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81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
3章 臨界点

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3−6 子供

 子供ができたのは、三十歳になったときだった。ずっと待ち望んでいた娘だった。


 率先して、子どもの世話をした。入浴、食事、夜の寝かしつけ。それでも全然足りないくらい妻と娘が愛おしかった。

 絵に書いたようなパパっ子に育っていた。それが嬉しくて娘にはずいぶん甘い父親になってしまっていた。それで何度か妻に叱られたが、それでも遠野とおのの溺愛ぶりは止まらなかった。


 小学校高学年ぐらいから、だんだんと一緒に行動することが少なくなり、反抗期が始まっていた。落胆したが、妻の「正しい成長の過程だから、大きくなったらまた戻ってくるよ」と慰められた。


 妻によると、娘の反抗期は「ぜんぜんゆるい」部類に入るそうだが、それでも寂しさを感じていた。


 前までは一緒にお風呂に入っていたのが、小学校三年のとき「今日から一人で入る」と宣言された。妻に言わせると「遅いぐらい」らしいが、その時ひどく落胆した。


「逆に中学になっても父親とお風呂に入る子って、気持ち悪くない? 学校で変な目でみられるから」


 そんなことを妻には言われたが、そうは思わなかった。むしろ成人して入っても不思議ではないと思っている。たしか芸能人でそういう人が居たような記憶がある。なんてったって親子なのだから。


「カレシとか連れてきたら、大変そうだね」


 妻には、そう釘を刺されたが、それとこれはまた別の話だと思っている。もちろん冷静に対処できるはずだ。娘が気に入った男であれば文句を言うつもりもない。最低限年収は五百万以上で……安定した職業に就いていて……週休二日で……娘をちゃんと愛してくれて……ギャンブルにハマっていなくて…………浮気をしないような……DVなんてもってのほか……。もし悲しませるような事があれば……原子炉に放り込んでやる……。


 娘の友だちともたくさん遊んだし、いろいろなところに連れて行った。友達の親からはだいぶお礼を言われたが、遠野自身が娘との時間を共有したかったので、苦にならないどころか楽しみの一つだった。


 スマホの中に保存してある写真が、たまにスライドショーで再生される。毎日日替わりで思い出のシーンが音楽付きで再生される。満面の笑顔の娘、泣き顔、寝顔、全てが遠野とおのの宝物だった。それを見ては、一人涙ぐんでいる。


 そんな娘の平和を壊すわけには行かない。自分の命に代えても。娘だけではダメだ。妻と、娘の友だちと、周りにいる人達全員の平和のために。


 そうだ、娘だけでは意味がない。周りの人間を、世界をすべて平和に保つ。それは自分の愛する人のためというエゴかもしれない。だがエゴでもかまわない。平和を願って何が悪い!? 今日の水、今夜の食事、そんな日常を願うことがエゴなのか!?

 東日本大震災の時に経験した不安に満ちた日常、絶望。そんなことを繰り返してはいけない。

 そのためには、昨日あったものが今日もあるように。今日あったものが明日以降もあり続けるようにする。その努力を怠ってはいけない。それは全ての基盤となるものだからだ。一人の平和ではなく、みんなの平和を保つ、その中にある一人の幸せを願って。


 スマホから緩やかな音楽とともに「今日の思い出」と題されたスライドショーが再生されていた。夏の日差しの中、砂浜で弾けるような笑顔を向けてくる娘、ひまわりの花の前で、はにかんでピースサインをしている娘、妻と一緒にクッキーを作っているシーン。


 <つづく>


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