三者三様の軍拡
ソラリオン帝国――複数の星糸を支配下に置き、銀河に君臨する絶大な軍事力を誇る超巨大国家。
しかし、どれほど圧倒的な軍事力を有していようとも、国家というシステムはいとも簡単に崩壊へと至るものだ。では何ゆえ、ソラリオンはあの広大な領土と覇権を維持し続けられるのか?
それはひとえに、工業力・人口・資源量という「国家を支える三つの根幹」が、揺るぎなく盤石であるからに他ならない。
そんな絶望的なまでの国力差を前にして、ウラニアの二大勢力である『アストレオン』と『中央評議会』は、ウラニアの歴史上かつてない規模の過酷な軍備拡張へと舵を切っていた。
――――――――
アストレオン――ヘパイストスの地下に秘匿された膨大なドックでは、時空異常という特性を極限まで活かした軍艦の建造が不眠不休で進められていた。
数ある軍艦の中でも特に優先して建造されているのは、現在のアストレオンの絶対的主力である『アトランティス級量産型戦艦』だ。
月軌道の防衛戦が終わってから、わずか1ヶ月。
アストレオンはこの常識外れの期間内に、実に【9300隻】もの新造艦艇を就役させるという驚愕の偉業を達成していた。彼らは直ちに現存艦隊とこの9300隻を統合し、第1艦隊を新編。
単一の勢力として1万隻を超える大艦隊を編制するなど、ウラニアの全歴史においても前代未聞の出来事であった。
「ふう……ようやくソラリオンと最低限……渡り合えるだけの『数』は揃ったか。……だが、俺たちはとんでもなく重大な抱え込み傷を追ってるんだよな」
総司令部の執務室にて、サーモンは頭を抱えながらアストレオンの抱える構造的な欠陥に頭を悩ませていた。
その問題とは――ずばり、これほどの大艦隊を束ねる『指揮官』がルディアとシリウスの2人しか存在しないという点だ。
「指揮官の絶対数が足りないことは最初から分かっちゃいた。烏龍たちが合流した時期から後進の育成を開始してはいるが、一流の指揮官なんてそう簡単にポンポン育つもんじゃない……」
だが、課題はそれだけに留まらない。
「艦隊指揮もそうだが、そろそろ『陸軍』の再編と強化にも手をつけるべきなんだよな。現状、宇宙軍の拡充が最優先だから後回しにしてきたが……最低限の土台だけでも構築しておかないとマズい」
サーモンはすぐさま幹部陣を招集し、緊急軍事会議を執り行った。
「忙しい時にすまねぇな。だが、どうしても今決めておかなくちゃならん議題があるんだ」
疲弊した面々を見渡すサーモンに対し、セラが腕を組んで口を開く。
「今回の議題、前から話に出ていた『陸軍の強化』についてでしょ? 違うかしら?」
「ああ、セラ、正解だ」
作戦卓を囲むメンバーの視線が一斉に集まる中、サーモンが重々しく頷く。
「我々アストレオンの宇宙軍は、時空異常のおかげで形になりつつある。だが陸軍は絶望的だ。現在、まともな地上戦力としてカウントできるのは、ここにいる我々個人の戦闘力のみという有様だからな」
「それでは今後の軍事作戦に深刻な支障が出ますわ」
扇子を優雅に揺らし、艶やかに口を挟んだのは烏龍だ。
「わたくしたち幹部が、毎回前線で泥を啜るわけには参りませんもの。陸軍の兵力強化と、それに伴う兵器開発の提案……実に理にかなっておりますわね?」
その言葉を受け、ヘパイストスの元代表であるエールと、ジンが顔を見合わせた。
「開発と言っても、ゼロからのスタートじゃないぜ」
ジンがニッと不敵に笑う。
「宇宙軍の兵器パーツから流用できるものは徹底的に使えばいい。それに、小銃なんかの基本兵装ならヘパイストス時代の生産ラインがそのまま稼働できる状態だからな」
「ええ。携帯火器や弾薬の補給基盤はすでに確立されています」
エールが静かに追認した。
「問題は『何を優先して新しく開発・量産するか』です。我が国のリソースも決して無限ではありませんから」
「なら、開発ラインは『省人・無人化兵器』『自動タレット』『長距離ミサイル』の3つに絞るべきよ」
セラが人差し指を立てて即断する。
「賛成です!」
救護幕僚のマリアが胸の前で手を合わせた。
「無人機や遠距離攻撃がメインになってくれれば、前線で傷つく兵士さんや、私たちが手当する患者さんも減りますもの!」
「退屈な戦いになりそうだな」
壁に寄りかかっていたノクターが鼻で笑う。
「まあ、俺としては手元にまともな銃と弾薬があれば、相手が無人機だろうが何だろうが蹴散すだけだがな」
活発に意見が飛び交う中、それまで黙って戦況モニターを睨み続けていたシリウスが、冷ややかな声を落とした。
「……絵に描いた餅にならなければいいがな」
一瞬で場が静まり返る。シリウスは鋭い視線を皆へと向けた。
「自動タレットに無人機の大群、長距離ミサイル……響きは結構だ。だが、それらを過酷な戦場で誰が統制する? 宇宙軍の指揮だけで手一杯な現状で、陸戦のデータリンク処理まで背負わされれば……その負荷はすべて、指揮官である俺とルディアにかかってくるぞ」
「……俺としても、指揮官としてそこが最大の懸念材料だ」
ルディアがシリウスの指摘を引き継ぎ、深く息を吐き出した。
「ヘパイストスの技術でドローンを100機作ることは容易い。だが、それを現場で完璧に指揮・処理する『頭脳』が致命的に足りないんだ。兵器開発と並行して、システムを極限まで自動化し、俺たちの指揮負担をどこまで削減できるか……それが今回の開発の絶対条件になる」
意見が出揃ったところで、サーモンが場をまとめる。
「よし。開発ラインは『省人・無人化兵器』『自動タレット』『長距離ミサイル』の3点に絞る。そしてそれらを並行して制御する自動システムの構築を進める。……これで決定でいいな?」
全員が力強く頷いた。
陸軍の課題は依然として山積みだが、進むべき明確な道筋が打ち立てられた。
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一方――アストレオンのような時空異常による大量生産基盤を持たない『中央評議会』は、アストレオンがわずか1ヶ月で怒涛の軍事力を構築していく異常な生産力に対し、激しい焦りと恐怖を募らせていた。
中央評議会にも建造ドックや軍需工場自体は存在する。しかし、アストレオンの秘匿施設の稼働スピードにはあまりにも遠く及ばない。彼らが軍艦1隻を新たに建造するのにかかる期間は、どれほど切り詰めても最短で半年。……世間一般で見れば「半年での新造」は十分に破格の早さなのだが、アストレオンの工業力が狂っているがゆえに、それが惨めな遅さに思えてしまうのだ。
アストレオンの異常な急成長と軍事拡大、そしてソラリオンという絶対的脅威。
完全に余裕を失った中央評議会は、自らの身の丈に合わない無謀な大軍拡へと暴走していった。
彼らが行ったのは、既存の建造工程の不完全な短縮作業。さらには、疾に退役していた旧式艦艇を強引に引きずり出しての近代改修、果ては民間船を大量に徴用・改造した急造軍艦の就役であった。
当然、これらは一時的な「数合わせ」にはなっても、最新鋭艦に比べるべくもない性能しか出せない。
そして、この強引すぎる無計画な軍拡は、内部から確実に中央評議会の首を締め上げていった。
要因は2つ――『財政の破綻』と『民衆の大規模な反発』である。
軍事予算の突発的な肥大化は、インフラ、経済、福祉といった国家の社会基盤を完全に麻痺させた。
影響は瞬く間に表面化し、民衆による大規模な反政府デモや労働ストライキが多発。それが燎原の火のように国家全体へと拡大し、中央評議会に対する国民の不信感は日に日に膨れ上がっていく。
さらに、激しい軍拡によって経済のダメージも甚大なものとなっていた。
軍事費を賄うために乱発された国債により通貨価値は暴落し、ハイパーインフレーションが発生。軍需物資の輸送が最優先されたため、一般の流通網は完全にストップした。
農業、軍事以外の製造業、サービス業は壊滅的な打撃を受け、街には闇市が横行。中央評議会という巨大組織の滅亡は、刻々と現実のものとなりつつあったのである。
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だが――アストレオンと中央評議会がそれぞれの思惑で軍拡を進めるその影で、さらに異質で不気味な軍備増強を進める存在があった。
――『クアドリカ』である。
鉄の屑と火花が響く一般的なドックとは対照的に、彼らの施設内は無機質な静寂と、形容しがたいグチョ……という生々しい粘着音に包まれていた。
そこで生み出されていたのは、人間をパーツとして組み込んだ禁忌の『生体兵器群』であった。
使用されている生体技術自体はすでに完全な実用段階に達しており、あとは実戦で牙を剥く瞬間を待つばかり。
そして、この生体兵器の最大の強みは――『訓練を必要とせず、過労も恐怖も感情すらも存在しないため、どのような地獄であろうと無感情に進軍を継続できる』という点にあった。
つまり、生産速度を超える損耗が発生しない限り、彼らの軍勢は真の意味で「不滅」なのだ。
この悪魔の兵器――《インモルタリタス》。
足掻きを嘲笑うかのように、暗雲の底で、彼らは着々とその数を増やし続けていたのであった――。
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