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81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
4章 逃避

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4−2 リミット

 「竹川たけかわさん、ちょっと! どこに行くんですか!?」


 コンソール前にはPCが無造作に置かれており、竹川たけかわの姿が消えていた。後ろを振り返ると、今まさに竹川たけかわが制御センターから出ていこうとしているところだった。


「んー、暇だからちょっと散歩。ここってカフェテリアとかあったよね? カップラーメンとかないかな?」


 一瞬、遠野とおのの脳裏に、昨日食べたサバの干物定食がよぎった。

(いかん、俺もだいぶ毒されているな、このちんちくりんに)


「暇って……いまの状況分かっているんですか?」

 声が裏返りそうになる。怒りを通り越して呆れた声を上げるしか無かった。


「んー、ここで今あたしができることはないの。向こうで連中が頑張っているから、それが終わるまで待ってるだけってこと」

 竹川たけかわが、大きな背伸びをしながら、いかにも眠そうに欠伸をしていた。


「向こう? いや、だからって……他になにかできることとか……」

 そう言いながら、次の言葉が出てこなかった。そもそもこの女が何をやっているのか理解できていなかった。


「だから、何もないの。慌ててるオジサン眺めてても面白くないでしょ? だいたい深夜に呼び出されて、なにも食べてないからさ。なんか朝ごはんぐらいあるよね? なんか、おすすめとかある?」


 竹川たけかわの『今日のランチ何にする?』ぐらいのトーンに、一瞬、自分の置かれている状況がわからなくなった。


「おすすめって……私たちだって、不眠不休ですよ! まだ終わってもいないのに……」


 竹川たけかわが、さも当然というような顔でこちらを見た。


「まだ終わっていないから、休憩するんでしょ? 人間そんなに緊張感持たないし、栄養も必要でしょ? だいたい、いつ終わるかもわからないのにさ。そんなに気張ってたら、いざって時に役立たずじゃん」


 言われて周りを見渡した。確かに皆、疲弊している。だが、ここで休憩を言ったとしても、この非常時にまともに休憩が取れる人間なんて居ないだろう。それが普通の感覚だ。


 人知を超えたものを見るように、竹川たけかわを見つめた。


「オジサンたちも、ちょっとは休んだら? オジサンらしく新聞読むとかさ。どうせ何やっても無駄でしょ?」


 手をひらひらさせながら制御センターを出て行ってしまった。それを呆然と見送ることしかできなかった。

 無機質な音と共に、制御センターの扉が閉まり、後には制御センター内の喧騒だけが残っていた。制御センターの時計は、午前九時過ぎを指していた。


 ◇◇◇◇◇


 携帯が震えていた。小倉おぐらからだった。


あずまさん、すいません。見失いました」


「なんだと? 熟練した捜査官が見失っただと?」


 国家情報局の職員は、訓練を受けた諜報戦のプロだ。しかも一人で追跡しているわけではない。それなのに見失うとは。


「すいません、成田空港駅で電車から降りた所までは追跡できていたのですが……」


 ……相手は工作員だ。向こうが一枚上手だったってことか。


「成田空港駅までは来ているんだな?」


「それは確実です。先回りして出口を張っていたらしいのですが……」


 隣では、三上みかみが端末を注視している。


三上みかみ、追跡班が見失ったらしい。成田空港駅で降りたのは確実なんだが……」


「……こっちの監視カメラには反応無いですね。改札を出ていないんじゃないですか?」


 改札を出ていない……そんな事があり得るだろうか……閑散としたホームに残っていればリスクが高くなるだけだ……。


小倉おぐら、こっちでは成田の三上みかみが改札を監視している。三上みかみのチームは絶対だ。追跡班には駅構内を捜索させてくれ。ただ、目立たないように。向こうの掃除屋スイーパーがいるかもしれん」


 三上みかみがサムズアップをするのとは対照的に、電話の向こうで息を呑むのがわかるようだった。自分の腕時計に目をやる。時計の針は午前九時半になろうとしている。


(我孫子駅が最後の確認ポイント……どんなに早くても……)


「……三上みかみ、改札を通過した男女二人組を全て画像に出せるか? 時間は……七時以降に通過した全員だ」


「ええ? 出せますけど……膨大な数ですよ? 今日は特に人が多いし」


「変装している可能性がある。男女二人組に絞って画像を出してくれ。古い順で」


「わかりました……」


 画面上に次々に表示される男女二人組の画像を、目を凝らして見つめていた。その視線には、どんな些細な違和感でも見逃さないという強い意志を帯びていた。


 目まぐるしく変わる画像の中に、ささくれのような感覚がよぎった。


「……ちょっと待て。戻してくれ」


 三上みかみが端末を操作し、今度はゆっくりと画像が変化していく。そこには夏だと言うのにパーカーのフードを被った男女が映っていた。顔は似ても似つかないが……。


 なにかが引っかかった。なんだ? この違和感は……?


「さっきの男女……ちょっとアップにしてみてくれ」


 二人の姿が画面いっぱいに広がるが、やはり別人だ。しかし……。


「……女の手元をアップにしてくれ」


 女は財布を手に持っている。どこかで見たような財布。そして、キーホルダーが付いている。


「……これは……かっぱ祭りのキャラクター!」


「はあ? なんです? かっぱ?」

 三上みかみが素っ頓狂な声を上げる。


「牛久のかっぱ祭りだよ、あの二人の思い出の場所! キーホルダーが女の財布に付いている! この二人だ!」


「まじですか? そんなことで?」


「確証はないが、この二人を追ってくれ。改札の通過した時間は?」


「えっと、一時間半前ってところですね」


「……一時間半」


 フライトインフォメーションを見る。一時間半前と言うことは………。


「……ヤツら、十時台のフライトか?」


「十時ですか……一番多い時間ですね」


「そんなに長い間、空港内をウロウロするとは思えないな。出発ゲートにギリギリに来るはずだ。そこで捕まえる!」


 ◇◇◇◇◇


 国家情報局新宿分室は、小倉がただ一人でモニターに表示される光点を追っていた。一つのモニターには日本海側の地図と複数の赤い光点が映し出され、もう一つのモニターには成田空港の構内図が、そしてサブモニターには数々の監視カメラ映像が目まぐるしく切り替わっていた。


 入口のドアが音もなく開き、一人の男が入ってきた。その男の顔を見て小倉おぐらは目を見張った。


「部長! どうしたんですか?」


あずまはどんな感じだ?」


「え? あ、はい、成田に到着して対象者二人を追っています」


「なんだ、まだ確保していないのか?」


「はい、それが二人とも変装していたみたいで……」


「変装か……さすがスパイだな……まるで映画だ」


 声のない笑いが漏れていた。


「いま、三上みかみさんを含め成田分室の職員が総出で探しています」


「そいつらのリストは? 成田分室の……」


「はい、えーと……これです」


 画面に表示された六人の名前と顔写真を所沢ところざわに見せた。眉間に皺が寄り、憎々しげにその一つを睨みつけていた。


「……」


「あの……部長、なにか?」


「……いや、……日本海側はどうなっている?」


「……停滞ですね。たぶんこちらの隙をねらっているのでしょう。合図があればいつでもって感じです」


あずま次第か……」


「え? なんです?」


「いや、なんでもない。成田の連中も含め、全員フル装備だろうな? 対象者もそうだが、向こうさんも出てきている可能性があるぞ」


「はい……えーと..…」


「どうした?」


「その……成田の連中はボディアーマーを着用しているんですが……あずまさんは生身なんです」


「なんだと!?」


「はい……その……『相手が生身なのに自分だけボディアーマーを着けるのはフェアじゃない』とか言って……」


 所沢ところざわの呆れたような呟きが、重く室内に響いた。


「何考えてんだ、アイツは……高校野球でもやっているつもりか!?」


「いや……私も言ったんですけどね……」


 諦めとも取れるような長い息を、ふーっと吐きだしていた。


「まあ、いい……」


 そう言うと、自分のスマートフォンを小倉おぐらに見せた。


「これは?」


あずまの休暇届だ、さっき承認した」


「……休暇?」


「休暇中の部下に命令は出せん。死んだところで俺の知ったことじゃない」


「すいません……休暇中ってことは職務中じゃないってことですよね?」


「……当たり前だ」


「その……もし何かあっても『殉職』扱いにならない?」


「……あずまも、いまさら二階級特進なんていらんだろ? 遺族年金ぐらいなら出るんじゃないか? 腐っても国家公務員だ」


 さも当然のことのように言う所沢ところざわの言葉を、薄ら寒く感じながら聞いていた小倉おぐらは、まるで亡霊でも見るように、目の前の男を見上げた。


「……我々は国家情報局の職員ってことですね……非情に徹する……」


「いまさらか? 当たり前だ。俺に今できることは、あずまの補充を探すことぐらいだな」


 スマートフォン上のデジタル時計表示が、九時三十九分から九時四十分にカウントアップされていた。


 <つづく>


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