1−2 李憶俊
憶俊との出会いは最悪で最高だった。ドラマチックで、まるで映画みたいな素敵な出会い。そして、とろけるような甘いキス。
それは、もうすぐクリスマスで、どこの会社でも忘年会だ新年会だの騒いでいる時期。
職場では慣習的に、所属する茨城支社ではなく営業部のある本社で忘年会が開かれていた。
飲み会自体は嫌いではないが、会社の飲み会は仕事の一環だと思っている。後輩のグチを聞いたり、上司のセクハラに遭っている後輩の間に割って入ったり。アラサー女なんてこんなものよね。
「田中さんってホント、色気無いですね」
「なにおー!」
いつものように、失礼なことを言う酔っ払い男性陣の頭をひっぱたいて、彼らに混じってお酒を飲んで、男性と同じように騒いでいた。
「私だって女なんだよ! 女盛りのアラサー舐めんな!」
「いや、褒めてるんですよ。田中さんって気兼ねなく喋れるし、遠慮しなくていいし……」
「バカ! 遠慮しろ! 女子だぞ!」
「……女子って年でもないでしょ?」
「……年のことは言うなよ、お前だってハゲかけたジジイだろうが」
男性と同じ職場で男性のように振る舞う。いつものことだ。女子社員もそんな私を慕ってくれる。
ただ……。
ふと寂しさを覚えることがある。私だって他の女子社員のようにキラキラしたい。重いものを男性に持ってもらいたい。そんな思いをチューハイのジョッキと共に流し込む、これもいつものことだ。
忘年会は九時にはお開きになっていた。
「田中さん、二次会行きますよね?」
「もちろん!」
いつも会社で話している男性社員が声を掛けてくる。これが二人でムードのあるレストランとかだったら……って夢に思うこともあるけど、いまはノリと勢いで、安い居酒屋に男性社員数人となだれ込んだ。女性社員は私だけ。
しばらくすると、一人、二人と、居酒屋から去っていった。スマホの通知を見て、慌てて帰る奴。時計を見て、「そろそろ終電が」と言って席を立つ奴。
こんな男性社員でも、家に帰れば可愛い子供と綺麗な奥さんが待っているんだろうな……。
それに引き換え、私は……。
まったく奥さんの尻に敷かれて、情けない!
「田中さん、牛久でしたよね?終電大丈夫ですか?」
「あ、いけない。そろそろ帰るね。いくらだっけ?」
「立て替えときますよ、明日でいいです」
おごりますよ、とは言えないものかね?
終電ギリギリで、早足で駅に向かう。終電間際の上野駅は、金曜日ということもあって混雑していた。
「いてーな」
駅前で固まっている男性グループが避けきれず、その内の一人に、カバンをぶつけてしまった。ケーブルが入っている重いカバンだった。
「ごめんなさい」
反射的に謝ったが、それだけでは済まなかった。
「おいおい、ぶつかっておいて、それだけで済ますつもり?」
かなり酔っているのがわかった。
男は四人のグループで、取り囲むように迫ってきた。何度か謝ったが、それで解放してくれるような相手ではなかった。
どうしよう……。逃げることは難しそうだった。完全に男たちの体で道を塞がれている。
「ごめんなさい」
もう一度謝った。今度は周囲に聞こえるような大きめの声で。だがその声も、終電に急ぐ人並みの雑踏にかき消されていた。手探りで自分のスマホを探していたが、それが手に触れることはなかった。どこにいれたっけ?
緊張で手が震える。落ち着いて、スマホ、スマホ、スマホ……。焦れば焦るほど、手は虚しく空を切り、スマホを探し当てることができなかった。
そんな、いつもカバンに入れているはずなのに……なんで今日に限って……。
そんな時、別の男が割って入って来た。
「やめなさい。謝っているでしょう」
声の方を見ると、いかにも頼りなさそうな男の人が立っていた。
「なんだてめーは」
次の瞬間、男の膝が、割って入った男の腹にめり込んだ。
倒れ込んだ男を四人の男たちがよってたかって足蹴にする。どうすることもできず、ただ立ち尽くして見ているしかできなかった。
遠くの方から「早く警察を!」という声が聞こえた。
それを聞いたのか、男たちは「おい、行こうぜ」と去って行った。残されたのは私と、顔から血を流して道路にうずくまっている一人の男だけ。
やっと我に返り、男のそばに跪いた。髪が乱れて泥がつき、口からは血が滲んでいた。
ひどい怪我だ。どうしよう? 救急車とか呼ぶべき?
逡巡していると、男が顔をあげて話しかけてきた。
「大丈夫ですか?怪我は?」
どう見ても、大丈夫ではないのは、男の方なのに。
「私は、大丈夫ですけど、あなたの方が……」
「僕は大丈夫。あなたに怪我がないので良かった。じゃ気をつけて」
男は立ち上がろうとして、ぐらりとふらついて、再び地面に膝をついた。慌てて手を貸す。
「すみません……」
「いえ、私のために、こんな……」
男は、軽くズボンを叩いて、歩き出そうとしていた。
「待ってください。あの……」
声をかけると、男が足を止めて顔をこちらに向けていた。透き通るような澄んだ瞳を私に向けて……。
それが、私、田中美里と李憶俊との出会いだった。
<つづく>




