第40話 あなたへ捧ぐ
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世界を無に還そうと荒れ狂う、漆黒の巨大な竜巻。
激しく鼓膜を震わせる轟音と、城壁を容易く引きちぎる暴風のただ中。けれど、傷だらけのブランシュの視界には、その中心に佇むアルトの姿しか映っていなかった。
足首に無数に刻まれた生傷の痛みも、何度も床へ打ち付けられた頭の鈍痛も、そして、服の一切を身に纏っていない全裸の自分に対する羞恥すらも、今のブランシュには何も感じられなかった。
ただ、ひたすらに。あの孤独な人の傍へ戻りたかった。あの方を一人にしてはいけないという想いだけが、血に濡れた足の裏を突き動かし、崩壊していく床を強く蹴り上げさせる。
漆黒の暴風の奥。理性を失った死神――アルトは、焦点の合っていない昏い赤と黒の瞳をこちらに向け、おぼつかない足取りでブランシュの方へと向かってきていた。
アルトとの距離が縮まれば縮まるほど、不思議と全身に力が増していくようだった。
段々と早くなる足。荒くなる呼吸。
ブランシュは手を縛られたままの自由のない身体で、自ら吸い込まれるように、倒れ込むようにしてアルトの広い胸へと飛び込んだ。
ドサリ、と鉄の冷たさに衝突した、その瞬間――。
(――あぁ、あつい)
(――いたい。あたまがいたい)
(――骨がきしむ音がする。目の前が、もう見えない)
(――耳鳴りがする。ずっと、胃の奥が気持ち悪い)
彼の元へと辿り着いた刹那、アルトの魂が上げている悲痛な叫びが、直接ブランシュの脳内へと木霊した。皮膚の裏側を灼く強大すぎる魔力の奔流。かつて感じたものを遥かに超える、身を引き裂くような激痛。
その五感を狂わせる地獄のような苦痛の底で、アルトの魂は、たった一つの言葉だけを狂ったように繰り返していた。
(――会いたい。ブランシュ、お前に、会いたい――)
「……アルト様……っ」
ブランシュは、返り血で赤黒く染まった漆黒の鎧の上に自らの顔を預け、大粒の涙を一筋、ぽろりと零した。
「痛いですよね、アルト様……っ。苦しいですよね……。もう、あなたにそんな痛み、二度と味わって欲しくなかったのに……!」
その声に、その確かな体重に、アルトの肉体が微かに反応した。
未だ焦点の合わない、光を失った異形の瞳をブランシュへと向けながら、彼は痛みの中力を振り絞るようにして、ゆっくりと身体を起こす。
メキメキと重い金属音を立てて、重厚なガントレットの無骨な質感が、全裸のブランシュの細い背中へと触れる気配がした。
意識は薄れ、今なお命を灼くような激痛に視界すら失いながら。
それでも彼は、腕の中のブランシュが傷つかないように、彼女の身体を必死に支えようと、大きな手を差し出しているのだ。どこまでも優しく、不器用な愛のままに。
ブランシュはひと時の間のあと、溢れる涙を湛えたまま、ゆっくりと、暗闇の中に花が開くかのような神聖な微笑みを浮かべた。
「あなたは……本当にお優しい方。わたくしが傷ついて苦しむことに、これほどまでに胸を痛めてくださる……。そして何より、そのご自身の手が、強すぎる力が、他者を傷つけてしまっているという真実に……あなた自身が、誰よりも酷く傷ついておられるのですね」
城を破壊し、ルベリオンを蹂躙した化け物。世界は彼をそう呼ぶだろう。けれど、ブランシュだけは知っていた。彼は誰よりも優しく、誰の命も奪いたくないと、その魂で血の涙を流しているのだと。
「……もう、そんなことをしなくてよいのです、アルト様。わたくしが、あなたの傍におります。もう絶対に、あなたのしたくないことは、何一つさせません」
ブランシュは力強くそう告げると、そっと目を閉じた。
そして、返り血と血吐の混じる彼の冷たい唇へと顔を寄せ――深く、静かな口づけを交わした。
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