2-13話:俺はこのエアホッケーに魂を賭ける。
シューティングゲームを終え、無事ゲームセンターの養分となった俺は缶ジュースを飲みながら店内を彷徨いていた。
「振ると飲めるゼリーのジュースだなんて斬新ね。こっちはナタデココが入っているのかしら?自販機には私の知らない世界が広がっているのね。」
「そこまで大袈裟な話じゃないですけどね。んで、どれ飲みます?」
「そうね。正直迷うわ。」
自販機の前で顎を掴んで真剣に悩んでいる二条先輩。悩んでいる物を全て帰るだろうに、一つだけしか選ばないとは流石お嬢様だ。飲みきった缶ジュースをゴミ箱に入れた。
「どれとどれで迷ってるんです?」
「ナタデココのとゼリーので迷っているわ。」
「どっちも飲めば良いじゃないですか。」
「私ふたつも飲みきれないわ。」
「なら俺が飲みますよ。」
交通系ICカードを取り出し、ナタデココが入ったジュースと振ってゼリーを細かくして飲むジュースを買う。
「どっち先に飲みます?」
「そうね。えっとー、ナタデココから飲もうかしら。ねぇ村田くん。貴方ってもしかして悪気なくやってるの? 」
「何がです?」
「なんでもないわ。素敵なご提案をありがとう。」
不思議なことを言う二条先輩を横に俺はアブを引いてから渡す。それを無言で受け取り、俺と反対向きの壁側を向いて飲んだ。俺もゼリーのジュース缶を振って飲む。人口甘味料の匂いが鼻から抜けた。
「なんか、やります?」
「そうね。じゃあ、あれにしようかしら。」
そう指を指すその先にあったのはエアホッケー。エアホッケーならあまりお金を使わずに出来るため良案である。
「いいですね。せっかくですし何か賭けます?」
「……そうね。その方が面白いわ。何にしましょうかしら。」
「アイスとかデザート奢るってのはどうですか?」
「却下よ。緊張感がないわ。そうね、何でもするでどうかしら?」
無表情のままとんでもない提案をする二条先輩に対しつい口に含んでいたジュースを吹き出してしまう。勝負事でしちゃいけないことトップ3に入るような提案を現実で、しかも女性の口から聞けるとは思わなかった。まるで成人向け同人誌である。エアホッケーの台にお金を入れる。
「何でも、ですか?」
「えぇ、何でもよ。」
「本当に。何でもですか?」
「えぇ、何でもよ。子供を産めでも良いわ。」
「エアホッケーに人生掛けすぎじゃありません!?」
本当に何でもしてくれる二条先輩に驚きつつエアホッケーにキャンセルボタンがないか探すが見つからない。この人生が掛かったゲームから逃げられそうにない。
「俺が負けたらどうなるんです?」
「何でもして貰うわ。」
「やっぱやるのやめません?」
「やめないわ。」
「そうですか。」
余程エアホッケーに自信があるのか1歩も引かない。何故これほどまでに自信があるのか理解が出来ない。ゲームセンターに行こうと提案したのは展覧会後すぐ。つまりエアホッケーを予め練習しておくのは不可だ。そうなれば自信の元は別にある。もしやゲームセンター自体が初めてではない?それは有り得る話だろう。先程のクレーンゲームやシューティングゲームの反応が演技だとしたら辻褄が合う。他に有り得る可能性はこのゲームセンター自体を二条家が買い取った説だ。二条家が買い取ったのであれば、二条先輩に好都合なイカサマができる為自信の有り様にも納得が付く。だがこの説は現実的ではないだろう。何故ならそれは俺がゲームセンターを提案し、このゲームセンターに行くとわかっている前提だからだ。
もしこれら全ての説が正しく、俺がゲームセンターを誘いこの場所に行くと誘導されていたとしたら?
俺の考察が虚しく無意味となり、無慈悲にゲームが始まった。
「私が先行ね。」
機械から出されたパックと呼ばれている円盤を打ち返すエアホッケー用のラケットであるプッシャーで当てて弾く。その弾かれたことでこちらに来たパックを弾く。その繰り返しだ。俺も二条先輩も動体視力が良いため、決して自分側のエリアの真下中央にあるゴールには入れさせない。ただの作業だ。
「味気ないわね。」
「お互いに動体視力が良いですからね。」
パックが2枚、3枚と追加されていくがお互いに失点はゼロ。何個ものパックが移動していくだけの作業に飽きつつあるが、客観的に見たら凄い迫力のある光景なのだろう。まるでエアホッケーの世界大会だ。
「村田くんって、実は恋愛経験が少ないのではなくて?」
「年相応はありますよ。それにしても話題が急ですね?」
「そうでもないわ。貴方に恋愛経験が多少あるとはいえ、色仕掛け自体は弱いタイプわよね?」
「いや、めちゃくちゃ強いですよ。」
「知ってる?貴方って嘘を付く時は鼻をピクってさせるのよ。」
「えっ、嘘。」
「嘘よ。でもお間抜けさんが色仕掛けに弱いことはわかったわね。」
二条先輩の嘘に過剰反応をしてしまったせいで自分が色仕掛けに弱いことを露呈させてしまったお間抜けさんこと俺のゴールにパックが入る。これで二条先輩の失点ゼロに対し、俺の失点は1だ。この一点は大きい。
「あとは守りに徹すればいいわね。」
「卑怯ですよ二条先輩。」
「卑怯も何もこれは戦いよ。戦に卑怯かどうかなんて関係ないわ。そうでしょう?村田くん。」
「……仰る通りです。」
稽古でいつも卑怯な手を使って二条先輩に勝利しているその腹いせか、言い返せない正論で詰めてくる。そもそもそれ以前にマギーやジェヘラと同様に生まれが良い者は卑怯なことに躊躇いがないのだ。これは戦いが多い異世界で成り上がってきた貴族故の生存戦略だろうか。
「ちょっと動いて暑いわね。」
そうつぶやきながら黒いシャツブラウスのボタンをひとつ外した。ボタンひとつだとしてもその威力は絶大で二条先輩のアルプス山脈がしっかりと見える。今日のブラは黒らしい。俺のゴールに一点入った。
「今すぐボタン付けたほうが良いですよ。ちゃんと待ちますから。」
「それじゃあせっかく外した意味がないじゃない。」
また一点、点が入る。二条先輩の攻撃を防御できずにいる理由は本来機能すべき動体視力が目の前の光景のせいで機能してないからだ。俺の視線は二条先輩に釘付けである。
「誰か知り合いが来たらどうするんですか。あと他のお客さんに隠し取りされますよ。」
「大丈夫だわ。その時は貴方に脅させたって言うもの。それに私以外のお客さんはいないのだから問題ないわ。」
また一点、二点と俺のゴールに入り続ける。さっきまでの接戦が嘘のように点を取られて焦るが、それでも俺の視線は二条先輩で釘付けだ。
終了まで残り15秒となったその時、エアホッケー台の両脇から小さいパックが何十個も出てくる。要はチャンスタイムだ。なりふり構わずプッシャーを振り、相手のゴールを狙う。しかし二条先輩にしか点は入らず、俺の持ち点はゼロだ。十秒、五秒と残酷にも終了が迫り、そしてブザーがゲームの終了を伝えた。
「10対0で私の勝ち、かしらね?」
「完敗です。参りました。」
「貴方に初めて勝てたわね。嬉しいわ。」
「それはようございましたね。」
二条先輩は片手の手のひらを団扇代わりに扇ぎ、俺が飲みかけていたゼリーのジュースを飲む。
「ほんとね。ジュースがゼリー状になってるわ。面白いわね。あとその、楽しかったわよ。ゲームセンターに連れてってくれてありがとう。」
そう感想を口にする彼女の耳は赤い。その耳を見てようやくこれが間接キスであり、自分が間接キスを誘った事に気づく。俺が謝罪の言葉を口にしようとしたその時であった。
「あれ、優希殿ではないか。ここでなにをして……。」
「村田と、生徒会長さん?そういえばアンタって生徒会役員……。」
エルとエルの彼女である高田が目を丸くして固まっている。それもそのはず。二条先輩はシャツブラウスによって随分と挑戦的な格好になっているのだから。
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