↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『冥界総合受付課―四人のババアと、川の向こうの大問題』  作者: 東曌


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/10

第五話 保守点検担当者採用、死んでも人手不足

第五話 保守点検担当者採用、死んでも人手不足



「採用できました!」


冥界総合受付課の会議室に、庶務担当の声が響いた。


孟婆は、飲みかけのお茶を置いた。


奪衣婆は、探していた靴から顔を上げた。


マテルダは、手帳を閉じた。


リリスは、椅子から立ち上がった。


「……本当ですか?」


「本当です!」


庶務担当は、机の上に採用決定通知書を並べた。


「天界の交通管理部門から紹介を受けた方、それから、生前に車両整備や電気設備の保守に携わっていた方々です。必要な経験や技能を確認したうえで、担当者を確保できました」


「何人?」


孟婆が尋ねる。


「必要な業務を担当できる人数です!」


「具体的には?」


「担当業務ごとに配置しました!」


「だから、何人なんだい?」


「孟婆様!」


庶務担当は、深呼吸した。


「人数を読み上げる前に、まず役割を確認させてください!」


リリスが、にっこり笑った。


「いいですね。採用した人が何をするのか、明確にしておきましょう」


庶務担当は、壁に新しい紙を貼った。


**『冥界モノレール運行体制・最終案』**


車両と走行設備の点検。


電気設備の点検。


駅設備と乗降場所の確認。


運行管理と異常時の連絡。


そして、乗客の案内と安全確認。


それぞれに担当者が割り当てられていた。


「車両と設備については、必要な検査と修繕を実施しました。運行に必要な点検記録も整えています。運行責任者が確認し、問題がないことを確認できた範囲で、明日の開業に向けた準備を進めます」


マテルダがうなずいた。


「これで、車両を整備する人がいないという問題は解決ですね」


「はい」


庶務担当は、少し誇らしげに答えた。


「ただし、今後も定期的な点検と整備は必要です。開業したら終わり、というわけではありません」


「そうですね」


リリスは、採用決定通知書を手に取った。


「採用された方々の勤務時間、休日、緊急時の対応も決めてありますね?」


「もちろんです!」


「夜間に故障したら?」


「担当者を呼び出す条件と連絡手順を定めました。無制限に働かせることはありません」


「休日に呼び出す場合は?」


「勤務規程に従って対応します」


リリスは、満足そうにうなずいた。


「よろしい。死んでいるからといって、労働条件まで消えるわけではありませんからね」


孟婆が、感心したように言った。


「いやあ、立派なもんだねえ」


奪衣婆が、ぽつりとつぶやく。


「でも、あたしの靴は、まだ見つかっていないんだけどねえ」


「それは、モノレールの採用とは関係ありません!」


庶務担当の声が、再び会議室に響いた。


「関係ないことはないよ。開業式に履いていく靴がないんだから」


「新しい靴を用意してください!」


「亡者の靴を管理するのが、あたしの仕事なんだよ。自分の靴がなくなるなんて、面目丸つぶれじゃないか」


「では、あとで一緒に探しましょう!」


庶務担当は、議事録に小さく書き込んだ。


『奪衣婆の靴の件。開業準備とは別に対応』


リリスが、それを見た。


「その項目、独立させたほうがよくありませんか?」


「これ以上、議題を増やさないでください!」


会議室に、笑い声が広がった。


久しぶりに、誰も怒っていなかった。


少なくとも、三十秒ほどは。


「では、次です」


リリスが書類をめくった。


「運転手と獄卒の配置を確認しましょう」


白雲は、すでに会議室の隅に立っていた。


天界の交通管理部門で、長年、天界循環線を運転してきた候補者である。


「運行手順と担当区間の確認は終わりました。明日の運行に向けた準備は整っています」


「飲酒チェックは?」


リリスが尋ねる。


「専用機器による確認を、出勤時に実施します」


白雲は、きっぱり答えた。


「私自身も、獄卒の皆さんも同じです。確認結果は記録し、異常があれば勤務につきません。機器に不具合があった場合も、定められた手順に従います」


「よろしい」


リリスはうなずいた。


「桃源郷の滝から流れてくる銘酒は、勤務が終わってから。休憩施設で、勤務前に飲むことも、勤務中に飲むことも認めません」


獄卒の一人が、少しだけ肩を落とした。


「……わかっています」


「本当に?」


「本当です!」


「なら、よろしい」


孟婆が、獄卒たちに笑いかけた。


「仕事が終わったら、おいしいお酒が待っているよ。楽しみは、あとに取っておくもんさ」


獄卒たちは、そろってうなずいた。


庶務担当は、配置表を確認した。


一人目は、乗車券と案内の確認。


二人目は、乗客同士の争いの防止と安全管理。


三人目は、苦情への対応。


四人目は、運転手の安全確保と運行補助。


「これで、乗務体制も整いました」


マテルダが言った。


「残るのは、乗車資格の確認ですね」


庶務担当は、次の書類を取り出した。


**『浄玻璃鏡・乗車審査運用手順』**


「天国側からの乗客は、乗り口で浄玻璃鏡のミラーリングを受けます。善行ポイントが十点以上なら乗車可能。十点未満の場合は、徒歩ルートをご案内します」


「桃源郷との電力供給契約に関わる条件ですね」


リリスが確認した。


「はい。格安で水力発電の電力を融通していただくための、天国側の乗客に関する必須条件です」


「地獄側の乗客に、同じ条件を勝手に適用することはありません」


「そのとおりです」


庶務担当は、乗車審査の表示板を取り出した。


そこには、簡潔に書かれていた。


**天国川ルート**


**善行ポイント十点以上――乗車できます。**


**十点未満――徒歩ルートをご利用ください。**


孟婆は、表示板を見て笑った。


「わかりやすいねえ」


奪衣婆が、首を傾げる。


「十点に届かなかったら、歩くのかい?」


「そうです」


「途中で疲れたら?」


「休憩所をご利用いただきます」


「休憩所が遠かったら?」


庶務担当は、ゆっくりと孟婆を見た。


「……孟婆様」


「なんだい?」


「今は、そこまで話を広げないでください」


「はいはい」


マテルダは、笑いをこらえながら、最後の書類を机に置いた。


「では、地獄酒場との広告契約は?」


庶務担当の表情が、ようやく明るくなった。


「成立しました!」


「おお!」


「車体ラッピングの広告費について、契約条件がまとまりました。掲出期間、広告内容、支払い方法も確定しています。広告費は、運行費用の一部に充てます」


リリスが、広告のデザイン案を広げた。


モノレールの車体には、地獄酒場の大きな文字。


その下に、赤い提灯の絵。


そして、目を引く宣伝文句。


**『地獄酒場――あの世の一杯、帰りの足もご用意します。』**


孟婆は、声を上げて笑った。


「こりゃ、いいねえ!」


奪衣婆も、うなずいた。


「お酒を飲んだら、帰りの足まであるのかい。親切な店だねえ」


リリスが、すぐに釘を刺した。


「ただし、運転手は飲みません。勤務前の飲酒も、勤務中の飲酒も禁止です」


「わかっているよ!」


孟婆は、まだ笑っていた。


「広告は酒を勧め、規程は飲酒を止める。冥界らしくていいじゃないか」


庶務担当は、契約書をファイルに綴じた。


電力供給の条件。


車両と設備の点検。


保守点検担当者の採用。


運転手と獄卒の配置。


飲酒チェックの手順。


浄玻璃鏡による乗車審査。


地獄酒場の広告契約。


一つずつ、問題が片づいていた。


庶務担当は、書類の束を机に置き、深く息を吐いた。


「……これで、開業に必要な準備は整いました」


四人は、顔を見合わせた。


孟婆が、そっと尋ねる。


「じゃあ、明日は?」


庶務担当は、開業予定表を取り出した。


「明日、最終確認を行います。運行責任者が安全上の問題がないことを確認できれば、予定どおり開業式を実施します」


マテルダは、手帳を閉じた。


「では、十王の皆様にもご連絡を」


奪衣婆が、勢いよく立ち上がった。


「待ちな! 開業式なら、あたしの靴が必要だよ!」


「だから、靴の件は別です!」


「別じゃないよ! 開業式に裸足で出ろっていうのかい!」


「新しい靴を用意します!」


「最初から、そう言えばいいんだよ」


庶務担当は、机に突っ伏した。


リリスは、その背中を軽くたたいた。


「お疲れさまでした。今日は、もう帰って休んでください」


「……本当に、帰っていいんですか?」


「もちろんです」


「夜間の緊急対応は?」


「担当者を決めてあります」


「明日の朝の飲酒チェックは?」


「白雲と獄卒たちが、専用機器で実施します」


「乗車審査の表示板は?」


「設置済みです」


「広告のラッピングは?」


「車体への施工が完了し、確認も済んでいます」


庶務担当は、ゆっくりと顔を上げた。


「……本当に?」


リリスは、微笑んだ。


「本当に」


庶務担当は、立ち上がった。


そして、会議室の扉へ向かいながら、ぽつりと言った。


「明日で終わるんですね……」


孟婆が、にっこり笑った。


「そうさ。明日はいよいよ、開業式だよ」


奪衣婆が、新しい靴を抱えて立ち上がった。


「よし! 明日は遅刻しないように、早めに出るよ!」


マテルダは、十王への招待状を手に取った。


リリスは、開業式の進行表を確認した。


そして庶務担当は、最後にもう一度、書類の束を確かめた。


すべて、そろっている。


車両もある。


運転手もいる。


獄卒もいる。


保守点検担当者もいる。


電力も、広告費も、乗車資格の確認手順もある。


あとは、明日を待つだけだった。


会議室の壁には、開業予定表が貼られていた。


その最下段には、大きな文字でこう書かれていた。


**『第六話・最終話――冥界モノレール開業式』**


庶務担当は、その文字を見つめた。


そして、誰にも聞こえない声でつぶやいた。


「……明日こそ、定時で帰れますように」


冥界総合受付課の窓の向こうでは、川が静かに流れていた。


明日、モノレールが走り出す。


天国川の向こうへ。


そして、まだ誰も知らない、次の仕事の向こうへ。


ただし。


開業式の進行表には、すでに『奪衣婆の靴の確認』という項目が追加されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。