第一ウラニア会戦
月軌道周辺の宙域において、その異変は突如として訪れた。
暗黒空間に、目を覆うほどの目映い空間跳躍の光が無数に浮かび上がる。その数は100、500、1000……と、留まることを知らず爆発的に増加していった。
「っ!? 敵艦隊、月軌道上に出現! その数……約5000!?」
オペレーターの絶叫に近い報告が、アストレオン本国にある総司令部へと重く響き渡る。
2399を旗艦とした次元潜航艦隊が、通常であれば軍の壊滅に等しい1400隻という大損害を削り落としたというのに、ソラリオン帝国の本隊はなおも圧倒的な健在ぶりを見せつけていた。
アストレオン側が時空異常を利用して3日間で900隻を緊急就役させたとはいえ、敵は5倍以上の兵力。この宙域で正面からまともに激突したところで、勝ち目など万に一つもないのは明白であった。
だからこそ、ウラニア……アストレオンと中央評議会は、純粋な兵力差を上回る『戦術』をもってして、この理不尽な暴力を打ち破ろうとしていた。
再びウラニア連合軍の総司令官として全権を握ったルディアが、勝利を掴み取るべく即座に動く。
「左右の分隊に通達! 左右の分隊は大きく迂回しつつ敵艦隊の側面へ回り込め。そのまま包囲陣形へと移行せよ!」
ルディアの峻烈な号令を受け、左右それぞれ300隻を有する分隊が素早く動き始めた。まるで一つの巨大な意志を持つ生命体のように整然と一体化し、ソラリオンの側面へと滑り込むように回り込んでいく。
と同時に、左右の分隊に各30隻ほど配備されていた空母のカタパルトから、数え切れないほどの最新鋭艦載機群がこの宇宙へと飛翔していった。
しかし、ソラリオン側も愚かではない。包囲網が完成するよりも先に、圧倒的な数で連合軍の中央を力任せに突き破ろうと突き進んでくる。
――だが、その突撃の先には、計算し尽くされた密度の高い「地雷原」と、逃げ場のない「十字砲火」が待ち構えていた。
「敵艦隊、中央の進軍が停止! ……徐々に後退していきます!」
ウラニア連合軍の総旗艦『アルカディア』のブリッジに、オペレーターの高揚した声が響く。敷き詰められた大量の宇宙地雷と、射角を完全に計算されたクロスファイアが、ソラリオンの中央突破を見事に押し返したのだ。
だが、その戦果を前にしても、ルディアは安堵の表情は一切出来なかった。
次の瞬間、敵の側面へと迂回を完了していた左右の分隊が、後退を余儀なくされたソラリオンの脇腹に向けて、一斉に大型魚雷と光学兵器の連射を叩き込んだ。
視界を埋め尽くす光の束と爆炎。ソラリオンの軍艦が次々と大破し、無音の宇宙で激しい轟音の残像と共に粉々になって散っていく。
その圧巻の光景を目にした時、ルディア以外の将兵……特に今まで負け続けていた中央評議会の者たちは、ついに「勝利」の予感に沸き立っていた。
……けれど、これほどの壊滅的打撃を受けてなお、5000隻という規格外の規模を有するソラリオンは甘くはなかった。
「……いや、敵の全戦力はほとんど減っていない! 我々が今の奇襲で叩き出した損害など……奴ら自身にとっては、まだ許容範囲内ということだ!」
ルディアが覚えた戦慄は、すぐさま最悪の形で現実のものとなる――。
「! 敵艦隊……前面の全火門を開放! 一斉攻撃……来ます!!」
オペレーターの叫びとほぼ同時に、ウラニア連合軍に所属するすべての艦艇のメインスクリーンが、視界を焼き尽くすほどの強烈な光で真っ白に染まった。
5000隻の巨大艦隊から解き放たれた、文字通り星をも砕く圧倒的な物量攻撃。それを真正面から喰らった連合軍中央の艦隊は、一瞬で宇宙の塵へと変わる――ソラリオン側の誰もが、自らの勝利を確信していた。
――だが。その予想が現実になることは、遂に訪れなかったのである。
「……全艦、歪曲反転展開」
ルディアの静かな命令と同時に、アストレオンにて新たに建造されたすべての新造艦が、一斉に半透明な幾何学模様の特殊シールドを展開した。
次の瞬間、世界の理を覆す光景が巻き起こる。
ソラリオン軍が解き放った絶大なる一斉攻撃が、まるで巨大な鏡に反射したかのように、その弾道と軌道を180度……完璧に反転させたのだ。
「――なっ!?」
反転した自らの猛絶な攻撃は、そのまま一つの巨大な光の塊となり、密集陣形を組んでいたソラリオン先頭部隊の胸元へと突き刺さった。自軍の火力が自軍を焼き尽くし、隣接する味方艦を次々と巻き込みながら、広大な宙域で連鎖爆発の地獄絵図を作り出していく。
この予期せぬ超現象によって生じた敵側の致命的な大混乱を、冷徹な戦術家であるルディアが逃すはずがなかった。
「アトランティス級……前進! 空間斥力収束砲……撃てっ!!」
艦隊の中央から、異彩を放つ300隻のアトランティス級量産型戦艦が堂々と前進してくる。
その主砲の砲口から放たれたのは、熱も音も衝撃すらも感じさせない、蒼く細く研ぎ澄まされた冷酷な一閃だった。
しかし、その蒼い光線がソラリオン艦の装甲をかすめた瞬間――強固なシールドと誇り高き複合装甲が、まるで熱したナイフで豆腐を削ぎ落とすかのように、瞬時に削りとられて消滅していった。
あらゆる物質を強制的に引き離す「斥力」の絶対的な前では、ソラリオンの誇る物理装甲もエネルギー障壁も何の意味も成さない。圧倒的に冷酷で、一方的な消滅の光景が戦場全体を支配していった。
「敵艦隊、損害率35%を突破! ……なおも損害率は上昇中!」
「! 敵艦隊、艦首を翻していきます! ……反転、離脱していきます! 我々の……我々の勝利です!!」
オペレーターの破顔した歓喜の声が、ブリッジ内に鳴り響く。
絶望的であったウラニアの命運を賭けたこの月軌道決戦。敵はアストレオンの……いや、2399のもたらしたロスト・テクノロジーの前に完全な敗北を喫し、敗走に等しい撤退という最大の屈辱を選び、去っていくのだった――。
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