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81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
2章 見えない脅威

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2−3 工作員

「中国軍に動きあり」「工作員の活動の可能性大」


 国家情報局の新宿支局は無機質なデスクが並ぶ、殺風景な部屋だった。東敬太郎あずまけいたろうは、調査部インテリジェンスから上がってきた情報を、苦々しく見ていた。


「工作員……か」


 調査対象は十九歳の時に交換留学生として初訪日、一年で帰国し、その後技能実習生を経て、現在は日本企業に勤務している。帰国後から技能実習までの数年は、記録がほとんどない。


 この期間で、軍の訓練を受けていた可能性がある。中国は、交換留学生を集中的に軍に勧誘し、スパイを育てているという話がある。


 国内には、国内の企業情報を盗む、もしくは防衛情報や国家情報などを悪用しようとする外国のスパイが、技能実習生や留学生のフリをして潜り込んでいる。


 洗脳され、兵器として作り上げられた人間。


 中国のスパイ訓練は過酷だ。そのことを知ったのはあるスパイの告白からだった。


 かつて日本は「スパイ天国」などと呼ばれ、世界中のスパイが堂々と活動していた。スパイの万国博覧会が開かれるんじゃないか?そんなことまで言われていた。


 しかし、それも過去の話だ。


 日本に、敵対的情報活動の防止と国内重要情報の保護に関する法律・情報統制法が成立し、それの行政機関として国家情報局が設立後、十年余り経った。


 別名、日本版スパイ防止法と、日本版MI6。


 国家情報局には、大きく三つの部門がある。外国の活動を監視する「調査部」、集まった材料を使って外国との交渉材料や場合によってはフェイク動画を作る「渉外部」、国内のスパイ活動を監視する「保安部」。


 その「保安部」に所属していた。


 保安部での任務は、スパイを追跡し、どんな情報を盗もうとしているのか、またそのスパイたちを逆に利用して、国内の支援団体を特定し、場合によっては制裁措置、具体的には内部の犯罪者を摘発することだ。


 またスパイや外国組織に利用される日本国民を救い出すこともあった。平和ボケした日本人が、外国のスパイに利用されて、国家機密や企業の重要情報、通信や精密機器のデータを出してしまうことがある。


 国家情報局の職員は、銃の携帯が許可され、容疑のみで拘束、殺害等の強硬手段も可能な超法規的な側面を持つ組織だった。スパイは、拘束されれば敵国だけではなく自国からも狙われる対象となり得るため、文字通り命がけだ。また本国に家族を人質として取られているケースもあると聞く。そんなの相手にするから、当然反撃してくるし、命がけで逃げる。


 いちいち警告していたらこちらの身がもたない。


 画面のパスポート写真を睨む。端正だが、三十過ぎにしては不自然なほど少年の面影が残る顔。よくあるスパイの整形だ。年齢も二十九歳と偽装されている。


 パスポート名、李憶俊リ・イージュン


 保安部が、数か月前からマークしている人物だ。調査部によると、中国国内での記録が確認できなかったという、作られた人間である可能性が高い。


 中国では潜入工作員を人格から作り出す。もともとあった戸籍は抹消され、ある日突然、いままで存在しなかった個人が生まれる。


 李憶俊リ・イージュンもそうだった。パスポートには二十九歳とあるが正確な年齢などわかりはしない。仮に二十九歳だとしても、大学卒業してからの七年間の記録が一切無かった。同姓同名者の記録はあるが、似ても似つかない人物のものだった。おそらく記録を乗っ取られている。


 乗っ取られた本人はどうなったのか、おそらく消されているか、別の人格を与えられているか……。


 一年前に、日本のとある企業に技能実習生として来日した。それまでに記録が一切ないにもかかわらずだ。そしてその日本企業には、同じく中国共産党の職員と思われる人物が多数勤務している。


 つまり、中国のための受け皿企業の可能性が高い。


 その証拠に、日本国内での売上はいまいちなのに、中国への輸出が主な売上の原資となっている。そして数年ごとに新たな事業を展開し、またすぐに撤退している。


 工作員の受け皿として事業展開し、役目が終わったら撤退する。


 李憶俊リ・イージュンをマークしている時、上野駅で暴行事件に巻き込まれていた。


 とある女性が四人組の男に絡まれているところに割って入り、殴る蹴るの暴行を受けたのだ。


 訓練された工作員であれば、その程度を躱すのは造作もないはずだったが、李憶俊リ・イージュンは無抵抗に暴行を受け続けた。やがて誰かが「警察!」と叫んで、その暴行していた男たちは去っていった。


 ここでも違和感があった。その四人組は一緒に行動するわけでもなく、すぐに散り散りになり夜の街へ消えていった。かろうじてその内の二人を尾行することができた。


 李憶俊リ・イージュンはその女性と、いっときは離れる素振りを見せながら、やがてカラオケボックスに入っていった。残念ながらそのカラオケボックスも中国の従業員が多くいる店で、店の前の目立たない場所で張り込みをするしか無かった。


 そうこうしている内に、先ほど二人を尾行した職員から連絡が入った。二人とも見失ったということだ。


 国家情報局の職員だ。尾行や追跡の訓練は十分に受けている。突然のことで単独での尾行だったとは言え、簡単に巻けるものではない。しかも二人ともだ。


 おそらく、あの連中も工作員の一味だったのだろう。そう考える方が自然だ。


 やがて始発が走る時間になり、李憶俊リ・イージュンと女性がカラオケボックスから出てきた。入っていくときのよそよそしさは消え、手を繋いで親しげに歩いている。そして女性はすこし嬉しそうに微笑みながら。


 二人を尾行しながら、過去の苦い記憶が蘇る。忘れたくても忘れることができない、苦い記憶が……。


 李憶俊リ・イージュン


 お前の狙いはなんだ?


 <つづく>


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