2-5話:魔の手
「まさか蒼の剣を抜くとは。あやつは何者だ。」
「テロリスト襲撃事件を負傷者ゼロに収めつつ撃退した功労者のひとり。実力は私以上。法皇を義理の父に持つ高校一年生。私が知る情報はここまでよ。」
信虎は顎を手で掴み、無線機を握りながら考え込む。
随分と昔に秘匿通話用として渡したチャンネルがジングしか無い通信用魔道具。法皇になれば易々と会うことも通話することも出来ないと考え渡したものだが、それを自分の息子の居候先として頼むのに使われるとは。
そもそもジングに息子がいた事自体知らなかった。容姿がとてもジングとは似つかないことから養子だろうとは思うが、養子をわざわざ取った意味がわからない。優希の出身や素性を家の者に調べさせてはいるが、きっと本当のことは何一つ判明しないだろう。あのジングが素性調査だけで養子の正体を判明出来るほど雑な素性隠しをするとは思えない。
随分と得体のしれない餓鬼を寄越したと、信虎はニヤつかせた。
「蒼の剣。正式名称、蒼穹剣。お前も知っておる通り蒼の剣は二条家の至宝。二条家が華族であった頃から受け継がれてきた退魔の剣で、二条家の格式を示す宝刀。蒼の剣は使い手を選ぶ。そして、使い手以外の者は鞘から抜けぬ。蒼の剣を抜けたのは初代当主と九代目当主のみ、と儂は聞いている。」
信虎は20代目二条家当主。二条家の当主になるには前当主の指名または前当主の正妻の中で一番武力の強い者が選ばれるのではあるが、例外として蒼の剣の抜けた者も挙げられる。蒼の剣が抜けさえすれば誰であろうと、例え二条家の者で無かろうと二条家の当主になれる。その決まりは絶対であり、前当主の指名よりも重きを置く。つまり優希は今、二条家の当主になれる資格がある。
「結衣。儂はあの男が欲しい。」
「っん!?でも、村田くんの意思をまだ聞いていないわ。それに村田くんはニンホア教の教皇の御子息なのでしょう?なら強制は出来ないはずよ。」
信虎は優希を21代二条家当主にしたがっている。その意志が今の信虎の言葉に集約されていた。それを理解できないほど結衣は愚かでなければ、信虎の人となりを知らないわけではない。
信虎は自分の欲しい物をありとあらゆる手で手に入れてきた。当主としての地位は魔防隊、今で言うガーディアンでのランキングで一位というわかりやすい武力の誇示で手に入れた。正妻は権力と親の買収で手に入れた。二条家の廊下に飾られてある美術品も、貴重なアーティファクトも、ありとあらゆ物を信虎は手に入れてきた。その魔の手は優希に伸びかかっている。
「わかっとるわ。だからお前に言った。その意味、儂に説明させるのか?」
「嫌よ。そんな下品なこと。」
つまり、実の娘に色仕掛けで落とせと言っている。とても常識のある大人の発言ではないが、信虎は普段ここまで常識はずれなことは言わない。むしろ、よく出来た人間だ。弱者に優しく、親しい人のためなら平気で損をする事が出来る。自分の子供のためなら如何なる苦労も辞さない人間だ。だが、それ以上に信虎は貪欲なのだ。
「別に汚い手を使わんでも良い。あやつと恋仲にられるのであれば良いのだ。とにかく、頼んだぞ、結衣。」
そう捨てセリフを吐き、襖から部屋を出た。優希がやったように正座をしてではなく立ったままだ。
鶴の間に残された結衣はひとり考え込む。お父様の命令は絶対。だが、結衣は学校の後輩でありガーディアンでの後輩でもある北西アリサが優希を異性として好いているのを知っている。アリサのことを優希には友人ではなくただの後輩だと言ったが、そこに友情としての好意がないわけではない。結衣とて人間だ。後輩を大切にする心はある。
「ごめんなさい、アリサ。」
襖の鶴が彼女を睨むのであった
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