4−11 竹川明美
遠野は、いつものように制御コンソールを眺めていた。オールグリーンだが、あの事件の時もオールグリーンだった。
結局、原因はコンソール内のケーブルが正規のものではなかったことだった。ケーブルのコネクター部にICチップが仕込まれており、既に竹川たちの手により発見、交換されていた。見た目では、区別がつかなかったという話だ。
いつもメンテナンスにきていた田中さんが仕掛けたらしい。聞いた話では隣国のスパイと通じ合っていたらしいが。
美味しそうにカップケーキを食べる田中さんの姿を思い出していた。
(遠野さん、愛されてますね)
あの時の彼女の幸せそうな笑顔。そんな人には見えなかったんだがな。
大きく背伸びをする。制御センターを離れて、施設のカフェテリアで休憩を取ることにした。
施設の出入りが厳しいため、食事・買い物は施設内で完結できるように充実している。外にでたところで、コンビニまで車で数十分かかるが。
見ると、窓際に知っている顔が座っていた。コーヒーを持って近づいて行った。
「竹川さん、コーヒー。アリアリです」
竹川はPCからちらっと目を向け「ああ、制御センターの」と言い、「んー、今日はブラック気分だけど……」と小さく呟いて、手を伸ばして遠野の手からコーヒーを受け取った。
「犯人、捕まったみたいだね。最後にスマホを使ったので特定したとか」
と、どこか他人事のように言った。
「ここに出入りしているベンダーさんのスタッフでした。誠実そうな人だと思っていたんですけどね」
竹川がコーヒーを一口啜って「甘っ……」と小さく呟くのを見て、遠野は満足げに腕を組んだ。
「人間なんて、そんなもん。私もオジサンもね。リスクはどこにでもあるし」
「判決が出るまで、まだ時間がかかるって聞いてます」
「日本初のケースらしいからね。刑法八十一条だっけ? そんな法律があることも知らなかったよ。でも結局彼女も騙されていたんでしょ? 未然に防げたし、そんなに重罪でもないと思うけど」
「あと、原因も特定して撤去したとか」
PCから顔をあげて、ノートPCをパタンと閉じた。
「んー、犯人の供述からね。ケーブルのコネクター内にICチップが入ってた。あのPC私物だからさ、良かったよ。早く見つかって」
「あの時は助かりました。本当に竹川さんは日本国民の救世主ですね」
こうして見ると美人とまではいかないが可愛い顔をしているよな。もうちょっと愛嬌が……うちの娘も、こんな風に……いやいや……。
そんな遠野の心の中を見透かすように、じろりと見た竹川は、聞こえるか聞こえないかの声で小さく「キモ……」と呟いていた。
「あれは、あたしだけじゃないよ、あたしだけじゃ数時間であんなことできない。世界中の人が動いていたんだ。ダークウェブでね」
「ダークウェブ?……あの違法な?」
「んー? 違法なものだけじゃないよ。もちろん多いけど。こうやって協力してくれる人もいる。と言っても、あいつらにとっちゃ暇つぶしのおもちゃぐらいにしか思っていないだろうけど。だから、パッチでなくマルウェアを作ったのさ。そっちの方がおもしろいじゃん?」
さして興味もなさそうに言葉を続ける。
「あとね、かなり重要な情報を投下してくれた人がいたんだよ。トロイの木馬のコードライブラリ。あんなもの持っているのは、イスラエルの8200かUSのNSAか。いずれにせよ、まともな人間じゃないけどね。アドレスは日本っぽいんだけど、その後出てきてないんだよね。あれがなかったらやばかったかも」
「そうだったんですね。そんな親切な人がいるんですね。ダークウェブって……」
「案外……敵だったりしてね……」
「え? なんですって?」
竹川は小さく首を振った。
「……でも、そのおかげで、もうすぐ修正パッチもできるよ。ニッチな層だから公開はされないと思うけど」
「それも竹川さんが?」
「違うよ、それはメーカーの仕事。世の中の脆弱性ってネットの有志とか興味本位の連中によって発見されているのさ。で、その連絡を受けてメーカーがパッチを作る。見つけた人には報酬があることもあるけどね」
「アベンジャーズみたいですね。本当のヒーローだ」
「何言ってんの。それなら、オジサン、あんたこそヒーローでしょ? こんな化け物みたいな施設を監視して、維持している。並大抵のことじゃないよ」
意外なことを言われて、あっけに取られた。
「……そう言っていただけると、悪い気はしないですね」
「褒めてないよ。事実」
「で、でも竹川さんが、最後まで諦めなかったから、解決できたんですよ」
「……あれは単なるインシデント対応。一過性のものだし。維持する方が何倍も大変だよ。それにあれは師匠の教えでもあるからね」
「師匠?」
「ラオウってあだ名の師匠がいるんだけど、よく言ってたんだ。スキがなければスキを作れ。当たらなければ見せ物。当たっても効果がなければ意味がない、ってね。あそこで諦めてたらぶん殴られてるね、あたし。まあ諦めていたら死んでただろうけどさ」
「それ、なんの師匠ですか? セキュリティの?」
「んー……、その師匠もいるね。二人の師匠だよ」
コーヒーカップに揺れる液体を見つめて、静かに呟く。
「……田中さん。犯人の彼女、どうなっちゃうんでしょうね?」
「んー……、あたし法律家じゃないから。でも、なるようにしかならないでしょ?」
竹川は、途中、再び開いたPCから目を離すことはせず、遠野をチラリとも見なかった。
その姿を見て、思わず口元が緩む。
(ブレないな、この人は。最初に会った時から)
竹川のテーブルの正面の椅子を引いた。
(みくびるなよ? 人生四十年超のコミュニケーション能力を見せてやる! 誰にも披露していない、とっておきの話が!)
今日はもうちょっと、このちんちくりんな女性の話を聞いてみたくなった。彼女の笑顔が見られるまで。
「竹川さん、竹川さんって何歳まで父親とお風呂に入ってました?」
「はあ? なに突然?」
「成人して父親と一緒にお風呂に入る娘ってどう思います」
「きも……」
竹川の、汚物でも見るような蔑んだ目つきが刺さったが、気にならなかった。
「聞いてくださいよ。最近ウチの娘が……」
カフェテリアの静かな喧騒の中を、自分の声だけが不自然なくらいに響いていた。
<つづく>




