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81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
2章 見えない脅威

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2−6 兵器コード

 エレベーターから降りて、先ほど謎の男から渡されたメモを見返した。駐車場の自動精算機が自動音声でのアナウンスを告げて、思わずビクッとしてしまう。


 平日の、しかも夕方のピークをすぎたショッピングモールの薄暗い屋上駐車場は、閑散としていて、不気味さを感じる。


李憶俊リ・イージュンのことで伝えたいことがある。ショッピングモール駐車場、4F、D-11まで。このメモを持って』


 憶俊イージュンの話……こんな怪しげなメモを信じて、ノコノコ人気のない駐車場にくるなんて、どうかしている。


 どうかしていると思うけど……今朝の憶俊イージュンの姿が思い出される。


 指定された場所は駐車場の一番奥の区画だった。そこにはファミリーカータイプの黒いミニバンがぽつんと止まっている。


 僅かなノイズと共に車のウインドウガラスが十センチほど開いた。男の鋭い目が私を見据えてくる。


「メモは?」


 野太い声が車の中から耳を刺す。警戒しながらメモを無言で渡すと、さも当たり前のようにライターで火を付けて燃やしてしまった。


「あなたは? 一体私になんの用事ですか? 憶俊イージュンの話って」


 ◇◇◇◇◇


 それはショッピングモールでの買い物の最中の出来事だった。

 仕事が終わり、駅を出て自然と早足になっていた。仕事中も朝の憶俊イージュンの様子が気になって仕方がない。


 今までそんなことなかったのに。どうしたのだろう。


 さっき会社を出る時に連絡を入れたら、憶俊イージュンはもう家にいて、夕食の準備をしていると言ってくれた。いつも憶俊イージュンは食事を作ってくれる。


 元々料理が得意な方ではない。いや家事全般が苦手と言った方がいい。


 子供の頃は、おばあちゃんと父親が、家事を全てこなしていて、社会人になってからは仕事が忙しくて家には寝に帰るだけのような生活が続いた。食事はコンビニか外食がほとんど。会社に泊まり込むことも多いので、近くのクリーニング屋に出すか、下着は使い捨て感覚で使っていた。


 憶俊イージュンの作る青椒肉絲と回鍋肉は、最高に美味しい。


 本格的って茶化したら、「日本のクックパッドで覚えた料理」って言っていたから、二人で大笑いしたこともあった。


 そんな光景と今朝の様子にずっと違和感を覚えていた。さっきの電話では普通だったよね。


 きっと環境が変わったから、何かストレスを感じたんだろう。誰だってそうだ。私だって憶俊イージュンを失うことを考えたら気が狂いそうになる。そうだ、今日は奮発して良いお酒を買って帰ろう。


 紹興酒? いや、ここはワインだよね。


 白? いや赤かな?


 駅前のショッピングモール内のリカーショップには、多種多様なワインがある。正直ワインはよくわからない。値段? 産地? ボトルを吟味していると、背後から男の野太い声が聞こえた。


「これ、落としましたよ」


 見ると、自分の財布が男の手にあった。


「あ、ありがとうございます」


 いつ落としたんだろう? 自分のバッグを見ると、口が開いていた。会社を出る時に、確かに閉めたはずなのに。それに、『牛久かっぱ祭り』で貰った憶俊イージュンとのお揃いのキーホルダーも付いている。落としたら音がして気づきそうなものだけど……。不思議に思いながら、ガタイの良い男から財布を受け取った。


 ふと、違和感を覚えた。


 財布と一緒に紙片が渡されていた。


「あ、あの……」


 声をかけようと思ったが、男はすでに立ち去っていた。


 紙片には


李憶俊リ・イージュンのことで伝えたいことがある。ショッピングモール駐車場、4F、D-11まで。このメモを持って」


 と書いてあった。


 ◇◇◇◇◇


 黒いミニバンに注意深く近づき、車から一歩離れたところで足を止めた。まさかと思うが、突然刺されたり、連れ込まれる可能性がないわけじゃない。


「警戒される気持ちもわかります。ですが非常に重要な話ですので、車のそばまで来ていただきたい。ご覧の通り、車には私しかいない。シートベルトもしたままです。あなたを襲うことは不可能だ」

 確かに男の言う通り、他に人は乗っていないようだ。警戒心を解くように、ゆっくりと落ち着いた声が車のウインドウガラスの隙間から流れてくる。


 しかし油断は禁物だ。


「何か身分証のようなものはないですか?」


「はい、お見せできるのですが、それを撮られても困るので、あなたのスマホの画面をこちらに見せていただけますか? カメラや録音されていないことを確認したい」


 言われた通りにスマホの画面を車に向けた。それを見た男は、胸ポケットから手帳のようなものを出し、ガラス越しに見せてきた。


「私は国家情報局の職員です。あずまと言います。」


 男が見せた身分証には、男の顔と、国家情報局を示すマークがあった。


「国家情報局? それが私になんの関係が」


李憶俊リ・イージュンという男をご存じですね?」


 唐突に憶俊イージュンの名前を出されて、心臓が飛び跳ねた。どうして憶俊イージュンの名前が。


李憶俊リ・イージュンにスパイ容疑があります」


 憶俊イージュンがスパイだって?


「なにを言っているんですか? くだらない。憶俊イージュンはただの技能実習生で、日本企業に勤めている普通の人ですよ?」


「スパイの多くは、技能実習生という立場を利用して侵入してくるのです」


「それに、私たち付き合っていて……今も」


「それも、あなたを隠れ蓑として利用している」


 なにか言い返す材料を探していた。スパイ? 憶俊イージュンが?


「でも! だったら! 私に言わずに憶俊イージュンを逮捕すればいいじゃないですか!」


「目的がわからないのです」


「目的って……」


「ヤツの真の狙いです。ここで下手に逮捕すれば、本国から即座に消される。それでは意味がない」


 自分がなくなるのが怖い、憶俊イージュンは今朝そう言っていた。「消される」その言葉に背筋に冷たいものが走る。


「消される? 殺されるってこと」


「訓練されたスパイです。自らを消すこともあり得る」


 憶俊イージュンとの出会い、カラオケボックスでのこと...


「でも、憶俊イージュンとの出会いは本当に偶然です。私が襲われそうなところを。彼はその時怪我をして」


「それも演出です。あなたを取り込もうとした。スパイが良くやる手だ」


 ……そんな!


「中国軍は、あなたのことを徹底的にリサーチし、あなた好みの男を作った。何かおかしな点はなかったですか? 例えば、知らないはずのあなたの好みを知っていたり、あなたと同じ趣味だったり、仕事の共通点など」


 ……おばあちゃんのスープ! ケーブル!

 言葉が出てこず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「……信じられないのも無理はありません」


 ……あれが全部演出だったの? 私を騙すための…あの初めての夜のことも?嘘……。


「……でも……でも……でも、私たちあんなに……一緒に……」

 ……あれが全部演出だったの? 私を騙すための……。


「ヤツには識別コードの刺青がある、体の目立たないところ、左の耳たぶの後ろです」


 ……耳たぶ? 識別コード?


 嘘! 嘘! 嘘! 嘘!


「軍の兵器識別番号の刻印です。0081。あなた専用に作られた兵器のコードです」


 ……81。日本に繋がるコード……。


 <つづく>


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