4−6 内通
成田空港での銃撃は一瞬の出来事だった。訓練を受けた捜査官の射撃技術は確かなものだった。人質を取られていたため、捜査官の銃口は急所に狙いを付けていた。そこに不自然さはない。
糸の切れた人形のようになった田中美里が連行されていくのを、呆然と見送っていた。気づくと三上が隣に立っていた。
「東さん、大丈夫ですか?」
「かすり傷だ。大したことはない」
左手には血が滴っていた。田中美里に覆い被さった時に、銃弾が掠めたものだ。
「……終わりましたね」
「いや、まだだ。原発が止まっていない」
「それも終わったみたいですよ。中国艦、下がったそうです。ひとまず侵攻はなさそうですね。自衛隊もデフコン3に下げました」
「そうか……」
短く息を吐き出す。危機は去ったのか。しかし心のざわめきは、まだ晴れていなかった。
中国艦が日本の海岸線に侵攻している時に、原発の無事がわかった米軍が大規模な空軍を戦闘配備した。
原発に対するサイバー攻撃、米軍を足止めにしての軍事侵攻。その重要な切り札が動かなかったら、文字通り無駄足になる。ましてや証拠が残っている段階では国際批判も免れない。米国と本格的にやりあうつもりは、元々ないことは予想されていた。
小さく呟く。
「そもそも、ヤツらはどこまで侵攻するつもりだったのか」
「中国も現金なものですね。米軍が配備されたら途端に掌返しですか」
「それは当然だな。米軍とやり合うような真似はしないだろう。あくまで原発への攻撃で足止めができた前提だろう」
「また彼らのプロパガンダに利用されますね」
「向こうからしたら、原発に攻撃できただけでも大成功だろうよ。実際に侵攻しなくても原発に対する武力行使は間違いないからな」
「じゃ、ブラフだったと言うことですか?」
「完全にブラフでもない。原発がメルトダウンしていたら、当然米軍基地は使えない。そこで日本本土へ侵攻すれば、これ以上ないぐらいの宣伝になるだろう。たとえ途中で撤退してもだ」
「そんな、そんなことのために国民を犠牲に?」
「民衆の命なんか、なんとも思っていないよ。自国民の命でもな。要するに米軍が介入するのを遅らせて、できる限り侵攻したというポーズ。やばくなったら、はいサヨナラって感じだろう」
「じゃ、今回は大失敗ってことですね」
「いや、ヤツらは利用するさ、日本に脅威を与えて米軍を介入させたってね」
三上がぽつりと呟いた。
「どっちにしろ日本政府は、しばらくアメリカの言いなりですね」
三上の言葉に、別の考えが浮かんだ。
「もしかしたら、今回の騒動は、為替介入を目論んだアメリカと中国の共謀だったのかもな? もしそうだとしたら、まんまとやられたな」
これで本当に終わったのか。
だが、一つ引っかかることがあった。最初の一発目は誰が撃ったのか。狙いをつけていたとは言え、ヘッドショットをするだろうか? 田中美里の体が離れた状況であれば、肩とか腕を狙うこともできたはずだ。少なくとも自分であればそうした。
もう一度、その場面を思い浮かべる。あの時、李憶俊がバランスを崩したようによろけていた。そして、大きく頭をのけぞらせていた。
ヘッドショットが致命傷だとすると、その前の動きはなんだ? そして、自分の左腕を掠めた銃弾は……? 李憶俊が撃ったとしても、誰を狙って? 田中美里を狙ったのであれば、もっと早いタイミングで撃てたはずだ。まるで誰かが田中美里の壁になるのを待っていたような間があった。そして、あんな近距離で訓練された工作員が、狙いを外すだろうか……。
そして、いつの間にか消えていた、向こうの掃除屋……。
まさかと思うが……捜査官の中に内通者がいたのではないか? あの場に誰が居た? 自分と三上、成田分室の人間と空港警察の人間。全員武装していた。
しかし……。
思考がぐるぐると交錯する。仮にそうであったとしても、そう簡単に尻尾を出すとも思えない。調査をするにしても限界があるだろう。空港から新宿分室に戻り、その報告を所沢にしたが、反応はそっけないものだった。
「そうか……」
「……そうかって……部長! それだけですか? 内通者がいる可能性があるんですよ? あの二人は逃走中に掃除屋に襲われていた形跡があります。それも内通者から情報が漏れた可能性がある。あんなタイミングで掃除屋が現れるなんて……」
「それで?」
…………絶句した。
「それでって……」
「東、オレたちの目的はなんだ? 日本の国益を守るためだろう! そのためには、なんでも利用する。たとえ敵であってもな」
「そんな……部長! 内通者の存在を黙認するんですか!」
所沢は手の中のボールペンを弄びながら静かに言った。
「ブル、言葉を慎め……お前の気持ちは分かる……だがな、仮に内通者がいたとしても、オレたちに何ができる? それは内監(内部監査)か公安の仕事だ。アイツらが手を出してない以上、オレたちが手を出したところでたかが知れている」
昔のあだ名で呼ばれて、面食らっていた。
「いや、だからといって……エスカレーションはできますよ! 上申しましょう」
「お前が思っているぐらいのことは、連中はとっくにご承知のことだよ。上申書も書類箱の肥やしになるだけだ」
「そんな……内監も公安も向こう側ってことですか?」
「勘違いするなよ。連中だって動く時は動く。ただ小鼠一匹ぐらいじゃ動かないってだけだ」
「人が一人死んでいるんですよ!」
「ああ、工作員が一人だけだ。内通者が居ることは問題じゃない。それに気づいていなければ問題だがな。居ることが分かっているのであれば、利用しない手はないだろう? 情報を流してこちらに有利に誘導できる」
両手が、かすかに震える。
「部長……、そこまでやるんですか……そこまで冷徹に……国家情報局は……」
「ブル……、変わらんな……あの時から」
所沢は大きく息を吐いた。
「……よく動く口だ……口は災いの元ってのを知らんのか?」
昔、所沢から同じ言葉を言われたことを思い出した。
「部長……、俺は……俺はまたやってしまいました。救えなかった……」
「思い上がるな!……誰がやっても救えなかったさ。お前でも、俺でも、国家でもな……国家にできないものが個人でできるわけがない」
「じゃあ……この結末は決まっていたってことですか!? 最初っから……どうやっても……」
「そうだ。もっと言えば、アイツが日本に来たときからな。運命だよ」
「運命……こんなのが運命ですか……こんな結末が……田中美里の運命も決まっていたってことですか……」
「気の毒だとは思うが……同情で解決できるものじゃない。同情で救えるなら、オレたちは仏様にでもなったほうがいいな。どうだ?」
なすすべ無く机の前で立ち尽くす。空気が凍ったような静けさを持っていた。
「東、他人事だと思うなよ? この仕事に就いている以上……いや、一旦この仕事に手を染めたからには逃げられないぞ……いつアイツのように消されても不思議じゃないからな」
遠くから、電話の着信音が聞こえてきていたが、それに手を伸ばすものは誰も居なかった。
<つづく>




