みどり
私は姉の事が好きではあるんですが、子供の頃から気味悪いと思っていました。
思っちゃいけない。
そんなこと思っちゃいけないってわかってるんだけど、ついつい姉のことを心から信じることはできませんでした。
一番不思議なのは、子供の頃の記憶がありません。
姉との記憶は姉が中学生くらいだから、私が小学校、高学年くらいです。
それからは一緒に遊んだ思い出はあるんですが、それ以前の記憶がありません。
そのことを深く考えようとすると、とても息苦しくなって、頭が痛くなるので、それ以上は深く考えませんし、この不信感を誰にも話したことはありません。
父や母はそのことに対して何とも思っていないのでしょうか?
だって、家には姉の小学校時代の写真もないし、卒業文集……。
頭が痛い。
深く考えようとすればするほど頭が痛くなります。
考えないと痛みが治まるのでこれ以上、考えません。
ただ、姉を気味悪いと思うだけでは頭が痛くなることはないのです。
本当に、姉が小さい頃から一緒だったかを考えると、頭も胸も苦しくなるのです。
だから、姉はずっと一緒だったと思う事にしました。
それを考えないでいると、平和に過ごせます。
いくつか気味の悪いところを除けば、優しい姉です。
いろいろあって、今は母、私、姉夫婦とその子供のかつき、まだ赤ちゃんですがみんな一緒に暮らしています。
姉の友達一家が前に住んでいて、新しい家を建てたので、その古い家を安く借りました。トイレも汲み取り式で造りも古いけれど、部屋もたくさんあって、広い家です。
姉一家は2階に住んでいて、私と母は1階の部屋を使っています。
縁側がすごく長くて、漫画に出てくるような雰囲気です。
そこに義兄のアパートから連れてきたハムスターが2匹かごに入って飼っているのですが、最初の頃は普通に、世話していました。義兄は可愛がるだけで何もせず、小屋の掃除や餌は姉がやっていました。
私が気付いたのは、2匹がケンカたびたびケンカしてるのを見たり、なんか、だんだん痩せて、凶暴になっているような気がして、姉に注意したのです。
もしかしたら餌あげてないんじゃないかと思って……。
「いいのよ!!ほっといて!!」
その時はすごい剣幕で怒られました。
私が餌をあげようとすると、「余計なことしないで!!」と叩かれました。
案の定、最後は共食いして、どちらも死んでしまったのですが、それを知って、処理する時の表情が妙に満足げだったことが思い出されます。
それは最近のことだったけど、前に実家で飼ってた柴犬も、病死とかではなく、事故死でした。
もう老犬だったけど、そんなに体力がなかったわけでもないのに、犬が用水路に落ちて死ぬなんてあるものなのでしょうか?
今は、パピヨンを飼っているのですが、この犬も最後は変な死に方をしてしまうのかしら、と思ったらぞっとしてしまいます。
中学生の頃、姉は私に変なことを言いました。
姉は高校生でしたが、その時に付き合ってた、カズ君……家が火葬場ということもあって苛められていた、町ではそういう意味で有名だった人なんですが、その人を誘惑してほしいと言われました。
中学2年の私にそんなこと言うなんておかしいでしょ。
その時、付き合ってる人はいなかったけど、まだ、キスも経験してなかったのに、自分の彼氏と寝てほしいとまで言われました。
もちろん断ったけど、何を考えているのかしらと不審に思いました。
一番、気味が悪い所は、どこで手に入れたのかわからないけど、日本刀のような物を持っていることです。
実家にいる時はまだ子供だったのでわかりませんでしたが、今の家に住む前、市営住宅で姉と一緒の部屋で寝ていました。
机とか共同で使うものもありましたし、押入れみたいに、上の段は私、下の段は姉と決めたりもしていました。
姉がいないときに、ふと気になったのが、古びた細長い箱でした。
風呂敷に包まれてたのですが、何かの拍子にほどけたのでしょう、角の部分から、何か文字が書いてある部分まで剥き出しになっていました。
桐・・・っていうのかしら、そういう素材のような気がしましたが、あまりにもボロボロで、文字もかすれて読めませんでした。
「天・・・」何とかと書いてありましたが、文字も昔の文字で、黴なのか何なのかわからないべっとりとした、どす黒い染みが覆っていたのでよくわかりませんでした。
ただ、すごく気になったので、しっかりと縛られた紐を、「また、同じように結べるかしら」と不安に思いながらもほどいたのでした。
中から出て来たのは、日本刀……なのかそういう知識に乏しいのですが、とりあえず刀だということは認識できました。
赤黒く煤けた鞘に納まっていました。
ただ、テレビとかうろ覚えの記憶などで認識している日本刀よりも、少し短いような気もしましたが、そこの部分はよくわからないまま、鞘から抜いてみると、手入れされいてる光を放った、それでいてぬめっとした刀身が出てきました。
恐る恐る触れてみると、やはり、吸いつくような……上質の漆塗りのような感触がしましたが、これはやはり刀なんだなと思いました。
全部、抜いてみる勇気はなかったので、怖くなってそのまましまいました。
風呂敷はちゃんと結んでおいたほうがいいかどうか迷った末、あいまいに被せるだけにしておきました。
どうして姉がこんなものを大切に持っているのか……。
実家にいる時も持っていたのだろうか。
私は恐ろしくなりました。
オブジェにしても骨董品にしても若い女性がコレクションするようなものでもなく、何となく、先祖代々、伝わっているような雰囲気がありました。
だとすると、お父さん?
死んだおじいちゃん?
誰からもそんな話を聞いたことがなかったので、不安と不審は募るばかりでした。
そのあと、姉から、「ねえ、みどり、押入れの私のところ触らなかった?」と言われましたが、必死になって言いわけやら言い逃れやらわからないような答えをしたと思いますが、どういう会話になったか、忘れてしまいました。
その時、姉の目が光っていたような気がします。
それでも、うまくかどうかはわからないけれど、本当のことは言わなかったような気がします。多分、最後の風呂敷の被せ方が、姉に不信感を与えたのだと思います。
実は、その時、学区内で犬や猫が首を切り落とされる事件が相次いでいました。
首だけでなく手足もです。
それが鋭利で大きな刃物で一気に……というような報道だったので、刀を見た時に言い知れぬ恐怖を感じてしまっただけなのです。
今、考えるとあれほど怖がる必要はなかった……とも思います。
ただ、姉の蛇が蛙を睨むような問い詰めに、心が折れそうになりましたが、なんとか隠し通しました。
その時から、私に何か不審なことがあるたびに、「嘘つくと、祟られるよ」と言われました。
何に祟られると言うのでしょう。
その時だけなら聞き間違いかもしれませんが、その後も同じことを言われるので、聞き間違いではないようです。
「蛇姫に!!」
蛇姫ってなんでしょうか……。
ご先祖様でもなければ、町の神様などでもありません。
そんな生き物か神様がいるのかわからないけれど、「蛇姫」です。
姉の考えていることがあまり理解できないながらも、こうして一緒に暮らしています。
義兄は浮気癖や借金があるため、必ずしも姉の結婚生活は幸せなものとは思えません。
仕事に出て行って、平気で近くのパチンコ屋で遊んでいるような義兄です。
私の眼から見ても、元々、父や母が反対していたのが正しいと思える結婚生活だと思いました。
でも姉は、何でこんな人を愛してるのだろうと思えるくらい、そんな義兄に寛大で、献身的に世話をしていました。
やっぱり、子供のため?
私も子供ができたらそうなるのでしょうか。
もうすぐ3歳になるだろう(かつき)を見ていると、確かに可愛いです。
これが自分の子だったら、たとえどんなことがあっても守りたいと思うでしょう。
かつきのために姉は結婚生活を送っているのでしょうか?
かつきと言えば、もっと気味の悪いことが最近、姉の行動にありました。
義兄の帰りが遅い時、私や母がかつきをお風呂に入れたりします。姉は、風呂から上がったかつきのケアをします。身体を拭いて、ローションやパウダーできれいにするのですが、その時に、お風呂の横の部屋にバスタオルが敷かれてあって、その場所でケアするのですが、古い家なので引き戸を閉めていても声漏れてきます。
その時の姉の言葉というか……会話というか……とても赤ちゃんと言ってもいいほどの息子にかける言葉ではないのです。
私が風呂に入っている時から、おかしな内容だったので、引き戸に近づいて聞き耳をたてました。
「愛してる」
「キスしてもいい?」
そこまでは多少の違和感はあっても、まだ、変ではなかったのですが……。
「次に会えるのは何十年後かしら?」
「次はどこに行けばいいの?でも段々、近づいているわね」
「もうすぐ……お別れ」
内容もおかしいし、イントネーションも子供ではなく、恋人に話すような……。
私はぞっとしました。
声が低くこもっていて、いつもの姉の声ではないような気がしたのです。
前からそうだったら話は別なのですが、ここ最近、急になったのです。
義兄が出張で東京に行くことになり、今は女三人とかつきだけで暮らしています。
正月に義兄が少しだけ帰ってきて、3月には富山に帰ってこれそうだと言っていました。今は1月中旬。記憶が正しければ12月に入ってから、姉のかつきに対する言動がおかしくなったと思います。
一度、こっそり覗いたことがあります。
怖くなったので、あれ以来、もう二度と覗こうとは思いません。
引き戸がたまたま少しだけ開いていたのです。
私は恐る恐る覗いて、瞳をこらしました。
姉は……。
かつきに話しかけているのではなく、かつきの足に話しかけていました。
足!!
私はどういうことか理解することができず、頭がぐるぐると回って、立ちくらみのようになりましたが、ここで倒れたら姉に気づかれる。
姉に気づかれたら、何をされるかわからない。
蛇姫の祟りにあうかもしれない……。
祟り? 蛇姫?
どうして私の脳裏に、そんな単語がへばりついていたのでしょう?
普段の生活では、微塵もなかったのに。
祟られるってどういうことでしょう。
夢の中にいるような気分で、私は逃げて逃げて、でも足に何かが絡まって動かない。もつれてもつれて、追い詰められて、最後はあの……昔、姉の荷物で見た、今のこの家のどこかにあるかもしれない刀で、首から切られて、鮮血を流すのだ。
そこで、はっと我に返り、気持も態勢、必死で持ち直しました。
そしてもう少し姉を観察しました。
姉の眼は見えませんでしたが、口元は見えました。
笑った口がひきつったようになっていて、なんだかぬめぬめとしていました。
かつきは姉の顔を見ているようですが、姉は視線を下に落とし、かつきの左足に向かってしゃべっていました。
その内容は、先に述べた通りですが、その行動!
姉はかつきの左足に頬ずりして、その蛇のように割れて見えた唇を押しあて、時々舌をだすようなキスをしていたのです。
左足というのは大きな意味での表現で、実際は、左足の甲でした。
そこはかつきが前に、スープをこぼしたところで、火傷になった場所で、風呂に入る時はビニール袋を被せてるのですが、普段は包帯を巻いています。
当然、風呂あがりなので、今から包帯を巻くものだと思っていました。
しかし、姉は、またたびに酔っている猫のように、かつきの左足に頬ずりをし、舐めているのです。
口が裂けているように見えたのも、下が蛇のように見えたのも、その雰囲気が私の脳に変な液体を分泌して、そのように錯覚させたのでしょう。
嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!
目の前の現実が信じられませんでした。
必死に嘘だと思おうとしたけれども、いつまでたってもその光景は消えません。
姉はかつきの左足と愛し合って、会話をしているのです。
ただ、私の耳には左足の声は聞こえてこないので、やはり姉の気が狂ってしまったということなのでしょうか?
そもそもあの時、姉に本当に気付かれていなかった?
最近、眠るのが怖いのです。
私の部屋は、長い縁側に近いのですが、寝ていると、その縁側を何かが這って近づいてくる気配と、音が微かに聞こえてくるので。
あれは……蛇?




