潰えゆく国家の選択
「……つまり我々には、これ以上の軍事拡張を行うだけの余力など一切残されていないと? それだけに留まらず、クアドリカとの前線すら維持が困難な状況に陥っていると言うのか!?」
議長ルキウス・ヴァレリオが絞り出した重苦しいその言葉に、議場は静まり返っていた。
報告台に立つのは、評議会の財政を一身に担うマルマインであった。
「議長の仰る通りでございます。現在の絶望的な財政状況において、さらなる軍拡など絶対に不可能。それどころか、現行のクアドリカ前線を維持することすら極めて困難と言わざるを得ません」
現在の中央評議会が直面しているのは、アストレオンへの焦りから無茶な軍拡を強行し続けた、当然の報いであった。その最たる末路が「もはや前線すら保てない」という異常事態なのだ。
「……財政がそこまで悪化している現実は理解した。ならば、その悪化した財政を立て直すため、どこかの予算を削る以外に道はあるまい」
ルキウスが放った諦観の混じる発言に対し、マルマインは強く言葉を返した。
「議長! 一体『どこ』を削れとおっしゃるのですか!?」
マルマインは蔑むような仕草を隠しもせず、手元のコンソールを操作してホログラム画面を切り替えた。
「民生費を削るなどという愚行を犯せば、すでに壊滅的な被害が出ている農業、一般製造業、サービス業の再建は永遠に不可能です。断言いたしますが、国家の経済基盤が完全に息の根を止められます」
言葉を詰まらせる評議員たちを他所に、マルマインは冷酷に追撃の手を緩めない。
「では逆に、民生費を守るために『軍事費』を削ればいいとお考えの方もおられるでしょう。――ですがそれは、クアドリカに対して『どうぞ我が国を侵略してください』と差し出すに等しい行為です!」
「侵入されても現地で戦えればいい、などという甘い幻想は捨ててください。軍事費を削減すれば、現場への補給線は即座に途絶します」
「その影響は計り知れません。弾薬もエネルギーも尽き果てた時、前線の兵士たちは敵から見ればただの『動く的』でしかないのです!」
議場全体から、重苦しい唸り声と悲痛なざわめきが巻き起こる。
「そして、その突破された先にある侵略の矛先は……ここ首都『セレスタイン』です! ここが陥落すれば、中央評議会の組織的抵抗能力は完全に壊滅するでしょう……!」
「それだけではありません! 我々は先のソラリオンとの戦いで機動艦隊の約4割強を失い、甚大な人命の犠牲を出しました。だからこそ、あの外敵の脅威にも並行して予算を割り振らねばならないのです!」
マルマインはホログラムを消し、議場を見回して最後通告を突きつけた。
「議長……我が国に削れる場所などどこにも存在しません。少しでも削ろうものなら、その先に待っているのは……『中央評議会という国家の滅亡』だけです」
マルマインの冷徹な事実提示により、議場は完全な静寂に包まれた。
――だが、その重い静寂を切り裂いたのは、レグルス・ヴァイスであった。
「マルマインよ! 貴様の言う通り、どこにも削る余裕など残されていないのかもしれん。……だがな、何も削らず指を咥えて待つ未来に届くのは『破滅』のみだ!」
「だからこそ! 我々は身を切る覚悟を持ち、血を流してでもどこかを削らねばならんのだ!」
レグルスの退路を断つ強い主張に、危機感を募らせていた多くの評議員たちが賛同の声を上げる。
だが、マルマインも即座に激しい反論を叩き返した。
「レグルス……では具体的に『どこ』を削ると言うのです!? クアドリカとの前線から兵を1人でも減らせば、更なる侵略を許すのですよ! あなたほどの男がそれを理解できんはずがない!」
「ならば軍事費ではなく民生費だ! 公共施設を一時的に全閉鎖し、民衆への生活支援も即座に停止させるべきだ!」
「公共施設の閉鎖ならまだしも……民生支援を今途絶させれば、更なる大規模暴動は避けられません! レグルスよ、民衆が餓死すると分かっていてなお削るというのか!?」
「ああ――削るとも!!」
マルマインの主張も、レグルスの主張も、どちらも国家を守るための正義であり『正論』であった。
それゆえに双方一歩も譲らず、議論は平行線をたどるばかりで、解決というゴールからどんどん遠ざかっていく。
「静粛に! 静粛に!!」
議長ルキウスが何度も槌を鳴らし、高らかに音を響かせる。
しかし、マルマインとレグルスの果てなき激突が収まる気配は微塵もなかった。
混迷を極める議場の惨状を前に、議長ルキウスはついに苦渋の決断を下す。
「……これ以上の審議は平行線を辿ると判断する。本件は次回審議へと『先送り』とする! 各員、次回までに実行可能な妥協案を策定しておくように!」
ルキウスが出した結論は、最悪の「問題の先送り」であった。
レグルスもマルマインも、己の主張を叫ぶばかりで、相手の意見の一部を受け入れて折衷案を出す努力など、一度たりともしなかったのだから――。
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