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81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
1章 甘い毒

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4/10

1−3 二人の繋がり

「お礼なんていいですよ」


 李憶俊リ・イージュンと名乗ったその男は、軽く手を振って歩き出そうとしていた。


 憶俊イージュンの、その何気ない仕草に胸が高まった。なんで?こんなこと初めて。


 時計を見ると、とっくに終電の時間は過ぎている。慌てて彼を追いかける。


「で、でも、もう終電も終わってるし、どうやって帰るんですか?」


 彼は、なんてことはないという顔で答えた。


「まあ、その辺で時間を潰しますよ」


「あ、あの、私も終電がもう……あの、お礼がてら、始発までどこかで一緒に時間を潰しませんか?」


 その言葉に、何かを考えるように言ってきた。


「女性を一人で残すのも危険ですね。わかりました。では始発まで一緒にいます」


 笑った顔に、ドキッとする。ものすごいイケメンというわけでもない。でもなぜか安心できる笑顔。


 二人で、深夜営業のカラオケボックスに入ることにした。


「ここなら、歌わなくても食事もできるし。寒くないし」


 憶俊イージュンは物珍しそうに、キョロキョロしていた。


「来たの初めて?」


「はい、日本の歌、あまり知らないので。美里みさとさんは、いつもここに?」


 ファーストネームで呼ばれて、胸がドキドキした。


「カラオケなんて滅多に来ませんよ」


 カラオケで歌うことはせずに、飲み物と軽食を注文しずっと話をしていた。


 初対面なのに、会話が途切れることはなかった。なんでだろう。なんてことない話題なのに、もっと憶俊イージュンの話を聞いていたい。


 憶俊イージュンが、中国の大連から来ていること、学生時代に日本への留学経験があり、今は技能実習生を経て日本企業に勤務していることや、偶然にもネットワークケーブルの会社に勤務していることなどを話してくれていた。


「私もケーブル関係の仕事をしているの。多分あなたとはだいぶ違うケーブルだけど」


「一緒ですね」


「偶然ね」


 憶俊イージュンの笑顔に釣られて、自然と笑みが溢れた。その後、彼がネットワークケーブルについて語り出した。


 ネットワークケーブルは、離れたものを繋いで通信するもの。いってみれば人と人の心を繋ぐ道具。僕は繋がりを大事にしている、と。


 昔、父親が言っていたことを思い出していた。

(美里、お父さんの仕事はな。離れた機械と機械が、会話できるようにすることなんだ。美里も友達とお話できなくなったら寂しいだろう?)


 お父さん、もっと話を聞きたかった……。


「また日本に来たって、そんなに日本のことが気に入ったの?」


「はい。日本に電話するとき、最初に81って打ちますよね?これ僕の国では幸運の数字の8と1が入っている」


 憶俊イージュンがテーブルの縁を指でなぞりながら上目遣いで言った。

 その仕草に、つい吹き出してしまった。


「え? そんな理由?」


「はい、世界のどこにいても、81で日本に繋がる」


 そう笑う憶俊イージュンの横顔。この人は、本当に人と人の繋がりを大事にしているんだな。憶俊イージュンの横顔を、じっと見つめる。

 なんて、まっすぐな目をしているんだろう。まるで少年のようだ。

 どうしたんだろ、ずっと見ていたい。


 「いつでも機械や人が繋がることができるように、いいケーブルを作っているんです」


 嬉しそうに話していた。自分の好きなことになると話が止まらなくなるところなんて、お父さんみたい。


 憶俊イージュンが笑った拍子に、口元からさっきの血が滲んでいた。


「あ、まだ血が」


 ナプキンを取って、そっと憶俊イージュンの口元にやった。


 二人の手が重なった。吸い込まれそうな憶俊イージュンの瞳から目が離せなくなる。


 え? そんな。まって、まって! 出会ってまだ数時間なのに。軽い女に見られちゃう。


 心とは裏腹に静かに目を閉じていた。そこへ憶俊イージュンの唇が私に重なった。


 とろけるような甘いキス。


 さっき注文した軽食を届けるノックの音がして、慌てて体を引き離すまで、重ねた唇を離すことができなかった。


「ウーロン茶とフライドポテトと唐揚げですー、ご注文以上でお揃いでしょうか?」


 店員さんにお礼を言って、お盆を受け取った。顔の火照りを誤魔化すようにウーロン茶を一口飲んでフライドポテトを摘み上げた。

 その手に、再び憶俊イージュンの手が重なってくる。憶俊イージュンが、体を引き寄せてきた。やだ、恥ずかしい……、でも……。


美里みさとさん」


 憶俊イージュンが囁くように、名前を呼んだ。

 全てを委ねるように、そっと目を閉じる。今度はもっと濃厚なキスだった。全身の力が抜けちゃうような、甘くとろけるような。


 <つづく>


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