2-14話:塩っぱくて硬いミックスナッツ
ゴーチャで軽い雑談をした後、店を出た俺らを待ち構えていたのは2台の車だった。1台目はここに来た時に乗った成金リムジン。そして2台目は赤いボディカラーのスポーツカーだ。そのスポーツカーの運転席には髪をオールバックにした髭ズラのサングラスを掛けた成人男性が座っていた。二条先輩の父親だ。
「儂は優希と話がある。結衣は先に帰れ。」
「私も立ち会うわ。大事な話なのでしょう?」
「ただの雑談。男同士の雑談だ。ドライブに付き合って貰おうと思ってな。悪いことは言わん。先に帰れ。」
サングラス越しでもわかる眼力に対して二条先輩は怯まないが、このまま膠着状態を維持しても意味がないと考えたからか、素直に車に乗った。彼女の不安そうな目に見送られ、車が出る。
「土足で乗って大丈夫でした?」
「大丈夫だ。儂の車は飲食可。ポテチ以外はな。」
「二条さんの愛車でポテチ食べる勇気はありませんよ。」
「カハハッ、そうであろうな。君は清々しいほど正直だ。よし、気に入った!儂のとっておきの場所に連れて行ってやろう!気に入らんでも連れてくつもりだったがな。」
そう豪語して車を走らせた。気持ちいい音をエンジンが鳴らす。車に興味のない自分でさえこのエンジン音には心が踊らされる。秋葉原を出発した車がインターチェンジを通り、高速道路に入った。
「夕方なのに随分と空いてますね。」
「交通制限を掛けたからな。当然だ。」
「えっ!そんな事可能なんです?」
「冗談に決まっているであろう。二条家とはいえそこまで出来るほどの権力はないわ。」
車内に置かれたミックスナッツを口に入れながら、ドリンクホルダーに置かれていた瓶のコーラで流し込む。緊張を和らげようと深層心理が機能しているからか、俺のナッツを食べる手が止まらない。口内が満たされたナッツの塩気が過剰な甘さを持つコーラで流されて気持ちいい。
「随分と結衣に気に入られたようだな。」
「えっ、あぁはい。お陰様で。」
「結衣と君との仲に儂のお陰も何もないだろう。それにしても、ああやって反抗されたのも久しぶりだ。懐かしいわ。」
ハンドルを片手に握りながらナッツを乱暴に掴み、そのまま口に入れる。俺もつられるように食べる。
「母親が死んだ話は結衣から聞いたか?」
「はい。二条さんが百鬼夜行に行った話も含めて聞きました。」
「そうか。それでどう思った?」
「英雄のようだと思いました。」
「褒めておらんだろう。」
「もしかして心が読めたりします?」
「せんわアホ。その顔見りゃわかる。」
英雄とは公共機関である。救済の願望機であり、そこに英雄個人の私情は考慮されない。例え最愛の人の危機が訪れようとも、親友が倒れようとも、顔も知らない民間人の為に戦わなくてはいけない。それが英雄だ。つまり、英雄は人間扱いされないのだ。
「結衣にはすまない事をしたと思っている。もちろん、女房にもな。」
「まぁ、最後に立ち会えなかった訳ですからね。」
「そっちではない。いや、それもあるのだが。もしや他に何も消えてないのだな?」
「衰弱した二条先輩の母親を置いて百鬼夜行に行った話しか聞いてませんね。」
「そうか。なら、話さんとならんな。」
未成年の設定である俺に対して特に許可を取らず紙タバコに火を付けて、吸い始める。二条さんの倫理観はどうなっているのだろうか。そんな事を思いつつ、耳を傾けた。
「女房が死んだ後な?儂、沢山愛人を作ったのだ。息子が必要でな。」
「跡継ぎは男じゃなくちゃいけないってやつですか。」
「そうだ。如何せん二条家の風習は古くてな。当主といえ二条家全体と相手は出来ん。そんなことしては家が持たんしな。だから儂は作るしか無かったのだ。」
二条家の考えは古臭い。良く言えば伝統に重きを置く美学を持ち、悪く言えば柔軟性がない。きっとその反動で二条さんは派手好きになったのだろう。
「イチ男としては約得だと思うとる。合法ハーレムだからな。だが、そう割り切れるほど儂は単純ではない。出来れば愛人なんぞ作りたくなかった。現に女房無き今も籍は入れておらん。籍を入れんのは儂なりの、女房に向けた誠意だ。結衣にはあまり理解できんらしいがな。無理もない。なんせ若いのだから当然だ。大人の事情なんぞわかるはずもない。いや、わかっていたとしても受け入れることは出来んか。」
「背負うものがあの者の気持ちは、背負うものがない者には理解できないというやつですか。」
「そうだ!君よくわかってるでないか!お前となら良い酒が飲めそうだ!大和酒が欲しい!」
「飲酒運転で捕まっちゃいますよ。」
「ふっ、儂は二条家当主二条信虎だぞ?飲酒運転ぐらい揉み消せるわ。」
「権力の最低な使い方過ぎません?」
秋葉原を抜けてインターチェンジから高速道路に入った車はしばらく走った後、レインボーブリッジが見えてきた。今日のレインボーブリッジは名前通り虹色で、白く光ってはなかった。虹色よりも白く輝いていることのほうが多いでお馴染みだと言うのに今日はちゃんと虹色に輝いているとは、運がいい。
「ここら辺はよく女房とドライブに行っとった所でな。18になった瞬間免許を取って、レインボーブリッジなのに白いなんて笑いながら夜中走ったものだ。」
「もしかして二条さんお気に入れの場所ってここですか?」
「そうだ。意外な場所じゃなくて不満か?」
「いえ、素敵なドライブありがとうございます。」
「うむ。気に入って貰えたならそれで良し。」
二条さんが瓶コーラを一気に飲み干し、後ろに置いてあった瓶コーラを魔術で浮かせ、手元に持って来させる。そして魔術を使い冷やした。瓶コーラの表面に結露が付いた。
「流れるような魔術の使用。魔道具は何処に付けてるのですか?」
「付けておらんよ。知らんのか?人は魔導具なしでも魔術を使えるのだぞ。」
「アリサ先輩みたいな体質抜きにですか?」
「アリサ先輩……、あぁ北西君のことか。彼女の体質の事とは別件だ。そもそもなのだが、娘に魔道具無しでの魔術使用を指導しておいて知らないフリは無理があるのではないか?」
「よくご存知で。」
「忍びを使っているからな。」
俺は腐っても勇者。そんな自分が気付かないレベルとなれば相当の猛者であろう。または、二条さんの話は嘘で、本当は忍びではなく別の方法で情報収集をしているのかもしれない。例えばドローンや盗撮カメラ、盗聴器だ。流石の俺でも魔力を使わない手段を使われては気付きようがない。
「君は魔術と武術どちらが得意なんだ?」
「どちらがと言えるほど技術的な差はないのでどちらとは言いづらいのですが、強いて言うなら剣術ですね。」
「ほぅ、やはりそうか。蒼の剣が抜けるぐらいであるから当然ではあるな。」
「青の剣ってそんな凄いんですか?」
「凄いらしい、だな。」
「凄いらしい?」
「儂は使用者を見たことが無ければどんな力があるかも知らん。故に推測でしか語れん。」
「二条さんは青の剣は使えないんですか?」
「使えん。だから優希にやると言ったのだ。使えんとなればただの美術品だからな。」
二条さんですら扱えない刀となるとやはり抜いちゃいけない系のものなのではと思い、なぜ扱えないのかを聞きたくなったが怖くて聞けなかった。
「所で優希よ。君は何故結衣を名前で呼ばんのか?」
「何故っておっしゃられてもですね。」
「北西君のことは下の名前で呼ぶのにうちの娘は苗字呼び。二条と呼ぶと儂のことなのか結衣のことなのかわからん。今夜から結衣と呼べ。いいな?」
「今すぐは難しいですが、チャレンジしてみます。」
「明日からだ。わかったな。」
「努力してみます。」
「男ならはっきりしろ!情けない。」
片手で背中を叩かれ、喝を入れられる。普通に背中が痛い。運転しながらよくこんな強く叩けると感心する。運転に集中して欲しい。まだ俺は死にたくはない。きっと交通時事故程度では死ねないのだろうが。
「もしや、うちの娘が気に入らなかったか?」
「いやそういうわけじゃなくて、っていやあのそんなあてがったみたいな言い方やめてください。」
「親がしていい冗談の類じゃなかったな。もし女が欲しかったら儂を頼れ。うちの娘らから良いのを紹介しよう。」
夜空、目の前には綺羅びやかな夜景、男二人のむさ苦しいドライブは猥談や恋バナを交えて続くのであった。
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