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あなたへ捧ぐ祝福  作者: なのか


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第38話 勘違い

数ある作品の中からちらりと覗いてくださりありがとうございます。

しばらくお付き合いくださいますと嬉しいです。

 返り血の赤い足跡を引きながら、アルチュールは王城の豪奢な大回廊を、悠然と歩いていた。

 その全身から噴き出す魔力は、もはや陽炎の域を超え、空間を歪めるほどの漆黒の渦となって荒れ狂っている。

 パチッ、パチチチッ、と大気が焦げ付く小さな爆音がいまだ絶え間なく鳴り響き、彼の昏い赤に染まった瞳は、見た者を即座に絶望させるほどの激しい怒りを宿していた。


 城内の異常な騒ぎを聞きつけ、回廊の奥からバタバタと無様に入り乱れた足音を立てて走ってきたのは、ルベリオン王国の国王と、第一王子だった。

 二人は、通路の向こうから歩いてくるアルチュールの、そのあまりにも禍々しく異形となった姿を目にした瞬間、本能的な恐怖でその身体を大きく強張らせた。

だが、彼らの脳内は、未だに傲慢な血統主義と都合のいい妄想に支配されている。自分たちが帝国の「絶対に触れてはならない逆鱗」を踏み抜いたことすら理解せず、当初の目的であった戦争賠償金の交渉を行おうと、国王が引きつった笑みを浮かべて声を張り上げた。


「あ、アルチュール陛下! よ、ようこそルベリオンへおいでくださいました! まずは、まずはどうか落ち着いて、我が王族と正式な会談を執り行おうぞ! 交渉と、国庫返還の調印が無事に済み次第……あのブランシュは、そちらへ帰ると言っております!」


 その浅ましくも身勝手な言葉が回廊に響いた瞬間、アルチュールはピタリと足を止めた。

 ここまで、ただ一点へと繋がる魔力だけを見つめ、周囲の有象無象には視線一つくれなかった死神が、おもむろにその赤と黒の双眸を動かし、王族の二人を冷酷に見やった。


「…………」


 だが、アルチュールはその場に憮然と立ち尽くしたまま、言葉を発する気配も、交渉の席につく気配も一切見せない。ただ、彼から放たれる漆黒の魔圧だけが、じわじわと周囲の壁や床にピキピキと亀裂を入れながら膨れ上がっていく。


 その、言葉を交わすことすら拒絶されたただならぬ雰囲気に、国王と第一王子は完全にたじろいだ。

「は、話を聞いているのか……っ!? いいか、先の戦争における、停戦合意の際の賠償金は我が国にとって――」

「――貴様らは揃いも揃って、何故こうも勘違いをするんだ」

 国王の言葉を冷たく遮って、アルチュールは吐き捨てた。

 感情の一切が抜け落ちた、絶対零度の声が回廊の空気を凍らせる。

「我がヴァランシエンヌ帝国軍は、貴様らの浅ましい宣戦布告に、ただ真摯に答えただけだ。……俺がわざわざこの地に足を運んだのは、戦争のためであって、貴様らゴミ屑の要求を聞きに来たわけではない」

 アルチュールは一歩、踏み出した。それだけで、背後の空間が爆ぜる。

「浅慮で無礼な、生きる価値もないこの国を――跡形もなく滅ぼしてやるために、俺はここへ来たのだ。……理解できたならブランシュを大人しく返すといい」


 格が違う。存在の重さが違いすぎる。

 統治者としての、そして絶対的な強者としての圧倒的な威圧感を前に、国王と第一王子は凄まじい恐怖に襲われた。心臓を直接掴まれたかのように顔面を蒼白にし、はくはくと酸欠の魚のように口を動かしながら、無様にその場へ尻餅をついた。何も言えない。ただ腰を抜かし、目の前の死神を見上げるしかなかった。


「……っ!」

 その時、アルチュールはある『気配』を敏感に察知し、王族の二人から勢いよく視線を外して、回廊のさらに奥へと振り返った。


 間違いない。このルベリオン王国に辿り着いたその瞬間から、ずっとその網膜に、魂に捕捉し続けてきた、あの忌々しい魔力の持ち主。ブランシュをその手で拉致し、帝国のものを無惨に殺した、あのネズミの気配がすぐ近くまで来ている。

 愛おしい人がすぐそこにいるという焦燥と、犯人への狂おしいほどの殺意。アルチュールは怒りと魔力の色をさらにドス黒く濃く燃え上がらせ、そいつが現れるであろう廊下の奥の重厚な扉を、爛々と輝く赤き瞳で睨みつけた。


 急に一点を見つめたまま、憎々しげにそちらを睨んで微動だにしなくなったアルチュールの様子に、床に這いつくばる国王と第一王子は何が起きたのか状況をまったく把握できない。

 その時――静まり返った回廊に、ジジジ……と不気味な音が響いた。

 尻餅をついていた第一王子の懐で、あの蒼黒色をした通信魔石が、脈打つように激しく震え始めた。それは他でもない、ブランシュを連れ去った暗部隊長からの、入電だった。

 床に這いつくばったまま、第一王子は狼狽しながらも懐の通信魔石を掴み取り、脳内で通話へと出た。


『お前、今どこにいる! 城内は大変なことになっているんだ! あの死神が単身で攻め込んできて、兵どもが皆殺しにされている! 早くこちらへ来て、俺たちを護れ!』

 王子の悲痛な叫びに対し、魔石の向こうの暗部隊長は、驚くほど平然とした、底寒い声で答えた。

『――お待ちください、殿下。あの死神は、言葉が通じる状態ですか? であれば好都合です。今そちらへ、例の無能の呪い子を連れて向かっています。国庫還元の交渉などという生ぬるいやり方ではなく、最初からこいつを盾にして、あの男に直接脅しをかけてやれば良いのです。こちらが圧倒的な優位をとらねば、生きては帰れませんよ』

『はは……っ、そうだな! そうだった、お前の言う通りだ! 実際にこの目で人質を見た方が、奴も自らの立場を理解するだろう! 早く、早く連れてこい!』

『もう着きます。では』

 ぷつりと通信が切れ、一筋の活路が見えたとばかりに、第一王子は無様に汚れた衣服を翻して立ち上がった。先ほどまでの恐怖はどこへやら、人質という極上の盾を手に入れた確信から、アルチュールへ向かって高らかに、傲慢な呼びかけを突きつける。

「ヴァランシエンヌ帝国皇帝、アルチュール・ノワール・ド・ヴァランシエンヌよ! こちらもはっきりと、分かりやすく言ってやろう! 今すぐにこの不当な侵略を止め、先の戦争で得た我が国の賠償金をすべて返還しろ! そしてただちに兵を下げ、我がルベリオン王国にくだれ!」

 その下劣な怒声が響き渡った、まさにその直後だった。

 アルチュールがじっと睨みつけていた回廊の奥の重い扉が、ギィ……と不気味な音を立てて開け放たれた。

 現れたのは、アルチュールがずっと捉え続けたあの魔力をまとった男だった。その男の肩には、手足を無惨に縛られ、身ぐるみを剥がされた、真っ白な塊がぐったりと担ぎ上げられてぶら下がっていた。


「……っ……、アル……様……」


 打ち所が悪く、乱暴に引きずられていたブランシュは、かろうじて意識を取り戻したものの、力なく垂れ下がることしかできない。男はその白い喉元へ、触れただけで肉を裂く鋭利なナイフの刃をぴったりと添わせたまま、にやにやと下品な笑みを浮かべてこちらへ近づいてくる。


 その最愛の姿を目にした瞬間。


 アルチュールは、呆然としたまま、彫刻のように微動だにしなくなった。声の一片すら発しない。

 それまで彼の周囲で爆音を立てて荒れ狂っていたどす黒い魔力の渦が、嘘のように、シュルシュルとアルチュールの足元を起点にして、一気に霧散していった。


 あまりの落差。あまりの異常な静けさ。


 広大な回廊には、ただ、ブランシュを担いだ男の鉄靴が床を踏み締める、コツ、コツ、という音だけが、ボロボロになった王城の壁に反響するばかりだった。

 アルチュールの漏れていた魔力が消え、大人しくなったその様子を見て、国王と第一王子は、自分たちが完全に勝利したのだと確信した。男たちは愉悦を隠しきれない醜悪な声色で、なおも勝ち誇る。


「よほどあの白持ちがお大事と見えるな! あいつの命は、いま完全に我らの手の中にあるのだ! ブランシュを無事に生きて返して欲しければ、今すぐ国庫の返還手続きを行え! ひれ伏せ、死神!!」


 どちらが先だったか。


 国王がその言葉を言い終わるのと、ほとんど同時だった。

 アルチュールは、ただ一歩。


 他の有象無象をすべて視界から排除し、ただ最愛のブランシュの姿のみをその瞳の奥に捉えて、静かに足を踏み出した。


 一瞬の、静寂。そののち。




 ――ド、ガ、ァァァァァァァァァァァンッ!!!!!




 突如として、世界の終わりを告げるかのようなとてつもない魔力が、アルチュールの身体から全方位へと爆発的に放たれた。

 それは、一切の加減を排した神の如き暴力。


 アルチュールが、ブランシュの囚われている場所まで歩いていく――その回廊の『一直線』の空間だけを奇跡的なまでの魔力制御で完全に無傷で残し、それ以外の、左右の巨大な大理石の柱、豪奢な壁、天井のすべてを、一瞬にして消し飛ばし、破壊し尽くしたのだ。

 轟音と共に瓦礫が吹き飛び、王城の半分が剥き出しの夜空へと崩壊していく。


 王族たちの目の前で展開されたのは、交渉などという次元を遥かに超えた、完全な「破壊神」の目覚めだった。

お読みいただきましてありがとうございました。

次回もお楽しみくださいますと幸いです。

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