1−5 逢瀬
暗い部屋の中に嬌声が溢れていた。どうしよう。私おかしくなっちゃったみたい……。生まれて初めての感覚、感じたことのない気持ちがとめどもなく溢れ出し、口から漏れる声を抑えることができなかった。
その甘い声に憶俊が答えるように、時に激しく、時に優しく私を愛してくれた。憶俊に触れられるたびに、快感が体を激しく刺激し、電気が流れるみたいに反応して、憶俊を求めた。
自分でも信じられなかった。今まで埃と油にまみれて、女らしい色気なんて縁のなかった体の奥底に、こんな甘く溶けるような感情が眠っていたなんて。
初めての時からそうだった。初めての夜、憶俊が「まだ経験がない」って言っていたから、ちょっとお姉さんぶって、つい「大丈夫、リラックスして」とか言っちゃってたけど、私も心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしていた。
優しくキスをして、お互いの舌を絡めた時、全身の力が入らず、何も考えられず、ただ本能の赴くままに憶俊を求めていた。ゆっくりとベッドに横たわって、ブラウスのボタンを外す憶俊の手が微かに震えていた。自分の手を重ねて、憶俊の仕草と息遣いを一つ一つ追っていく。甘い憶俊の匂いとシーツの冷たさが直接肌にあたる感触。服がはだけて、露わになった私の肌に、憶俊の唇が這うように滑っていくと、もう自分の意思で体を動かすことは叶わず、されるがままになっていった。憶俊に触れられた部分は、その度に電気が流されたみたいに激しく反応し、言葉にならない声をあげていた。
あの時とは全然違う。
憶俊が休むことなく触れ続けて、止まることのない電気が走るような感覚が全身を駆け巡り、いままで出したことがないような甘い声が漏れ、手でされるだけで大きな波が何度も押し寄せてきていた。まるで私の体を知り尽くしているみたい。
ぐったりして、もう声も出すこともできず、ただ憶俊の体にもたれ掛かって荒い息遣いだけが部屋の中に響いている。憶俊が私の体を優しく包むよう撫でて、徐々に声が出るようになっていた。
「初めて……なんて……嘘……でしょ?」
息も絶え絶えの問いかけに、優しい眼差しを送ってくる。
「本当に初めて、美里さんが」
「……嘘……だって……こんなに……」
「美里さんに喜んでほしくて、勉強したから」
「……え?……勉強?」
「ビデオとか……」
視線をシーツに落とし頬を掻く彼が愛おしくて堪らない。やっと動くようになった腕を回して、笑いながら抱きしめていた。
可愛い。
成人した男性がこんなにも愛おしいなんて。嘘でもいい、初めてでなくてもいい。今は私の憶俊、私だけの憶俊。
そっとキスをして、もう一度体を重ねた。相性って言うのかな? そういうの本当にあるんだ。
今夜も、何度目かの絶頂を迎えた後、憶俊の胸に抱かれながら囁いた。
「憶俊、愛してる。ずっと一緒にいてくれる?」
「美里さん、僕も愛しています。ずっと一緒にいます」
憶俊の胸に顔を押し付けながら指でなぞっていると、ふと指先に違和感があった。
「憶俊、これどうしたの?」
何気なく触れた指先には、大きな傷があった。左肩から左胸にかけて。見た目ではわからないが、触ると皮膚が盛り上がっている。まるで作り物みたいだ……。
「これは、昔の怪我」
なんてことないという風に憶俊が答える。
「こんなに大きな傷、痛かったでしょう」
「今はもう平気」
こんな大きな傷……何か大怪我でもしたのだろうか……。そういえば、憶俊の昔の話って、聞いたことなかったな。どんな子供だったのだろう? どんな学生時代だったのかな? 恋人とかいたのかな?
家族は? 親戚は? 友達は?
どんな遊びが好きだったのだろう? どんな食べ物が好きだったのだろう?
どんな……、どんな……、どんな……。
色々な疑問がぐるぐると頭の中に浮かんでは消えていく。これからたくさん聞いていこう。たくさん話していこう。もっと知りたい。もっともっと憶俊のことを受け入れたい。
まるで白昼夢を見ているみたい。とっても幸せで希望に満ちた夢。そしてほんのちょっとの不安。そんな思いを抱いたが、憶俊に優しく髪を撫でられて、腕の中に包まれている内に、満ち足りた気持ちで深い眠りへと落ちて行った。
<つづく>




