遅滞戦と新生
敵艦隊が最終防衛ラインへと到達するまで、残り推定「12時間」――。
いつ敵が襲来するか分からない極限の緊張感の中、ウラニアの月軌道周辺では迎撃兵器の建造が最優先で進められていた。
その防衛戦の中心であり、最重要拠点となる月基地には、本星ウラニアから資材や人員、食料等を積んだ輸送船が続々と到着していた。搬入された物資は休む間もなく各防衛拠点へと運ばれていく。
それぞれの拠点では、迫り来る脅威に対抗するための迎撃兵器の組み立てや宇宙地雷の設置等が着々と進められており、防衛ラインは敵を殲滅するための牙として、確実にその形を現しつつあった。
そして、この絶対の牙を完成させるための時間を少しでも多く作り出すため、孤独に戦い続けている艦隊があった。
2399を旗艦とする、アストレオンの『次元潜航艦隊』である。
彼らはソラリオンの別動隊を一方的に殲滅した後、間髪入れずに敵本隊を足止めするための作戦行動を開始した。
最初にした行動は、敵本隊がいるであろう宙域を重点的に索敵することだった。幸いにも、ソラリオン側が無意識のうちにこちらを侮っていたためか、わずか数回の索敵によって敵艦隊の位置を発見することに成功する。それも、ソラリオン側に探知されたことを一切察知されることなく、隠密裏にマークしたのだ。
敵本隊を捉えた次元潜航艦隊は、すぐさま打って出た。
『全艦……次元潜航を開始』
『敵……ソラリオン本隊……側面に出現後、攻撃』
2399の冷徹な指令がシステムへ流れる。これらの次元潜航艦は、2399による直接操作とAIによる自律制御によって動いているため、旗艦の指令を瞬時に理解して行動に移すことができた。その反面、電子戦の妨害に弱いという弱点も保有していたが、奇襲能力においては無類の強さを誇る。
2399が指令を下すと同時に艦隊は潜航を開始。次元の裏側へ潜った後、敵に察知されないよう細心の注意を払いながら、ソラリオン本隊の側面へと移動し始めた。
今回2399が採用したのは、冷酷なまでの『一撃離脱』戦術である。通常空間のセンサーでは探知がほとんど不可能という次元空間の特性を最大限に活かし、無防備な敵本隊の横腹に強烈な一撃を加えることが狙いであった。
そして、その狙いは見事に成功する。
敵の側面へと突如として浮上し、2399から冷徹な攻撃命令が下された。
『発射……』
直後、宇宙空間そのものに歪みが生じるほどの強烈な光の矢が放たれ、ソラリオン本隊を容赦なく捉えた。
一瞬、凄まじい閃光が宇宙空間を白く照らし出す。その光が消えた後に見えたのは、直撃を受けて無残に爆散した敵軍艦の破片と、なおも健在であるソラリオン半個艦隊の巨大な姿であった。
しかし、何もない空間から前触れもなく放たれた猛撃に、ソラリオン側には大混乱が広がった。進軍は一時的に完全に停止する。
足止めされた半個艦隊は、その場に次元潜航艦隊を殲滅するための部隊を残し、主力はウラニアへ向けて強行ワープを試みようとした。
けれど、2399はその予兆を見逃さなかった。2399が取った選択は、この宙域から敵を一切ワープさせないことである。
『敵……ソラリオン本隊……一部戦力を残し、ワープ予兆……感知……』
『ワープを妨害するため……ワープストラクション……起動……』
『ワープの妨害……成功』
空間干渉システム『ワープストラクション』の起動により、敵の空間跳躍は強制的に妨害され、失敗に終わった。
半個艦隊の本隊がワープ失敗の衝撃によって大混乱に陥っているその隙を突き、次元潜航艦隊は痛烈な一斉攻撃を叩き込むと同時に、鮮やかにこの宙域から離脱したのだった。
一方、襲撃を受けたソラリオン半個艦隊は、全体的な規模から見ればまだ軽微といえる損害であった。しかしそれ以上に、ウラニア側の軍事力が自分たちの想定を遥かに超えるスピードで急速に成長している事実を、先の戦いで嫌というほど思い知らされる結果となった。
ゆえに、いつまたあの神出鬼没なゲリラ戦法による攻撃が来るか分からないため、ソラリオン側は慎重にならざるを得なかった。索敵や警戒にリソースを割く分、必然的に彼らの進軍スピードも遅くなっていく。
一応、ソラリオン側もこの2399への対策として、空間を乱す『磁気嵐発生装置』を搭載した特殊駆逐艦を投入してはいた。しかし、それらの艦も先の戦いにおいて、磁気嵐発生装置を起動する前に大半が破壊されてしまっていたため、もはや2399の次元潜航に対抗できる可能性は極めて低いと言わざるを得なかった。
この精神的な足止め効果は、ウラニア側――ひいてはアストレオンが当初から明確に狙っていたわけではなかったが、結果として「時間を大いに稼ぐ」という意味では上々すぎる戦果となった。
その後も2399は、定期的にソラリオン半個艦隊のいる宙域に突如として襲来し、一撃離脱を実行し続けた。しかし、度重なる強行奇襲を行っていたため、こちら側の次元潜艦にも徐々に無視できない損害が発生し始める。それを受けた2399は、これ以上の襲撃は戦略的に無意味と即座に判断し、完全な撤退を選択した。
だが、この執念深い一撃離脱により、ソラリオン半個艦隊には少なくない致命傷が刻まれていた。
最初の別動隊を含め、次元潜航艦隊によって撃沈された敵艦の数は、実に『1400隻』に達していたのである。
そして何より、この決死のゲリラ戦によってウラニア側は、当初の12時間という限界を大幅に塗り替える、『3日間(72時間)』という途方もない時間を稼ぎ出すことに成功したのだ。
このコモスタクトにおける3日間は、時空異常が発生している建造施設の内側においては、「およそ3ヶ月」という莫大なモノづくりの時間に相当する。
アストレオンの高度な職人たちは、この手に入れた猶予を最大限に活かし、2399から提供された超規格技術をふんだんに組み込んだ未知の新造軍艦を、『900隻』という圧倒的な規模で大量生産することに成功したのである。
900隻の艦隊の中で、特に多く建造された中心的な艦種が二つある。
戦線の要となる『巡洋艦』と、俊敏に宙を駆ける『駆逐艦』。その数は、両者共に「150隻」ずつであった。
その他には、高い航空戦力を誇る『空母』が50隻、圧倒的な装甲と火力を有する『機動戦艦』が100隻、隠密奇襲の要たる『次元潜航艦』が150隻。
そして――残る最後の「300隻」に冠された名こそが、2399のデータをベースにして設計された、アストレオン初の次世代主力超弩級戦艦――**『アトランティス級量産型戦艦』**であった。
この鈍い光を放つ300隻のアトランティス級戦艦は、これより始まる激戦において、そしてこれからのアストレオンの初期から中期にかけての絶対的な主力艦として、歴史にその名を刻んでいくことになる最強の矛であった。
月軌道の最終防衛ラインにて、激突のカウントダウンが静かに始まろうとしていた。
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