3−4 異常事態
「どうなっているんだ。インジケーターは全てグリーンじゃないか!」
「わかりませんが、インジケーターは信用できません!」
「原子炉の状況は?」
「直接計器の数値上昇中。止まりません。数時間で超臨界に達します」
時刻は深夜を過ぎて夜明けになろうとしていた。しかし、制御センターではオペレーターが誰一人帰ろうともせず、慌ただしく動き回っている。
緊急連絡手順に従い指定された番号に電話して数時間が経過している。電話の先では「調査員を派遣します」と言われただけだった。
制御センター内は、声にならない喧騒が続いていた。
原子炉内では、核分裂が頻繁に発生している。その時に出たエネルギーを熱変換して、タービンで発電するのが原子力発電所の仕組みだ。核分裂が適切な量になるよう、いってみれば常にブレーキを踏み続け制御している。
そのブレーキが利かなくなっていた。
臨界を超えた原子炉は、それ自身が巨大な核爆弾となる。チェルノブイリ事故の数倍の規模だ。
(どうして止まらないんだ。異常があればフェイルセーフが作動して緊急停止するはずなのに。この最新鋭の世界一安全な原子力発電所が、止まらないなんて!)
もう一度タッチパネルを叩く。が、いくら押しても反応はない。スマートコントロールには、タッチパネル以外で操作できる場所なんてない。
苦々しくタッチパネルを睨みつけた時、制御センターの自動ドアの動作音がして、間延びした声が聞こえた。
「あのー」
声の方を見ると制御センターの入り口に一人の女性が立っていた。
Tシャツにデニムのダメージショートパンツ、ミュールというラフな服装で、渋谷あたりにいそうな格好をした二十代ぐらい。首に大きなヘッドホンをかけている。
思わず声が荒くなる。
「誰だ、アンタは? ここは関係者以外立ち入り禁止だ!」
「あたしだって、こんな遠くまで来たくて来たんじゃないよ。誰か緊急通報に電話したんでしょ? 国家情報局から派遣されたの。まったくひどい渋滞でさ。こんな夜中にだよ? 信じらんない……」
女性は、いかにもめんどくさそうに言い放った。
「あなたは、国家情報局の職員なのか?」
女性をもう一度見つめた。渋谷あたりにいる大学生にしか見えない。これが、あの国家情報局の職員? 日本版MI6と呼ばれている諜報機関の!?
「んー、正確には国家情報局の下請けのフォレンジック専門会社の人間、竹川って言うの。よろしくね」
「フォレンジック? なんだそれは?」
その女性は遠野の質問には答えず、面倒くさそうに言った。まるで散らかった部屋を見たときのように。
「原子炉止まんなくなっちゃったんでしょ? サイバー攻撃の疑いがあるから」
竹川と名乗った女性は、自分のカバンからノートPCを三台出して、コンソール上に並べた。
「オジサン、これ制御システムのネットワークに繋ぎたいんだけど?」
といって、PCから出ているケーブルを差し出してきた。あまりにも唐突な要求にあっけにとられながらも答えた。
「ここにはそんなケーブルをさす口はない」
「えー? そうなの?」
「ここのケーブルは全てオーダーメイドだ。世の中に適合するようなコネクターはない。全て専用……」
「めんどくさ……」
彼女は遠野の言葉を遮るように呟いていた。苛立ちでもない、諦めでもない、ただそこにある文字を読み上げただけのような感情のない声だった。そして周りを見渡して、一番端のコンソールを指差した。
「あれ、いい?」
「いいって?何が……」
彼女は言うが早いか、コンソールの天板をドライバーで剥がし始めた。
「おい、何をしている! 壊すんじゃない! いくらすると思ってるんだ!」
「だって、コネクターないんでしょ? 繋ぐ場所を作るの。それにどうせもう壊れてるでしょ?」
さらに、コンソールからケーブルを引き抜いて「形が違うか」と言いながら、ペンチとカッターナイフでケーブルを削り始めた。
「いったい何を?」
「んー、ケーブルストリッパー持ってこなかったんだよね。ケーブルコネクターの形が違うからさ、端子のピンアサインはわかっているから直付け《じかづけ》するの」
手際よく即席のケーブルを自分のPCに接続し、何やらブツブツ呟いている。
「オジサン〜?」
間延びした声が耳に触れ、苛立ちを覚えた。
「なんだ!?」
「この制御ネットワークって隔離されているよね?」
「もちろんだ!」
「完全に?」
「完全に!」
「んー、そっかー」
竹川は、再度PCに向かった。今度は、PC同士をケーブルで接続し始めた。
「オジサ〜ン?」
「今度はなんだ!?」
「まさかと思うけど、システム再起動した?」
若干の非難めいた口調で呼びかけてきた。
フーッと深呼吸した。冷静さを取り戻すように瞬きをする。自分の娘ぐらいの女相手に苛立ってもしょうがない。娘だと思えば苛立ちも和らぐってもんだ……。
「……ええ、すでにやりました。システムの挙動がおかしい時は再起動する。規定の手順です」
「んー、そっかー」
手を頭にやって、何かを考え込むようなそぶりを見せる。
「もしかして、レストアも?」
「……それも実施済みです」
「いつ?」
「竹川さんが到着する、数時間ほど前」
「んー、……」
拗ねた子供のような顔をして、頭をガリガリと掻きむしっていた。
「竹川さん、何か問題でも? はっきり言ってください」
「んー、セキュリティ・インシデントの時って、証拠保全が第一なのよ。電源落とすとか、レストアとか絶対ダメ。やっちゃいけないことなの。足跡(証拠)が全部消えちゃうから」
「……そ、そんなことは聞いてない!」
「んー、ま、消えちゃったものはしょうがないね、じゃさ、もっかい再起動してくれる?」
「再起動ならさっき……」
「再現した時の挙動が見たいの」
渋々ながら、言われた通りシステム再起動を実施する。今度は見逃さないようにモニターを注視していた。
オールグリーン……いや、今度は一瞬だけネットワークとシステム更新のインジケーターがアンバー表示になって、またすぐグリーンに変わった。
「竹川さん、今……」
竹川は、自分のPCをじっと見ていた。何やら忙しそうにキーボードを叩いていたと思ったら、しばらくして声をかけてきた。
「んー、わかったかも、原因。たぶんこれ……」
「え? 本当ですか?」
「うん、トロイの木馬仕掛けられたね……」
「トロイの木馬?」
「トロイの木馬ってのは、ネットワーク上で感染を広げるタイプじゃなくて、そこに止まって悪さをするタイプのマルウェア。多分、ネットワーク経路の途中に仕掛けられているね。場所の特定はできないけど」
「しかし、この制御ネットワークは、外部と繋がってないですが?」
「んー、内部ネットワークのどこかにってこと。多分物理レイヤー、ハードウェアレベルでね」
遠野は制御センターを見渡した。
「物理って……基板上ってことですか?」
「かもね……マルウェアってさ、本体がどこかに潜んでいてそれをメモリ上にロードさせるか、モジュールで分散させといて組み立てるしか無いんだけど、どっちもロードが必要なのね。でもその形跡はない。ネットワーク通信中に突然現れているの」
「しかし、だとしても、制御システムのセキュリティは万全のはずです」
「でもいるの。ゼロデイのバッファオーバーフローの脆弱性を狙ったのが」
「バッファオーバーフロー?」
「コンピューターのメモリの中ってのは、幾つかの部屋で区切られているのさ、こんな風に」
紙コップの中に備え付けのコーヒーを注ぎ出した。
「通常であれば、こんな風にコップの外にコーヒーが溢れることはない。コップの許容量を超えたとしても」
そう言いながら、コーヒーをコップに並々と注いで、ついに溢れさせた。コンソールの上を黒い液体が流れ落ちる。
「おい! 何をしているんだ!」
慌てて溢れたコーヒーを拭き取ろうとする。
「コーヒーは外に溢れるだけで、捨てられる。これがフツー」
遠野の慌てようとは対照的に、竹川は平然と続けた。
「でもバッファオーバーフローの脆弱性ってのは」
今度はミルクの入ったコップを、すぐ隣に並べた。
「こんな風に溢れたコーヒーが、隣のコップに侵入しちゃう。そうすると、隣のコップはもうミルクじゃなくなっちゃうってこと」
「つまりプログラムが書き換えられたってことですか?」
「んー、ざっくりいうと、そういうこと。通常のプログラムは回帰処理って言って、呼び出された直後に戻るんだけど、こんな風に」
こんどは並べたカップに次々とコーヒーを注いでいく。黒い液体が注がれたカップが一つ、二つと増えていく。
「今回書き換えられたせいで、プログラムの頭に戻っている。無限ループになっているってわけ」
そういうと、最初のカップにコーヒーを継ぎ足して、ついに溢れさせてしまっていた。
異次元の話だった。もちろん理解はできる。理解はできるが、信じがたい。
「なんとか止めることはできるんですか? どれくらいで?」
溢れたコーヒーを紙ナプキンで吹きながら、壁にとりつけられた時計に目をやった。
「時間次第。あとどれくらい時間があるの?」
コンソールの横に目を移すと、そこには急遽設置したサーモグラフィのグラフが表示されていた。そして、その横の時計表示は午前七時を指している。
「……持って六時間……」
竹川もつられて、コンソール上を覗いてくる。
「……あちゃー。保険は入ってる?」
無感情な声が、絶望的に制御センター内に響いていた。
<つづく>




