第42話 落日の王冠、静かなる排斥
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半ば崩壊したルベリオン王城のなかにあって、奇跡的に無傷のまま残されていたのは、扇状に席が配置された広大な大会議室だった。
かつては傲慢な血統主義を掲げる王族や貴族たちが大声を張り上げていたその部屋に、今は死のような静寂が横たわっている。
議員側の席には、ルベリオンの国王、王妃、第一王子、そして第二王女が並んで腰掛けていた。数日前の侵略の火の手を浴びたボロボロの衣服のまま、その顔は一様に泥と恐怖で青ざめている。誰も剣を握ろうとはせず、抵抗の意志など疾くに喪失していることは明白だった。
対する円壇の中央には、漆黒の軍服を纏ったアルチュールと、その隣に座るブランシュの姿があった。
全裸にマント一枚だったブランシュには、急ぎ帝国の衣装が用意され、公式行事として参加出来る装いを整えて会議に臨んでいた。
純白の髪は陽光を浴びて静かに輝き、隣を支える漆黒の主君と美しく並び立っている。
この会議は、戦争の終戦合意に向けた事後処理のための交渉の場である。決して帝国が王国へ一方的に私刑を下す場ではない。だが、席に座る最高責任者たちの「格」の違いは、部屋を満たす空気の重さだけで誰もが理解できた。
中央の演壇に立ち、議長を務めるのは、帝国の有能な外務大臣ルイ・ベルナールだった。彼は手元の書類へ視線を落としたまま、冷徹な声を響かせる 。
「――それではこれより、ルベリオン王国とヴァランシエンヌ帝国との終戦合意に向けた和平交渉会議を開始いたします。まず、この度の開戦に至る経緯について、私ヴァランシエンヌ帝国外務大臣ルイ・ベルナールよりご説明させていただきます。そののち、内容に訂正や異議があった場合、ルベリオン王国国務長官ジュリアン・デュポン殿より申し上げて頂きます」
ルイは淡々と、機械のように事実のみを読み上げていく。
「ことの起こりは、本日より十六日前。ルベリオン王国王家直属の特務工作員の男――この男には国家的な戸籍が存在しませんでしたので、本議事録においては『エックス』と称して進めます。このエックスが帝国内へ不法侵入し、我が国の至宝であるブランシュ=リリ・ド・ローザン皇妃殿下を拉致。この際、本館の侍女および医官の二名を殺害し、五十三名の皇城関係者へ重軽傷、並びに精神的苦痛を負わせました。これを受け、我がヴァランシエンヌ帝国は王国側に戦争の意志ありと判断し、公式な宣戦布告を行い開戦に至りました。……ここまでで、王国側より訂正等はありますか」
指名されたルベリオンの国務長官、ジュリアン・デュポンは、自国の王族たちが青ざめて震えるのを一瞥もせず、冷静に、即座に答えた。
「――ありません」
「では、続けます。以上の経緯から、本戦における全責任は王国側にあるものと規定いたします。皇族の拉致殺害未遂、および二名の意図的な殺人、その他殺人未遂を行った罪人エックスを帝国法に則り処刑。さらに、王国へは戦争賠償金として『金貨一千万枚』の請求を求めます。異論はございますか」
「ありません」
「それでは、ここに国家間の合意を承認したとし、ルベリオン王国国王ピエール・ド・ローザン、ヴァランシエンヌ帝国皇帝アルチュール・ノワール・ド・ヴァランシエンヌ、両名より調印、署名を頂きます」
静まり返った会議室に、上質な紙の上を羽ペンが鋭く走る音だけが響いた。
ガリガリ、というペンの音。そして、国家の印章が捺される重い音が二回、室内に虚しく鳴り響く。
ルイ・ベルナールは表情一つ変えずに書類をめくり、次へと進めた。
「これで両国の『終戦合意』を正式に締結いたします。……続けて、今後の『和平交渉』へと移ります。我が帝国の主張といたしまして――ひとつ、国家の合併。ひとつ、ルベリオン全軍の解体。ひとつ、政治体制の完全なる見直し。……以上三点です。異論はありますか」
「……ありません」
国務長官ジュリアンの声に、ルベリオンの国王がはくと息を詰まらせ、第一王子が絶望に唇を噛み切った。国家の消滅。それを、彼らはただ座って見届けることしか許されない。
「それでは、ルベリオン王国は今日この時をもってヴァランシエンヌ帝国の直轄地であるとし、そのすべての統治権はアルチュール・ノワール・ド・ヴァランシエンヌ皇帝陛下の元へと帰属いたします。これにて、国家間の和平交渉を終了いたします」
ルイは流れるような手際で書類をまとめると、冷淡に視線を動かした。
「これより、元ルベリオン王国国務長官ジュリアン・デュポンより、元王家における個人賠償金の支払い手続き、および財産分与についての協議へと移ります――」
淡々と、冷酷に続いていく会議。
ルベリオン王家が隠し持っていたすべての私財、隠し資産、宝飾品。それらを残さずすべて没収し、計算を弾き出した結果――それは、帝国から請求された『金貨一千万枚』と、寸分の狂いもなくぴったりと同じ額であった。
偶然ではない。帝国は、彼らの財産のすべてを最初から正確に調べ上げ、その上で「すべての剥奪」を法的に執行したのだ。
賠償金の支払いの対価として、元王家はその地位を永久に返上。さらに、彼らの失策によって家を潰されることを恐れた国内の貴族たちからも、猛烈な糾弾の末に爵位の剥奪を求められた。
処刑されることすらなく。彼らはただの「無力な平民」として、着の身着のまま、ルベリオンの市井へと放り出されることとなった。
より黒く、より強い魔力を持つことだけが正義だと信じ、それを持たないブランシュを人間以下に虐げてきた、歪んだ血統主義の王族たち。
その髪の黒さという彼らのアイデンティティそのものを、圧倒的な「法」と「力」によって全否定され、彼らはただの人として、歴史の表舞台から淡々と消し去られていった。
かつての国王や王子の身勝手な行いのせいで完全な敗戦国となったこと、そして、あれほど自分たち平民を馬鹿にしていた支配層が、一瞬にして同じ平民の身分へと無様に転落したこと――。その王家の無様な末路は、飢えに苦しんでいた元王国の民たちの間で、格好の口慰みや、積年の怒りのはけ口として激しく流布された。
一方で、かつて「無能」と虐げられ、輿入れの日に泥を投げつけたはずの白髪の王女、ブランシュの存在については、民たちは激しい恐怖と共に口を噤んだ。
あの大人しかった少女が、今や帝国の唯一の皇妃であり、彼女を奪われた死神が国を一つ滅ぼしにやってきたというあまりの現実。下手に噂を立てれば今度こそ自分たちも皆殺しにされるのではないかという『触らぬ神に祟りなし』の心理から、民たちの間では腫れ物に触れるような、恐る恐る静観する空気が漂っていた。
元王家への凄まじい嘲笑と、帝国への底知れない畏怖。それらの喧騒は、帝国の容赦のない迅速な統治の前に、驚くほどの速さで沈静化していった。
やがて、明日の暮らしに追われる民たちの間で、元王家について語る者は、もう誰も居なくなったのだった。
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