時を稼ぐ者たち
そもそも、アストレオンの一プレイヤーに過ぎないルディアが、なぜ歴史ある中央評議会の正規軍までをもその指揮下に収めることができたのか。――それは、第5惑星から命からがら撤退を開始した直後の出来事に遡る。
ソラリオンの理不尽な暴力を前に、このまま各個撃破されれば確実に全滅すると瞬時に判断したルディアは、暗号化通信を繋ぎ、中央評議会軍の最高指揮官と直接話し合うことを決意したのだった。
「何の用かな? 我々は撤退の指揮で忙しい。用件があるなら早く言いたまえ」
モニターの向こうで、不機嫌そうに言葉を吐き捨てたのは、評議会軍の指揮官であるチールであった。その表情には、敗戦の焦りとプライドへの傷が色濃く滲んでいる。ルディアはそんなチールの態度を冷徹にいなし、告げた。
「ええ、単刀直入に言います。このウラニア連合軍における全軍の指揮権を、私に一元統合していただきたい」
「な、何を言うかと思えば全軍の指揮権だと!? 冗談を言うのも大概にしろ、不届き者が!」
「いえ、冗談ではありませんよ。それともチール殿は、ご自身が全軍を指揮下に置いたままで、この絶望的な追撃戦を打破できる明確なイメージがおありですか?」
「――っ! ならば貴様には、それがあるというのか!?」
チールの鋭い問い返しに、ルディアは傲慢に胸を張るようなことはせず、淡々と事実を述べた。
「いいえ。さすがにこれほどの圧倒的な戦力差では、この状況を完全に打破することは私であっても不可能です」
「そら見たことか、ならば――」
チールが勝ち誇ったように言い終える前に、ルディアの冷たい声が言葉を遮る。
「しかし、完全に打破することはできなくとも、敵の猛攻を凌ぎ、膠着した『均衡状態』を維持して時間を稼ぐ戦術なら私は持っています。……逆に伺いますが、チール殿には、兵を無駄死にさせる以外に何か具体的な対抗策がおありでしょうか?」
ルディアの放つ圧倒的な覇気と正論を前に、チールは言葉を失い、ぐうの音も出なくなった。
戦況ログの惨状が、ルディアの言う通り「自分では全滅を待つことしかできない」という現実を突きつけていたからだ。
「ふむ……。それでは、ウラニアの生存のため、全軍の指揮権統合を承認していただけますか?」
突きつけられた現実を前に、チールにはもう、震える手で承認キーを押す以外の選択肢は残されていなかったのだ。
――――――――
時を現在――第4惑星の防衛戦へと戻す。
ルディアは、数と火力で圧倒的に勝るソラリオンの追撃隊を足止めするため、古の大戦術を実行していた。
かつて地球の歴史において、強大なローマ帝国を恐怖のどん底に突き落としたハンニバル・バルカが、カンナエの地にて繰り出したとされる、伝説の包囲殲滅陣――。
あえて自軍の中央を下げて敵を誘い込み、突出してきた敵の側面を左右の翼で包み込む戦術。しかし、元々の味方の数が圧倒的に少なすぎるウラニア連合軍にとって、それはあまりにも肉を切らせて骨を断つ危険な賭けであった。
敵の猛攻を一身に浴びる中央の艦艇たちのシールドが、次々と限界を迎えて割れ始める。前線が今にも崩壊しそうになり、百戦錬磨のルディアでさえ「ここまでか……」と最悪の覚悟を決めかけた、まさにその瞬間だった。
「――っ!? 我が艦隊の後方、および周辺宙域に強烈な空間振動を検知! 空間の壁を突き破って、何かが来ます!!」
オペレーターの絶叫と同時に、宇宙の虚空が網の目のように裂けた。
そこへ姿を現したのは――2399を総旗艦として据えた、アストレオンの『次元潜航艦隊』であった。
通常空間の裏側から奇襲の形で出現したその異形の艦隊は、展開を完了すると同時に、2399を中心としてソラリオンの追撃隊へ向けて苛烈な一斉攻撃を敢行した。
2399の幾何学回路から放たれた無数の光条は、まるで夜空を切り裂く不吉な彗星の群れのように敵陣へと飛来し、次々と激突していく。
――それは、もはや戦闘と呼べるものではなかった。
2399の主砲から放たれる未知のエネルギーを浴びたソラリオンの艦艇は、爆発する猶予すら与えられず、まるでそこに最初から存在していなかったかのように、空間のデータごと完全に「消滅」していったのだ。
そこからは、先ほどまでの絶望的な劣勢が嘘のような、文字通りのワンサイドゲームが始まった。次元潜航艦隊はソラリオンの放つ反撃の火線をことごとく弾き返し、2399によるわずか数回の斉射のみで、ウラニア連合軍をあれほど追い詰めた数百隻の敵追撃隊を、跡形もなく完全に殲滅してしまったのである。
メインスクリーンに広がる、静まり返った宇宙の塵を前にして、ルディアは呆然と呟いた。
「……。これが、2399の力なのか。我々は、とてつもないものを手に入れてしまったようだ。――だが、これでほんの少し、希望が見えたな」
ルディアが冷や汗を流す一方で、その圧倒的な光景を目撃したウラニア連合軍の将兵たちの反応は、真っ二つに割れていた。アストレオンのプレイヤーたちは勝利に歓喜の声を上げていたが、中央評議会たちは、世界の理を無視して敵を消滅させた2399の未知なる力に対し、計り知れない恐怖と絶望に包まれていた。
何はともあれ、ソラリオンの追撃を完全に断ち切ったことで、ウラニア連合軍には貴重な猶予が生まれた。やがて、短距離ワープ機関の冷却を終えて再起動のアラートが響き渡る。
最終防衛ラインであるウラニアの月に向かうべく、残存艦隊は次々と光の彼方へと跳躍していき、静寂を取り戻した第4惑星の宙域から去っていくのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
もしこの物語が「面白い」「続きが気になる」と感じていただけましたら、ぜひブックマーク・評価をしていただけると嬉しいです。
あなたの応援が、次の話を書く大きな励みになります。




