表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
4章 逃避

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/44

4−1 共闘

あずまさん、久しぶりです」


 成田空港に着くと、三上みかみと駐車場で合流した。三上みかみは、あずまの2年次下の成田分室の捜査員で、入出国を監視している。


三上みかみ、すまない。遅くなった」


「おたくの部長から聞いていますよ。各所でトラブルが起こってますからね。しかし、相変わらずブルですね」


 思わず苦笑する。『ブル』とはブルドーザーのことで、あずまの猪突猛進ぶりから付いたあだ名だった。どちらかと言うと、厄介者という意味合いが強いあだ名として。


「部長が嘆いてましたよ? 前だって、一人で拠点に突っ込んで、工作員数人を病院送りにしてましたよね? 訓練された工作員を一人でって……あ、それが『ブル』の由来でしたっけ?」


「よせよ、昔の話だ。そのせいで俺は左遷されかけたんだからな。今の部長が拾ってくれなければ、依願退職していたかもな」


 駐車場から出ると、一見してはわからないが、自分と同じ匂いを持った人間があちこちにいることがわかる。


「すでに捜査員を要所要所に配置しています。逃げるどころか、ガム一個の万引きだって見逃しませんよ」


 ロビー入口でスマホをいじっているカジュアルシャツの男性。

 ベンチに座って雑誌を広げている男性。

 スーツケースを片手に歩いている女性。

 みなそれぞれ、イヤホンを装着し目立たないサングラスをかけている。


「何人体制だ?」


「六人です。空港警察を除いて」


「空港警察にはなんと?」


「テロリストの仲間が成田に来るかもしれない。合図があるまで手を出すな。ただし目を離すなと言っています」


「よし、対象には追跡班が張り付いている。数十分で成田に着くだろう。まずは監視だ。気をつけろ。中国も対象の身柄を狙っている可能性が高い。三上みかみ、気づいていると思うが」


「ええ、分かっています。連中も何人か居ますね。そっちにはウチの警備班が張り付いています。大丈夫ですよ。指一本動かせません」


「気をつけろ。ヤツらは軍の掃除屋スイーパーだぞ? 空港内でドンパチやることも気にしない連中だぞ」


「こっちもフル装備させていますよ、あとコレ……」


 三上みかみが手に持っていた端末を目の前にかざしてきた。そこには、どこかの監視カメラの映像が表示されており、駅の改札を通る人がバッチリ映っている。


「これで見張ってますからね。二人の顔をAIに覚えさせて、キャッチしたらすぐ通知が来ます。見逃しません」


「よし、見つけたら周囲に注意してくれ。暗殺される可能性もある」


「すぐ、確保しますか?」


「……いや、ちょっと待て。様子見だ。今は危険過ぎる。周りに一般人が多い。無理に確保に出て、暴走されたら危険だ。武器を持っている可能性がある。そして掃除屋スイーパーも狙っている。そんな状況でオレたちが動けば……」


 顎で三上みかみの端末を指した。そこには、家族連れ、団体ツアーの集団、カップルなどが映っていた。皆、これからの旅行の期待に満ちた顔をしている。


「一般人にも被害が出る可能性があるってことですね……女を人質にする可能性もある……しかもドンパチとなれば大惨事になりかねない……わかりました」


「……二人の周囲を職員で固められないか? 不測の事態に備えたいが」


「……できますが……状況次第ですね。動きが止まるところでないと……」


「……動きが止まる……出国ゲート前はどうだ? 行列ができる! 周囲を職員で固めても不自然さは無い!」


「……そこしか無いでしょうね。しかしそれまで様子見ですか? チャンスがあればいつでも行けますよ?」


「……まず見つけることが先決だ……それまでに……」


 ショッピングモールで美里みさとに対峙したときのことを思い出していた。あの時に見せた国家情報局の身分証……自分の存在を思い出してくれれば……。


 美里みさと憶俊イージュンの幸せそうな笑顔と、留学生AとBの悲劇が重なって、脳裏に蘇る。


 あの、はじけるような笑顔、公園でのダンス、楽しそうにワインを選んでいる姿が……。


 ◇◇◇◇◇


 乾いた音を立てて、電車の扉が閉まった。

 

 二人で我孫子駅から成田線に乗り込んでいた。早朝で逆方向とは言え、お盆シーズンということもあり、電車の中の座席は全て埋まっており、吊り革にも多くの人が掴まっていた。電車の中にはスーツケースを持った人がちらほらと見える。きっとあの人たちも成田空港に行くのだろう。


 憶俊イージュンと、ドア付近に陣取り、寄り添うように立っていた。憶俊イージュンが耳元で囁くように言ってきた。


「……美里みさとさん、もっと僕にくっついて下さい」


「え? こんな電車の中で? 目立っちゃわない?」


「……大丈夫です。みんな自分のスマホを見ていて、他人を見ていない。それにカップルがくっついていたら、みんな遠慮して見てこないです」


「……そっか、そうかもね」


「あまり人から見られない方がいいです。日本人は、イチャイチャしているカップルに嫌悪感を抱くことはあっても、ジロジロ見てきたりしません」


 顔を憶俊イージュンの胸に押し当てて、体を預けた。すると憶俊イージュンの手が腰に回ってきた。


憶俊イージュン! ちょっと!」


「……大丈夫です。これぐらいやれば、誰も僕たちの顔を見てきませんよ。美里みさとさんのお尻を見ることはあっても」


 ……こんな人前で……恥ずかしい!


 恥ずかしさから、顔を憶俊イージュンの胸に強く押し当てた。


「……美里みさとさん、ごめん。こんなことになって……」


 憶俊イージュンの心臓の鼓動が、顔に伝わってくる。その振動が心地良い。こんな大変な時なのに。


「……ううん、これは私が決めたことなの。あなたと一緒に居たいって……」


 電車がガタンと大きく揺れた。憶俊イージュンの手が私の体を力強く引き寄せる。


「……ねぇ、何か話をして。憶俊イージュンのこと」


「……え?」


「……だって、ずっと黙って二人で立ってたら、不自然でしょ? そうだ、前に飼っていた犬のことを聞かせて? なんて名前だったの?」


 憶俊イージュンの表情は見えなかった。ただ、胸が一瞬震えたような感じがした。


「……名前は、毛毛マオマオです」


毛毛マオマオ、可愛い名前ね」


「はい、とても可愛くて。僕の唯一の家族でした」


「唯一だったの?」


「僕の両親は、僕を置いていなくなってしまいました。だから僕は親戚の家で育てられたのです」


「……そう」


「……決して楽な暮らしではなかったですが、毛毛マオマオだけが唯一の味方でした」


 憶俊イージュンの声が微かに震えているようだった。


毛毛マオマオは、その……病気で?」


「殺されたのです」


 息が止まるような空気が流れた。電車のアナウンスが遠く聞こえるようだった。


「殺された……の?」


「親戚の家族に、犬には猛毒のニンニクを食べさせられて……」


「そんな……かわいそう」


「僕にとっては、寝る時も食べる時も一緒の家族……でした……」


 言葉の語尾が震えで辿々しく聞こえていく。憶俊イージュンの心のざわめきが聞こえるようだった。


美里みさとさん、多分僕の心はその時に壊れちゃったのです。悲しいというよりも何も考えられず、自分でもわからない感情が生まれてきました。悲しみでもない、憎悪でもない、ただ暴力的な衝動で……もしかしたら泣きながら笑っていたのかもしれません」


「泣きながら、笑うの?」


「何かの本で読んだことがあります。人間は感情が限界を超えると、脳の出す指令が無茶苦茶になり、悲しいのに笑う、悲しくないのに涙が出るとか、異常な行動になるそうです」


 そんな……憶俊イージュンにとっては、そこまで……。


「だから、その家を飛び出して日本にきました。逃げ出したかったのです」


 憶俊イージュンの手に力が入る。自然と私の手も彼の背中を抱きしめていた。


憶俊イージュン……もう大丈夫だから。私がいるから。あなたには私がいるの。だから、安心して。楽しかったら笑って? 私も一緒に笑う。悲しかったら泣いて! だから、私も一緒に泣かせて?」


美里みさとさん……」


憶俊イージュン……、ずっと一緒だよ。楽しい時も、悲しいときも。あなたの気持ちも全部……」


 電車がどこかの駅に着いてドアが開く。ターミナル駅なのか大きな人の流れがあった。でも二人の空間だけは、まるで別世界にいるように静寂に包まれているようだった。


 <つづく>



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ