第37話 死神の足跡
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国境の港が灰燼に帰してから、わずか数日。
世界を恐れさせた軍事大国の圧倒的な進軍の前に、ルベリオン王国の防衛網は紙細工のように破られ、王都はあっけなく帝国の漆黒の軍勢によって完全包囲された。
ルベリオン王城の、堅牢な城門の前。
漆黒の鎧を纏い、髪の先をどろりとした呪いの黒に染めたアルチュールは、本隊を率いてそこに佇んでいた。彼の背後には、主君の逆鱗を共有し、怒りに燃える数万の帝国兵が控えている。
「陛下、これより総攻撃を――」
「いや、自軍は城の周囲を固め、中から出てくる騎士たちを相手にしろ」
騎士団長の具申を、アルチュールは冷徹な声で遮った。昏い赤に染まった瞳と、右側が黒く侵食された異形の双眸が、巨大な城門をじっと見据える。
「一人も漏らすな。戦う意志を見せる者は、すべてここで殺せ」
「――はっ!!」
命令を下した次の瞬間、アルチュールは無造作に右手を前へと突き出した。
彼の内側から溢れ出る、天を衝くほどの漆黒の魔力が一筋の閃光となって放たれた。
ドォォォォォォン!!!
轟音と共に、何世代にもわたって王城を守り続けてきたはずの堅牢な鉄紋が、爆発の炎に包まれる暇さえなく、分子レベルで文字通り「消し去られた」。
粉塵が舞う煙の向こう側、アルチュールはただ一人、漆黒のマントを翻して悠然と王城の中へと乗り込んでいった。
◇
城内は、悲鳴と怒号が飛び交う地獄と化していた。
「侵入者だ! 化け物め、出会い頭に討ち取れ!!」
通路の奥から、ルベリオンの精鋭騎士たちが一斉に剣を抜き、殺到してくる。
だが、歩みを止めることすらしないアルチュールは、向かってくる兵たちを、ただ右手の指先ひとつで絶命させ続けた。
――パチン。
指先が小さく爆ぜるような音を立てるたび、襲いかかる騎士たちの脳髄が内側から破壊され、あるいは心臓を不可視の魔力に撃ち抜かれ、声もあげられずに床へと倒れ伏していく。
斬りかかる刃は、アルチュールの身体に触れる前に、彼の周囲を渦巻く漆黒の魔力の帯によって粉々に砕け散った。
一歩、歩くたびに、血の海が広がり、死体の山が築かれていく。
右手をただ軽く一振りするだけで、数十人の人間が壁へと叩きつけられて肉塊へと変わる。そのあまりにも圧倒的で、あまりにも無慈悲な『死』の執行を前に、やがて群がっていた兵たちの動きが止まった。
「ひ、……ひぃっ! 化け物、死神だ……っ!」
「勝てるわけがない……! 助けてくれ!!」
アルチュールが放つ絶望的な魔圧に当てられ、騎士たちはガタガタと全身を震わせ、恐怖のあまりに自ら武器を床へと投げ捨てた。誰一人として、この異形の王に挑もうとする者は居なくなった。通路の左右に這いつくばり、ただ嵐が過ぎ去るのを祈るように頭を抱える敵兵たち。
アルチュールは、そんな彼らへ視線一つくれることなく、城の中を一切の迷いなく進んでいった。
半年前、この国の王族どもと会談を行った部屋には確かに覚えがあった。だが、彼の目的はそんな場所ではない。
(――そこだ)
アルチュールの脳裏には、一本の細い、けれど絶対に途切れることのない『魔力の糸』がはっきりと見えていた。
あの不穏な事件、ヴァランシエンヌ帝国の自身の私室、その浴室の排水溝に残されていた、あの下衆なネズミの魔力の残滓。
アルチュールは、ルベリオンの港に降り立ったその最初の瞬間から、ずっとその魔力の波長を正確に捉え続け、捕捉していた。
どれほど複雑に入り組んだ王城の構造であろうとも、どれほど隠し通路の奥に潜もうとも、死神の目は誤魔化せない。彼はただ、愛おしいブランシュを奪ったその憎き魔力の残滓に向かって、真っ直ぐに歩を進めてきただけだった。
「ブランシュ……」
口の中で、その名前を零す。
彼女のいない数日間、彼の身体には再び、命を灼くような強大すぎる魔力が溜まり始め、皮膚の裏側を針で刺されるような激痛が走り始めていた。だが、今のアルチュールはその苦痛すらも、すべてルベリオンを滅ぼすための純粋な殺意へと変換していた。
コツ、コツ、と、返り血を浴びた漆黒の鉄靴が、大理石の床に赤い足跡を刻みながら進んでいく。
敵兵が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うなか、死神の歩みは一歩、また一歩と、ブランシュが囚われている最奥の扉へと確実に近づいていた。
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