表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
2章 見えない脅威

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/44

2−2 不協和音

 憶俊イージュンは、美里みさとを送り出した後、部屋の隅に膝を抱えて座った。

 美里みさとは「憶俊イージュンごめんね。すぐ帰るから」と言って部屋を出て行った。


 いつも一人になると、この格好で部屋の隅に座る。いつもそうだ。あの時も。


 記憶の隅に残るのは美里みさとの部屋とは違った殺風景な部屋。グレーの壁、床、無機質な机とベッド。そこで次の時間を待つ。ただ黙って待つだけだった。


 色もない。

 音楽もない。

 ただ、時折、外からの話し声と、叫び声のようなものが聞こえるだけ。


 時間になると、ドアが開き、憶俊イージュンの担当官が入ってくる。


到时间了じかんだ


 感情のない声に促されて、担当官の後をついていく。会話はない。ナンバーロックで施錠された別室では、ベッドに虚ろな目をした女性が座っていた。おそらく薬が盛られているのだろう。


开始はじめ

 担当官の無機質な声が室内に響く。


 憶俊イージュンはその声を合図に、女性の服を脱がせ、行為を始める。


 時折、担当官の指示が飛ぶ。

不对ちがう! 重来やりなおし!」


 担当官に監視されながら、無表情な女性と行為を続けた。


 女性は反応はするが、なんの感動もない。ただ人形のように動くだけ。


 終わったら、また部屋に戻って、部屋の隅で膝を抱えて待つ。食事、睡眠、そしてまた同じことの繰り返しだった。


 憶俊イージュンは、次第に感情がなくなり、ただ行為をする、まるで機械のように。作業として。


 美里みさととは全然反応が違っていた。


 狂おしいほどに自分を求め、愛の声をもらす。嘘偽りのない、本当の言葉。


 今も耳に残っている「愛している」の言葉。


 そしてそれに反応するように、憶俊イージュンの心の中にも、今まで感じたことのない欲望が芽生えていた。


 美里みさとにもっと喜んでほしい。自分を感じてほしい。


 美里みさとの口から漏れる愛の言葉に、憶俊イージュンの心と体は激しく反応した。

 今まで美里みさとと過ごしてきた時間、一緒に食べた食事、自分を見つめる美里みさとの漆黒の瞳。

 その全てが憶俊イージュンの乾き切った心に潤いをもたらしてくれた。


 膝を抱えたまま、部屋の中を眺める。


 美里みさとの甘い匂いが残る乱れたベッドにもたれかかった。


 訓練でもない、担当官からの指示でもない。ただ純粋に彼女だけを求め、狂おしいほどに抱きしめ合った。


 視線を巡らせる。シンクに残ったままの食器、ゴミ箱のチラシ、丸まったティッシュ。そんな散らかった日常のノイズすら、今の憶俊イージュンには眩しいほどに色づいて見えた。無意識のうちに、憶俊イージュンの口元に優しく、そしてどこか泣きそうな微笑みが浮かぶ。冷え切っていた胸の奥底に、小さな慈しみの火が灯るのを感じていた。


美里みさとさん……」


 小さく憶俊イージュンが呟く……。


 憶俊イージュンは知っていた。これが破滅への道筋なのだと。

 自分は助からない。この体はそんなに長く持たない。


 だが……。


 美里みさとには生きてほしい。自分がいなくなっても幸せになってほしい。


 自分の心に生まれた不協和音。


 自分が辿っている破滅への道と、正反対に位置する美里みさとと共に生きたいという慈しみの気持ちがぶつかり合い、やり場のない葛藤に苦しんでいた。


 無意識に左胸の傷跡を強く掴む。爪が食い込み血が滲んだ。そして左耳を強く引っ張った。まるでそれが取り除きたくなるような異物であるように。


 奥歯がカチカチと音を立てる。


 苦しい。どうしたらいい。どうにもならない。


 これは運命。逆らえない。逆らったら……自分だけでは済まない……。


(こんなに大きな傷、痛かったでしょう)


 美里みさとの言葉が蘇り、手の力がふっと抜けた。こんな……自分のこんな部分にまで優しく気遣ってくれた……。


 美里みさとさん……美里みさとさんだけでも……。


 <つづく>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ