2−4 東敬太郎
東敬太郎は、特殊詐欺捜査課に配属され2年目の時に、ある留学生Aをマークしていた。
子供の頃に教育実習に来ていた女子大生に連れて行かれた講演会で「国際ロマンス詐欺」「人を守る絆」という話を聞いたことがきっかけで警察官になる夢を描いたのだった。
大学在学中に国家公務員試験に合格し、キャリアとして警視庁に入庁、通常であれば交番勤務や所轄警察を回るところを、特殊詐欺をテーマにした論文が警視庁トップの目に止まり、交番勤務もそこそこに本店に異例の転属だった。
そこで東は「トクリュウ」を主な対象とする特殊詐欺捜査課に配属されていた。
今回の調査対象は1年前から交換留学生として日本の大学に在籍している留学生A。同じ大学内の日本人女性と交際している。
なぜ調査対象になったのか具体的な話は知らされていない。ただ先輩の話では「出自が出来すぎている」ということだった。
東が所属するチームは留学生Aの動向を徹底的にマークしていた。何時に起きた。どこに出かけた。何を買った。なにを食べたか。「トクリュウ」の場合、連絡手段が見えないことが多いので、わずかな生活動線の「揺れ」がヒントになることも多いという。モバイルバッテリーを買う、携帯を変える、いつもと違う道を使うなどだ。
しかし、執拗にマークをしても留学生Aは怪しい素振りを見せなかった。ただ交際相手のBは家に頻繁に出入りするようになっていた。
別の捜査員の話では、留学生Aは、交際相手の父親Cと行動をともにすることが増えてきている。どうやら父親Cの仕事を手伝っているようだと言っていた。
父親Cは、製造機メーカーの役員をしていた。役員と言っても、もともと技術職上がりだった父親Cは、現場に出て作業することが多く、そこに留学生Aも同行しているようであった。
将来を約束した女性との家族ぐるみの付き合い。
まるで留学生Aは、本当の家族のようであった。
追跡調査中、留学生AとBとBの母親で出かけていた。夕食の買い出しのようだ。その三人の姿は、若い夫婦と、それを見守るやさしい姑の姿そのものだった。
三人は、高級な霜降り牛肉、白菜、しらたき、ワインを購入していた。
(すき焼きかな?)
コンビニで買ったおにぎりを片手に、小さく呟いた。
仕事柄しょうがないが、監視対象のキラキラした生活に比べて、何日も着替えもできずコンビニのおにぎりで食事を済ませる自分が惨めになってきた。
東が望遠スコープで覗き込むB宅のリビングでは、楽しそうな食卓を囲む四人の姿が映し出されていた。留学生Aと酒を酌み交わす父親Cは、まるで本当の親子のようであった。
やがて食事がおわり、BとBの母親が並んで洗い物をし、留学生Aがそれの手伝いをしている。父親Cは酒を飲んでうたた寝をしている。
「もう、お父さんはしょうがないね。酔いつぶれちゃって、ごめんなさいね」
そんなことを言っているのが聞こえてくるようだ。
やがてBと留学生Aの二人は、家から出かけていった。夜の散歩か、それとも留学生Aの部屋に行くのだろうか?
B宅から留学生Aのアパートまでは、電車で2駅の距離だ。
二人は、仲睦まじく手を繋いで、駅までの道を歩いていく。それを数メートル離れて後を付ける。同じ人間がずっと尾行をすると怪しまれるので、ある程度尾行したら別の人間と交代する。
先回りして、留学生Aの部屋が見える監視場所に移動する。待機してしばらくするとBと留学生Aが歩いてきた。どこかで買い物でもしたのだろうか、コンビニの袋を手に持っている。
その数メートル後ろを、捜査員が歩いているのが見て取れた。二人がアパートに入っていくのを見届けて、捜査員が軽く手をこちらに上げる。
Aの部屋の明かりが点き、覗き込んでいる監視スコープに二人の姿が浮かび上がる。Bは幸せそうな表情でAに抱きつきキスをしていた。
それを優しく包容し、Bの服を脱がし始める留学生A。
覗き見をしているような後ろめたさを感じていた所、部屋の電気が消え、思わず安堵の息を漏らした。いくら仕事とは言え、男女の情事を覗き見ているようで気が引ける。
おそらく、Bの母親は二人に体の関係があることに気づいている。だが、順序は違えど将来の夫婦になるのだからと許容しているのだろう。
これで明日の朝までは動きはない。朝になれば、いつものとおり二人で大学へ行くのだろう。もしくはBだけが一旦自宅に戻るか。そんなところだろう。
いまどきの若いのにしては、家族から信頼されて恋人の親との交流も欠かさない。不真面目なのではなく、大学にもきちんと通い、父親の仕事の手伝いもしている。勤勉なことだ。日本人ではこういうのはなかなかいないだろうな。
あと数週間マークを続けて、なにも動きがなければ対象から外れるか、そんなことが先輩職員の口から出だした頃、事態は一変した。
いつものように留学生Aをマークし、家を出るときから追跡していた。学校に向かい、通勤ラッシュの電車の中で、一瞬目を離した隙に煙のように消えていた。人混みで思うように動けなかったのもあるが、それは留学生Aにとっても同じことで、大失態だった。
ただ、わずかな違和感を覚えていた。
毎日、留学生Aを追跡して、同じ電車に乗っていたが、その失踪当日だけ不思議な感覚を覚えていた。
なにかが違う。しかしそれがなにかはわからなかった。
捜査課に戻ると、上司の怒号が降り掛かってきた。調査対象を見逃すとは前代未聞だ。しかも行方知れずとなれば、逃げられた可能性が高い。もう一度交番勤務からやり直せ!
その激しい叱責に耐えながら、自分の行動を振り返っていた。走行中の車内から忽然と消えた留学生A。
いつもと同じ電車、車両。留学生Aは、いつものように通路の真ん中で人に押されながら手すりにつかまっていたはずだ。
その手が手すりから離れるのが目に入った。その時までは留学生Aの頭が人の間から見えていた。電車がわずかに揺れて、次に視線を向けた時には、すでに彼の姿は見えなくなっていた。ただこの時点では、失踪したとは思っていなかった。
電車が駅に着いたわけでもない。走行中なのだ。どこにも逃げる場所はない。ただ、いつもなら手すりにつかまっているはずの留学生Aの手が見えない。
不安に駆られ、次の駅で一旦降りて乗降客の中に紛れていないかを確認した。
……いない。
あわてて同じ車両に乗り込むと、強烈な違和感を覚えた。
あんな人達、いつからいたのか? 朝の満員電車は、おのずと同じ人が乗り込んできて、顔ぶれはそんなに変わらない。だが留学生Aがいたはずの付近には、見慣れないスーツ姿の男性が数人いた。
妙にガッシリした体格。よく見ると耳が潰れている。柔道かレスリング経験者か……。
次の駅で、留学生Aの乗っていたドア付近に乗り込み直した。だがそこには留学生Aの姿はなく、先程のスーツ姿の男性たちの姿も消えていた。
<つづく>




