4−1 共闘
「東さん、久しぶりです」
成田空港に着くと、三上と駐車場で合流した。三上は、東の2年次下の成田分室の捜査員で、入出国を監視している。
「三上、すまない。遅くなった」
「おたくの部長から聞いていますよ。各所でトラブルが起こってますからね。しかし、相変わらずブルですね」
思わず苦笑する。『ブル』とはブルドーザーのことで、東の猪突猛進ぶりから付いたあだ名だった。どちらかと言うと、厄介者という意味合いが強いあだ名として。
「部長が嘆いてましたよ? 前だって、一人で拠点に突っ込んで、工作員数人を病院送りにしてましたよね? 訓練された工作員を一人でって……あ、それが『ブル』の由来でしたっけ?」
「よせよ、昔の話だ。そのせいで俺は左遷されかけたんだからな。今の部長が拾ってくれなければ、依願退職していたかもな」
駐車場から出ると、一見してはわからないが、自分と同じ匂いを持った人間があちこちにいることがわかる。
「すでに捜査員を要所要所に配置しています。逃げるどころか、ガム一個の万引きだって見逃しませんよ」
ロビー入口でスマホをいじっているカジュアルシャツの男性。
ベンチに座って雑誌を広げている男性。
スーツケースを片手に歩いている女性。
みなそれぞれ、イヤホンを装着し目立たないサングラスをかけている。
「何人体制だ?」
「六人です。空港警察を除いて」
「空港警察にはなんと?」
「テロリストの仲間が成田に来るかもしれない。合図があるまで手を出すな。ただし目を離すなと言っています」
「よし、対象には追跡班が張り付いている。数十分で成田に着くだろう。まずは監視だ。気をつけろ。中国も対象の身柄を狙っている可能性が高い。三上、気づいていると思うが」
「ええ、分かっています。連中も何人か居ますね。そっちにはウチの警備班が張り付いています。大丈夫ですよ。指一本動かせません」
「気をつけろ。ヤツらは軍の掃除屋だぞ? 空港内でドンパチやることも気にしない連中だぞ」
「こっちもフル装備させていますよ、あとコレ……」
三上が手に持っていた端末を目の前にかざしてきた。そこには、どこかの監視カメラの映像が表示されており、駅の改札を通る人がバッチリ映っている。
「これで見張ってますからね。二人の顔をAIに覚えさせて、キャッチしたらすぐ通知が来ます。見逃しません」
「よし、見つけたら周囲に注意してくれ。暗殺される可能性もある」
「すぐ、確保しますか?」
「……いや、ちょっと待て。様子見だ。今は危険過ぎる。周りに一般人が多い。無理に確保に出て、暴走されたら危険だ。武器を持っている可能性がある。そして掃除屋も狙っている。そんな状況でオレたちが動けば……」
顎で三上の端末を指した。そこには、家族連れ、団体ツアーの集団、カップルなどが映っていた。皆、これからの旅行の期待に満ちた顔をしている。
「一般人にも被害が出る可能性があるってことですね……女を人質にする可能性もある……しかもドンパチとなれば大惨事になりかねない……わかりました」
「……二人の周囲を職員で固められないか? 不測の事態に備えたいが」
「……できますが……状況次第ですね。動きが止まるところでないと……」
「……動きが止まる……出国ゲート前はどうだ? 行列ができる! 周囲を職員で固めても不自然さは無い!」
「……そこしか無いでしょうね。しかしそれまで様子見ですか? チャンスがあればいつでも行けますよ?」
「……まず見つけることが先決だ……それまでに……」
ショッピングモールで美里に対峙したときのことを思い出していた。あの時に見せた国家情報局の身分証……自分の存在を思い出してくれれば……。
美里と憶俊の幸せそうな笑顔と、留学生AとBの悲劇が重なって、脳裏に蘇る。
あの、はじけるような笑顔、公園でのダンス、楽しそうにワインを選んでいる姿が……。
◇◇◇◇◇
乾いた音を立てて、電車の扉が閉まった。
二人で我孫子駅から成田線に乗り込んでいた。早朝で逆方向とは言え、お盆シーズンということもあり、電車の中の座席は全て埋まっており、吊り革にも多くの人が掴まっていた。電車の中にはスーツケースを持った人がちらほらと見える。きっとあの人たちも成田空港に行くのだろう。
憶俊と、ドア付近に陣取り、寄り添うように立っていた。憶俊が耳元で囁くように言ってきた。
「……美里さん、もっと僕にくっついて下さい」
「え? こんな電車の中で? 目立っちゃわない?」
「……大丈夫です。みんな自分のスマホを見ていて、他人を見ていない。それにカップルがくっついていたら、みんな遠慮して見てこないです」
「……そっか、そうかもね」
「あまり人から見られない方がいいです。日本人は、イチャイチャしているカップルに嫌悪感を抱くことはあっても、ジロジロ見てきたりしません」
顔を憶俊の胸に押し当てて、体を預けた。すると憶俊の手が腰に回ってきた。
「憶俊! ちょっと!」
「……大丈夫です。これぐらいやれば、誰も僕たちの顔を見てきませんよ。美里さんのお尻を見ることはあっても」
……こんな人前で……恥ずかしい!
恥ずかしさから、顔を憶俊の胸に強く押し当てた。
「……美里さん、ごめん。こんなことになって……」
憶俊の心臓の鼓動が、顔に伝わってくる。その振動が心地良い。こんな大変な時なのに。
「……ううん、これは私が決めたことなの。あなたと一緒に居たいって……」
電車がガタンと大きく揺れた。憶俊の手が私の体を力強く引き寄せる。
「……ねぇ、何か話をして。憶俊のこと」
「……え?」
「……だって、ずっと黙って二人で立ってたら、不自然でしょ? そうだ、前に飼っていた犬のことを聞かせて? なんて名前だったの?」
憶俊の表情は見えなかった。ただ、胸が一瞬震えたような感じがした。
「……名前は、毛毛です」
「毛毛、可愛い名前ね」
「はい、とても可愛くて。僕の唯一の家族でした」
「唯一だったの?」
「僕の両親は、僕を置いていなくなってしまいました。だから僕は親戚の家で育てられたのです」
「……そう」
「……決して楽な暮らしではなかったですが、毛毛だけが唯一の味方でした」
憶俊の声が微かに震えているようだった。
「毛毛は、その……病気で?」
「殺されたのです」
息が止まるような空気が流れた。電車のアナウンスが遠く聞こえるようだった。
「殺された……の?」
「親戚の家族に、犬には猛毒のニンニクを食べさせられて……」
「そんな……かわいそう」
「僕にとっては、寝る時も食べる時も一緒の家族……でした……」
言葉の語尾が震えで辿々しく聞こえていく。憶俊の心のざわめきが聞こえるようだった。
「美里さん、多分僕の心はその時に壊れちゃったのです。悲しいというよりも何も考えられず、自分でもわからない感情が生まれてきました。悲しみでもない、憎悪でもない、ただ暴力的な衝動で……もしかしたら泣きながら笑っていたのかもしれません」
「泣きながら、笑うの?」
「何かの本で読んだことがあります。人間は感情が限界を超えると、脳の出す指令が無茶苦茶になり、悲しいのに笑う、悲しくないのに涙が出るとか、異常な行動になるそうです」
そんな……憶俊にとっては、そこまで……。
「だから、その家を飛び出して日本にきました。逃げ出したかったのです」
憶俊の手に力が入る。自然と私の手も彼の背中を抱きしめていた。
「憶俊……もう大丈夫だから。私がいるから。あなたには私がいるの。だから、安心して。楽しかったら笑って? 私も一緒に笑う。悲しかったら泣いて! だから、私も一緒に泣かせて?」
「美里さん……」
「憶俊……、ずっと一緒だよ。楽しい時も、悲しいときも。あなたの気持ちも全部……」
電車がどこかの駅に着いてドアが開く。ターミナル駅なのか大きな人の流れがあった。でも二人の空間だけは、まるで別世界にいるように静寂に包まれているようだった。
<つづく>




