3−3 緊急通報
「所長、フォレンジックの緊急依頼です」
スピーカーフォンにした電話から、オペレーターが無機質に伝えてきた。そこには緊張感は微塵も感じられず、ただ事実を伝える響きがある。所長と呼ばれた壮年の男は、面白くなさそうにリクライニングシートに腰掛けながら目も開けずに応えた。
この仕事には夜も昼もない。ただ夜のほうが良い金になるから、深夜だろうと目が冴えるようになってしまった。
「緊急依頼か、依頼元は?」
「国家情報局です」
所長と呼ばれた男の目がギラリと光った。
「そいつは良い金になるな。場所は?」
「茨城原子力発電所です」
「原発か」
原発となると、危険が伴う。家族持ちは避けた方が良さそうだな。トラブルが起こった時は色々面倒だ。遺族に使用者責任を問われたり、葬式に出向いたりしなければならないのはめんどくさい。
後腐れがなく無理が効いて、居なくなっても影響のない、緊急事態でも慌てない奴となると……。
「おい、あいつは行けそうか?」
「あいつ?」
「あのクソ生意気な女だ。どうせどこかのネカフェとかに引きこもっているのだろう。呼び出せ」
所長の頭には、あるちんちくりんな女の顔が浮かんでいた。
「バカ所長!」と、さんざん文句を垂れるのだろうが、あいつなら大丈夫だろう。どうせネカフェにいつも引きこもっているような奴だ。引きこもる場所が変わるだけだ。最低限の食事とネットがあれば満足するだろう。
だいたい、あの女は最初の時からクソ生意気だった。国家情報局の紹介で来たが、挨拶代わりに尻を撫でたら、あっと言う間に腕をねじりあげられて、「次やったら、目玉か腕をもらうよ?」と脅してきやがった。
あとから聞いた話では、なんとかという武術をやっていて、警察幹部に指導をしているとか。そんな重要なプロファイルを事前に教えないとは、気の利かない連中だ。
ただアイツの能力は本物だった。複雑な構造でも「基本は同じだから」と、ちょっと検索してモノにしてしまう。あの調査能力と吸収力があれば、この変化のスピードが早い世界でも、あっというまに追いつくことができるだろう。
いつも、どこでなにをしているのかわからん奴だが、チャットを出せばちゃんと反応するし、深夜休日でもかまわず動くことができる。この仕事にはうってつけだ。
ただ、人と組む仕事には向いていない。何回か組ませたことがあったが、数時間で音をあげてくる、相手が。
特に罵倒してくるとかではないようだが、いつも突拍子もない行動を取って組んだ相手を呆れさせるらしい。いまのアイツの管理者だって……まあ、辛気臭い男だが、奴に振り回されつつ、「顔を合わせなければ」と、なんとかやっているようだ。
だいたい、ウチの連中は生意気な奴ばかりだ。仮にも所長に対して「バカ」とか「守銭奴」とか言いたい放題だ。お前らの給料払ってやってるのは誰だか分かっているのかと、聞きたくなる。あいつらには緊急対応手当と危険手当と、結構金を払っているにもかかわらず。
先日、たまに社員の親睦を兼ねて社員旅行を計画しようと思ったが、あの女は「リモート参加で」って言ってきた。社員旅行にリモート参加って何の意味があるんだか。そもそも旅行費は会社持ちでと言っているのに、リモート参加って意味がないと思わないのか……。
結局参加者を募った所、管理職ばかりが参加で、あとは「不参加」か「リモート参加」って言ってきたので、開催を見送ることにした。
「不参加」の理由もひどいものだった。「親の葬式」とか「温泉アレルギー」とか「仏の教え」とかテキトーな嘘ばっかりだ。自分のことを舐めきっている。未来の話で「親の葬式」っておかしいと思わないのか?
まあ、そんな連中でも仕事となれば、期待以上の働きをしてくれるのだが。
「おい?」
所長がオペレーターに話しかける。
「はい」
「温泉アレルギーってのはあるのか?」
「はあ? 聞いたこと無いですね」
「前に社員旅行を企画した時に、温泉アレルギーを理由に断ってきた奴が居てな」
「それは所長アレルギーの間違いですね、きっと」
こいつも、あいつらと同様……。
所長はクックッと笑っていた。まるで、これから起こることを想像して楽しんでいるようだった。
まったく、コイツラきたら、頼もしいやら腹立たしいやら……。
オペレーターが小さく「この古狸……」と呟いていた。そのかすかなつぶやきがスピーカーフォンを通じて聞こえたのか聞こえてないのかは、わからない。ただ所長は、止まることのない笑いを噛み殺すように肩を揺らしている。それがこれから起こることへの笑いなのか、金が入ってくることへの笑いなのかは誰にもわからなかった。
オペレーターの起動したチャットアプリのTO:には、ある女性の名前が入力されている。
<つづく>




