第41話 わたしを見つけてくれたあなたへ
数ある作品の中からちらりと覗いてくださりありがとうございます。
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城を崩壊させていた激しい轟音と暴風のさなか。
けれど、深く唇を重ね合わせた二人の周囲だけは、まるで時が止まったかのような、絶対的な無音の世界が広がっていた。
次の瞬間、それまで四方八方へと無差別に荒れ狂い、世界を焦土へ変えようとしていた漆黒の魔力が、突如として風向きを変えた。
凄まじい密度の闇の奔流が、すべてを吸い込む純白の渦――ブランシュの身体へと向かって、吸い込まれるようにして激しく流れ込んでいく。アルトの命を灼いていた莫大な苦痛の澱を、彼女の『空っぽの器』が、一滴も残さず引き受けていく。
やがて、城を包んでいたすべての黒い力がブランシュの元へと吸い尽くされたその後。
ブランシュは、重ねていた唇をゆっくりと名残惜しそうに離した。
まさに、ほんの一瞬の、瞬きを交わす間だった。
アルトの双眸は、狂気に染まっていた悍ましい赤と漆黒から、元の、鮮やかで深い夜色の黒目と清らかな白目へと、嘘のように綺麗に戻っていた。
その視線は、先ほどまでの虚無とは違い、はっきりと目の前にいるブランシュの姿だけを捉えている。
「あぁ……、ブランシュ…………っ」
掠れた、けれど確かに正気を取り戻したその愛おしい呟きを耳にして、ブランシュはまた、幸福に満ちた笑顔をふわりと咲かせた。そのまま、アルチュールの重厚な甲冑の胸元へと、自らの頬をそっと寄せる。
アルチュールは、返り血や泥で無残に汚れた甲冑の冷たさも忘れ、ただひたすらに、力の限りブランシュの身体をその腕で抱きしめた。
二人の間に一片の隙間すらも残さないように、ぴったりと寄り添い合う。彼女を二度と手放さないと誓うように、会えなかった僅かな期間の孤独をすべて埋め尽くすような、狂おしいほどに強い抱擁だった。
「……ふふっ、……陛下、苦しいですわ」
すっかり安心と幸せに染まった声で、鈴を転がすように小さく笑うブランシュ。その愛らしい声に、アルチュールはハッとして、慌てて腕の力を緩めた。
だが、腕を緩め、ブランシュの姿を改めて視界に入れた瞬間――アルチュールは、再び彫刻のように固まってしまった。
ブランシュも、その彼の視線の意味にようやく気がついた。
熱が引き、我に返ってみれば、今の自分は服の一切を身に纏っていない姿なのだ。ブランシュは一瞬で顔を真っ赤に染めると、慌ててアルチュールの膝の上で自らの両足を折り畳み、少しでも小さくなって身体を隠そうと身を縮めた。
「やっ……、見ないでくださいませ……っ!」
だが、アルチュールはその一糸纏わぬ真珠のような美しい肢体を見逃すまいと、目を皿のようにして、視線を頑なに動かそうとしなかった。しかし、視線は決して外さぬまま、その手つきだけは驚くほど素早かった。自らの背に施されていた黒いマントを、引きちぎるほどの勢いで乱暴に剥ぎ取る。
そして、その埃まみれの黒い布を、ブランシュの身体を優しく包み込むようにして、幾重にも大切に巻き付けた。
黒いマントに包まれる際、ブランシュの髪が、はらりと布の表面に覆いかぶさるようにして零れた。
アルチュールは無骨なガントレットをその手から外し、素手で彼女の髪をそっと優しく梳き上げる。
だが、その指先に触れたブランシュの髪は――今や、彼のマントと寸分違わぬ、深い、深い『黒い色』へと完全に染まり変わっていた。
「……身体の中が、また痛むのではないか。……これほどの黒だ」
アルチュールは痛々しそうに眉をひそめ、彼女の身体を案じた。これほどの魔力を一度に取り込んで、彼女の小さな器が壊れてしまっていないか、と。
けれど、ブランシュはどこまでも穏やかに首を振った。
「それが……おそらくなのですが、大丈夫なのです。……陛下、すみませんが、この縄を、切ってくださいますか?」
アルチュールはその言葉を受け、腰に佩いていた漆黒の剣を静かに引き抜いた。刃を軽く縄の繊維に当てると、それだけで頑丈な紐は一瞬で断ち切られ、ブランシュの両の手は、数日ぶりに完全な自由を取り戻した。
ブランシュは、まだ傷の痛む足で床に手を突き、ゆっくりと立ち上がろうとする。アルチュールはすぐさまその大きな手を差し出し、彼女の華奢な身体をそっと支えた。
立ち上がったブランシュは、自らの片手を、破壊され剥き出しになったルベリオンの空へと真っ直ぐに向けた。
「『お互いに、祝福を受けた者は、それを持たざる者へ捧げ合う』……」
ぽつり、と。マルタから授かった、あの大切な聖典の言葉を紡ぐ。
彼女がそう呟いた、次の瞬間だった。
ブランシュの指先から、まるで雪のような、真珠の輝きのような、眩く美しい光の粒が無数に、天へ向かって静かに上り始めた。
それはアルチュールから吸い上げた強すぎる破壊の魔力を、彼女の器の中で優しい『世界の祝福』へと調律し、大自然へと還していく奇跡の光だった。
それと同時に、すべて真っ黒に染まりきっていたブランシュの髪のつむじから、さらさらと、その黒が抜けていった。毛先へ向かって黒が押し流され、霧散していく。
天へと昇る美しい光の粒が、やがて静かに落ち着く頃――ブランシュの髪は、元の、あのまばゆく美しい純白の髪へと完全に巻き戻っていた。
世界を救う調律の奇跡を終え、ブランシュはアルトの方へと振り返った。
その純白の瞳に、この上なく柔らかい、慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、彼女は告げる。
「アルト様。あなたはもう、苦しまなくてよいのです。……私がそんなこと、二度とさせません」
ブランシュの背中側。
破壊し尽くされ、瓦礫の山となった醜悪なルベリオン王城の壁越しに、地平線から昇ったばかりの、眩く、美しい朝陽の光が差し込み、二人を温かく照らし出していた。
長く、暗い、孤独な二人の夜が、今、完全に明けた瞬間だった。
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次回もお楽しみくださいますと幸いです。




