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81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
4章 逃避

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4−7 暴露

 成田空港での事件後、李憶俊リ・イージュンの共犯者とされた田中美里たなかみさとは国家情報局にその場で逮捕、拘束された。無抵抗というか糸の切れた人形のようであった。


 田中美里たなかみさとは近くの警察署に連行され、留置場に入れられた。翌日には国家情報局に移送され、取り調べの予定だった。


 その夜、事件が起こった。


 田中美里たなかみさとは自殺を図ったのだ。自分の着ていた服を鉄格子に結びつけて、首を絞めた。留置場の壁に、服を引っ掛けるような場所は無いが、腰の高さぐらいの場所に換気用の鉄格子があった。そこに服を結んで自分の首に掛けて、体を回転させていた。

 自分の体重がかかるわけではない。体を一回転させる度に服が捩れて首が絞まっていく。一気に首が絞まるわけではなく、徐々に絞め付けられていくのだ。


 想像を絶する地獄のような苦しみだっただろう。


 ギリギリのところを、異常に気づいた警察官によって病院に運ばれたが、あと数分で手遅れになるところだった。


 田中美里たなかみさとは数日の入院を余儀なくされた。肉体面よりも精神面を考慮した上での判断だった。


 そして成田空港での事件から一週間が経過していた。一命を取り留め、退院した田中美里たなかみさとの取り調べが再開していた。


 取り調べでも、田中美里たなかみさとは拘束着を付けたまま、淡々と今までの李憶俊リ・イージュンとの日々を語っていた。時に嬉しそうに、時に寂しそうに、そして……。

 原子力発電所への仕掛けもあっさりと自供した。当事者でなければ知り得ない「秘密の暴露」だった。田中美里たなかみさとが、当事者であることは疑いようがない。

 

 取調室から出たあずまは、眉間にシワを寄せ、苦しそうにも見える表情で廊下を歩いていた。LEDの天井灯が無機質な廊下を照らしている様は、まるで無限回廊のようだった。保安部で、一人残っている部長の所沢ところざわのデスクに行き、無言で報告書に署名した。


「終わったか?」

 所沢ところざわは、それには目もくれず手元の書類を注視したまま問いかけた。


「はい、今日のところは。ただ、肝心のところは半落ちです」


 想定外だったのは、彼女の「動機」の部分だった。


李憶俊リ・イージュンに利用されたと?」


「……いえ」


 田中美里たなかみさとは一貫して、自分が李憶俊リ・イージュンと一緒に画策したと主張した。自分も主犯だと。


 何度も「ヤツに利用されたのでは?」「騙されていたのでは?」「仕掛けについて知らなかったのでは?」と逃げ道を用意したが、それも明確に否定した。


「……彼女はその意味がわかっているのか? 刑法八十一条の外患誘致罪は死刑しかない重罪だぞ?」


 所沢ところざわが鋭く睨みつけてくる。まるであずまが、そう誘導したのではないかと言わんばかりに。


「はい、それも伝えたのですが」


 適用されれば、日本では初めての適用になる。


 田中美里たなかみさとはそれでも、自分と李憶俊リ・イージュンの共犯だと主張した。まるで何かの呪いにでもかかっているように頑なだった。


 あの時。


 李憶俊リ・イージュン田中美里たなかみさとに銃を向けた。見た目には証拠隠滅と逃走のための撹乱だと映っただろう。だが、あれがブラフだということは分かっていた。あれが田中美里たなかみさとをかばうためのものであること。ヤツの組織からも、国家情報局からも。


 制止の声をあげることもできなかった。咄嗟に美里に覆い被さった直後、他の職員が発砲していた。自ら盾となって床に倒れている田中美里たなかみさとを、無茶な行動をしないように拘束するのが精一杯だった。


 脳裏に焼き付いたその光景、あれ以来何度も繰り返された光景を振り払うように口を開いた。

「……田中美里たなかみさとは、まだ生きています」


 所沢ところざわが深いため息をついて、手元のクリアファイルから一枚の紙を抜き出し、あずまの方に滑らせた。


「これは?」


田中美里たなかみさとの医療報告書だ」


 見てみろと言わんばかりに所沢ところざわが顎をしゃくる。その医療報告書を手に取り、文字を追った。身長、体重、血圧、そして医師の所見欄……それを見た瞬間、全身の血が逆流するのがわかった。


「……部長! これは!?」


 切羽詰まった声をあげると、所沢ところざわが視線で遮ってきた。氷のように冷徹な光を宿し、あずまを見据えている。


あずま……、惑わされるな……、田中美里たなかみさとは外患誘致罪の容疑者だ……、そして俺たちは国家情報局だ……、日本が侵略の危機にあった……、それを忘れるな!」


 手の中のボールペンごと、硬く拳を握りしめた。


あずま……、いつも同じだ。同じ結末なんだよ」


 手に持った医療報告書を、所沢ところざわのデスクに叩きつけた。決して所沢ところざわへの憤りではない。自分自身への、そして自分ではどうにもならない事象への、やり場のない気持ちだった。


「……わかっています」


 やっとの思いで言葉を絞り出す。手の中からプラスチックが割れるミシミシという音が響いていた。折れたペンの破片が食い込み、指の間から真っ赤な血が滴っていた。それでも手の力を緩めることはなかった。


 所沢ところざわは黙って背を向けていた。あずまの低い息遣いだけが部屋の中に響いていた。


 <つづく>


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