対策と迎撃
ウラニア連合軍が第5惑星からの撤退を開始したと同時に、勝利を確信したソラリオン帝国側もまた、猛烈な追走を開始した。
その頃、アストレオンの首都『カーディナル・ネスト』の総司令室。
刻一刻と悪化していく前線のホログラフィック・モニターを凝視していたサーモンは、静かに、しかし決然とした面持ちである重大な決断を下した。
「……現状の戦力だけでは、あの圧倒的な敵艦隊を壊滅させることは極めて難しいと言わざるを得ないだろう。だからこそ、ここで2399を使う。そして、2399から提供された未知の技術を転用し、軍艦を大量に生産する」
そのあまりにも唐突な提案に、傍らにいたセラが即座に鋭い視線を向けた。
「2399を使用するのは良いと思うわ。これほどの非常事態だしね……。けれど、2399から提供された技術を転用して軍艦を生産すること自体はいい案だと思うけど、一体そんな時間があるのかしら?」
敵はすぐ後ろに迫っており、瞬く間にウラニア本星へ到達するだろう。この極限の状況だからこそ、ゼロから軍艦を建造するような猶予など残されているはずがない。そうサーモンを問い詰めたセラの言葉は、司令室にいた誰もが抱いた当然の疑問だった。
しかし、サーモンは焦る様子もなく、冷徹なまでに落ち着いた声で答える。
「セラ、その点については何の問題もない。それは……あの隠された建造施設内は、こちら側の世界と比べて、時間の流れる速度が異常に遅いという『時空異常』が発生している空間だからな」
その衝撃的な発言に、すでに事情を把握していたエール以外の全員が、一瞬で深い驚きに包まれた。
にわかには信じがたいSFめいた事実に誰もが息を呑む中、シリウスが代表してサーモンに疑問を投げ掛けた。
「その施設内では、具体的にどれほどの時間が流れているんだ?」
「施設内では、こちら側の世界の『1日』が、あおよそ『1ヶ月』に相当する時間として経過しているよ。つまり、外の世界のわずか3時間であっても、施設内では3日と半日ほどの作業時間が確保できる計算になるな」
それを聞いて、一同の脳裏に電撃が走った。
2399がもたらす時空異常が、どれほど規格外のチート能力であるか、言葉にせずとも分かりきっていたからだ。その莫大な生産時間を活かすためにも、敗走中の前線艦隊がどれほどの時間を稼げるか、それこそがこれからの戦いにおける最大の争点になる。
「現在、中央評議会とルディア率いる我々の艦隊が必死の敗走を続け、月軌道まで撤退中だ。その状況を踏まえた上で、いま我々がやるべきことは一つだと思う!」
「そうね……月とその周辺宙域に強固な防衛機構を急ピッチで構築し、何としても敵艦隊を本星ウラニアに降下させないことだわ」
「その通りだ。残されたわずかな時間で、早急に頑強な防衛機構を構築する必要がある」
「ええ、それが最善ね。あと、中央評議会にもプライドを捨てて防衛機構の構築に全面協力するように公式に要請するべきね」
その後、アストレオンからの緊急要請を受けた中央評議会は、事態の深刻さにようやく首を縦に振った。アストレオンと中央評議会は共同で月に『最終防衛ライン』を設定。両国の持つすべての物資、人員、そしてドローンを動員して、月とその周辺に防衛機構の建設を驚異的なスピードで進めていった。
そしてこれと平行して、アストレオンの本国側では2399の力を発動し、猛追してくる敵艦隊の進軍を阻むための足止め工作を実行に移そうとしていた。
――――――――
話は、第5惑星からソラリオンの猛烈な追走を受けながらも、命からがらの撤退を続けているウラニア連合軍に移る――。
空間を激しく歪める短距離ワープを潜り抜けた先で、連合軍の目の前に現れたのは、第4惑星の雄大な姿だった。そこは、周囲に巨大で美しい光の環を纏った、ウラニア星糸において最大の質量と大きさを誇る圧倒的なガス惑星であった。
「現状の戦況を報告せよ」
アストレオン艦隊の総旗艦『アルカディア』の指揮席で、ルディアが鋭く声をかける。
「報告します! 現在も敵艦隊による激しい追走を受けておりましたが、我が方が事前に展開しておいたダミーの偽座標データにより、完全ではないですが……一時的に敵を撒くことに成功しました!」
「さらに、本国より緊急の通達が入電しています。これより、本国側にて2399による敵艦隊の足止めを決行する、とのことです……!」
「そうか……。だが、本国がどう動こうと我々のやるべきことは変わらん。全艦隊、ワープ機関が冷却を終えて再度使用可能になったその瞬間に、月軌道までジャンプするぞ」
ウラニア連合軍が使用しているのは、惑星間を辛うじて跳躍できる『短距離ワープ』と呼ばれる代物であった。だが、これには戦術上、致命的な欠点も存在する。それは、一度使用するとシステムへの過負荷を和らげるため、再度使用可能になるまでにおよそ2時間もの長時間を有する点であった。
インターバルの重苦しい時間が経過していく中、まさにその時だった。
「ルディア指令! 北東の方角から高エネルギー反応! 敵襲です!!」
「なにっ! ただちに全艦、北東方向に回頭しながら戦闘体制に移行せよ!」
ルディアの電撃的な号令と同時に、満身創痍のウラニア連合軍はボロボロの船体を北東へと向けながら、空間を裂いて現れた敵に向けて一斉に攻撃を開始した。
第5惑星で交戦した本隊の大艦隊に比べれば、今回の敵艦隊は数百隻ほどの規模に留まっていた。しかし、装甲を焼かれシールドも減退しているウラニア連合軍にとっては、それでもなお圧倒的に不利と言わざるを得ない絶望的な戦力差であった。
「ルディア指令! 現在はなんとか各艦のシールドを最大出力で回して砲撃を防ぎつつ、ジャミング等で敵の攻撃を妨害して辛うじて均衡状態を保っています! ――ですが、これも完全に時間の問題です!」
飛び交う激しいレーザーとプラズマの砲火の中で、ルディアは深く苦悩していた。
ここで防戦を諦めて撤退を選択すれば、この数百隻の敵追撃艦隊をそのまま無防備な本星ウラニアまで引き連れていく最悪の結果になる……。しかし、だからといってこの場に留まり、迎撃を継続したとしても、遠からず全軍がすり潰されて全滅してしまうだろう。
進むも地獄、退くも地獄。
極限の思考の果てに、ルディアの鋭い眼光が閃いた。
「…………全艦、陣形変更。中央の部隊は後方へ後退、左右の翼はそのまま前進せよ」
彼が選択したのは、全滅の危険を承知でこの場に踏みとどまる、迎撃の継続――それも、自軍の中央をあえて凹ませる、奇妙な変形陣形であった。
ソラリオンの追撃部隊の目には、連合軍の中央部分が戦圧に耐えかねて敗走を始めたように映ったのだろう。絶好の好機と見た敵艦隊は、ウラニアの防衛線を一気に中央から突き破ってすり潰すべく、一斉に速度を上げて前進を開始した。
この状況にあっても、数と火力はソラリオン側が圧倒的に優勢のままである。しかし、ルディアの罠に深々と誘い込まれた敵に対し、左右の翼から放たれる連合軍のクロスファイア(交差砲撃)が、少しずつ、だが確実に命中し始めていた。
けれど、その微かな戦果と引き換えにするように、ウラニア側の艦艇の累積損害は、ついに全体の4割から5割という破滅的な数字に到達しようとしていた――。
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