲んで。盛りだくさんでしたね。」
「えぇ、ほんと盛りだくさん。楽しかったわ。」
古い思い出を懐かしむように微笑む。
「ありがとう。優希くん。」
月明かりが差す。彼女を照らし、白い素肌が光を反射させる。その姿は儚さと美しさを表現しており、白百合のよう。傾国の美女と言っても過剰表現にならないだろう。昼間の彼女の冗談も、彼女の父親の提案も、つい魔が差して受け入れてしまいそうだ。
「楽しんでくれて何よりです。」
この世にあるあらゆる魅了系の魔術よりも効果のある彼女の魔力に抗うため顔を背けて返事をする。
「私、初めてだったの。」
「何がです?」
俺、まだ手を出していませんよと冗談を口にしようとしたがあまりにもセクハラが過ぎるため言葉を飲み込み、聞き返した。
「友達と遊ぶのが。」
「俺って友達だったんですね。」
「泣くわよ。」
「ごめんなさい俺は優希先輩のお友達です。」
冗談を言って神妙な空気を和らげ、俺は布団から下半身を出して胡座をかいた。彼女の姿に慣れてきたため、なるべく彼女の胸下を見ないようにして顔を見つつ会話を続ける。
「私が話しかけづらいことについて教えてくれたじゃない?」
「はい、確かに言いましたね。」
「私自身、実は自覚があったの。」
茶飲みを取り、自分も電気ポットからお湯を注ぐ。彼女に習って緑茶を作らず白湯として飲んだ。本来味なんて無いのにも関わらず、柔らかい味がした。
「私は昔からこんな性格でね。きつい性格に気取った態度。完璧主義で掴みどころも愛嬌もない。そんな女だったわ。だから友達が出来ないのも当然。幸い二条家という後ろ盾があったお陰でいじめられたりなんかはしなかったのだけど。その代わりに大抵の人は私を避けたわ。だって私は火薬付きの腫れ物ですもの。当然の扱いだわ。そんな扱いをされていたら嫌でも自分に友達ができない理由に気づく。当然よね。」
「直そうとはしなかったのですか?」
「しなかったわね。いや、しなかったと言うよりもすると言う考えがなかったといった方が正しいかしら。もしその考えに幼少期から至っていたのであれば、こうはなっていなかったのでしょうね。」
「家庭環境を考えたら他人に壁を作る性格になるのは当然だと思いますけどね。」
「あら、貴方私を慰めてくれてるの?これで私が貴方に惚れたらどうするつもり?」
「その時になったら考えますよ。」
「そう。貴方って刹那的ね。」
呆れつつも誂うような軽い声色で俺を評価し、茶飲みに口をつける。そして身体を手のひらで引き寄せ、布団の上まで移動させ俺の側まで身体を近付けた。
「次は貴方のことについて聞かせて?」
「俺?俺は幼少期に魔の森って言われてる場所に捨てられて、教皇をやってるジングさんに養子に入って、それからずっと教会で修行してましたよ。」
「そういうカバーストーリーはいらないわ。本当の貴方を聞かせて頂戴。特に、貴方が戦に詳しい理由について知りたいわ。」
「俺は本当に。」
「お願いよ。」
結衣先輩の、その目。懇願するその瞳に見つめられると罪悪感に拍車がかかる。俺は彼女のその目に弱い。そもそも俺は女の子の頼みに弱いのだ。
「そもそもなんで嘘だと思ったんですか?」
「単純に貴方の隠し方が下手だからよ。あと貴方のエピソードは納得しやすいように出来過ぎているわ。本当の話というのは曖昧で理解に苦しむものなのよ。それに、貴方の戦闘概念は卓越しすぎているもの。それは貴方の家庭が特殊だったと言うだけで説明はつかないわ。」
「なるほど、そうでしたか。」
息を呑み、言葉を続ける。
「すいません。本当のことは俺の口から言えません。ですから、少し嘘や例え話を交えて話しますね。」
隠れ蓑となっているジングさんと10万年前からの知り合いであるジェヘラを除けば初めて自分の事を話す。緊張で喉が鳴る。大きく息を吸い、息を吐き、言葉にした。
「俺は昔、人を殺す仕事に就いていました。とある目標のためなら女であろうと子供であろうと。元仲間であろうと殺す。そんな仕事をしていました。だから戦闘に詳しいんです。」
「そう。なら女性と恋愛関係に進もうとしない理由は?」
「女性に嫌というほど騙されてきたからです。」
「なら何故女嫌いではないの?」
「女性を毛嫌いしても意味がないからですよ。」
「そう。」
重い話としたせいで気まずさと重い空気が部屋全体を包み込む。何か冗談を言って和ませようとしたが、俺が言葉を発するよりも先に結衣先輩が喋った。
「優希くん、聞いて。」
思わず息を飲む。
「私も貴方と同じ人殺しよ。私が殺したのは手をくださなくても明日には処刑されるただの死刑囚だったのだけど、それでも貴方と変わらない。貴方が何人殺そうと、私と貴方とでは何も変わらない。所詮私たちは人殺しよ。立場は違えど、理由があれど、私たちは人殺し。人を殺めた同族。」
彼女の伸ばした腕が俺の手の甲に触れる。ふたりの手が重なる。
「貴方のその秘密が公になった時、貴方を人は異物と見るでしょう。でも、そうなっても私だけは味方。貴方がどんな化物でも離れないと、約束するわ。何故なら私自身も化け物だから。貴方が何か困った時は私を頼って頂戴。私も貴方を頼るから。わかった?」
「わかりました。約束します。」
「貴方は嘘を付くのが下手ね。いいわ。じゃあ、はい。」
「はい?」
「指切りげんまん、知らない?」
小指を差し出すその意外性に呆気に取られていた所を指摘される。
「そうりゃまぁ知っていますけど。」
「早くして。」
催促された為、渋々小指を結ぶ。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指切った。」
かけ声とともに結衣先輩と小指を結んだその手を振り、掛け声の終わりとともに小指を離す。
「これで良いですか?結衣先輩。」
「ええ。今日のところはこれで許してあげる。」
結衣先輩はあまり表情を作らない。喜ぶ時は少し唇を歪ませるだけで、悲しむ時は下を向くだけ。彼女の表情は固く、分かりづらい。だが、今この瞬間だけは確かに彼女が満足そうな顔をしたのが分かった。
「おやすみなさい、優希くん。」
「おやすみなさい結衣先輩。いやちょっと待ってください。ここで寝るんですか?俺の布団で寝るってマジですか?答えてくださいよ。おーい、起きてるんでしょー?」
「煩いわ。寝かせて頂戴。」
「いや俺が寝れないですって!」
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