第26話 紡がれる祝福
数ある作品の中からちらりと覗いてくださりありがとうございます。
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嵐のような高熱のピークが去り、ブランシュの体調は少しずつ、けれど確実に以前の平穏を取り戻しつつあった。
まだ完全な本調子とは言えず、長い距離を歩くと微かに目眩がするものの、ベッドの上に上体を起こし、刺繍の手を動かしたり、お茶を口にしたりする余裕が生まれる程度には回復していた。
そんな彼女の回復を誰よりも喜び、同時に誰よりも警戒しているのが、アルチュールだった。
「図書室へ行く? 却下だ。まだ病み上がりの身で歩き回るなど、言語道断だろう」
「ですが、アルチュール陛下。ずっとお部屋にいるのも、その……少し退屈と言いますか、新しい本が読みたくて……」
「ならば、司書のマルタにお前の部屋へ本を届けさせればいい。それならば許可する」
「まぁ……! よろしいのですか?」
「……ただし、一日に一、二時間だけだ。マルタがここにいる間だけ、俺は執務室に戻って公務をこなしてくる。ロザリー、時間を厳守させろ」
「はいはい。仰せのままに、陛下」
そうしてようやく勝ち取った読書の時間。
アルチュールが後ろ髪を引かれるような顔で執務室へと向かった後、入れ替わるようにして寝室を訪れたのは、本を何冊も抱えた老侍女、マルタだった。
「ブランシュ様、ご気分はいかがですか? 陛下がそれはもう恐ろしい顔で『一瞬でも目を離すな』と仰るものですから、緊張してしまいましたわ」
「ふふ、ごめんなさい、マルタさん。アルチュール陛下には少し……その、大変心を配って頂いていて…」
マルタの冗談交じりの言葉に、ブランシュは困ったように、けれど嬉しそうに頬を緩ませた。
窓辺の柔らかい光のなか、マルタが持ってきた本を開き、他愛のない物語の感想や帝国の歴史について語り合う。それはブランシュにとって、何にも代えがたい穏やかで贅沢な時間だった。
ひとしきり本の話が落ち着いた頃、ブランシュはふと、自身の未だ黒い毛先を見つめながら、数日前に女性医官から告げられた見立てについて、マルタに打ち明けた。
「マルタさん。実は先日、医官の先生から、私の体について不思議なことを言われたのです」
「不思議なこと、ですか?」
「はい。私は魔力を持たない『空っぽの器』ですが、ただ陛下の魔力を溜め込んでいるのではないそうなのです。私の体に取り込まれた陛下の魔力は、時間の経過と共に、まるで蒸発するように、少しずつ外へと放出されているらしくて……」
ブランシュは、かつてマルタから教わった聖典の言葉を思い出しながら、祈るように胸元で手を組んだ。
「魔法は使えませんが、もし私の体が、陛下の溢れた魔力を消しているのではなくて蒸発……自然へと還せているのだとしたら……。それは、ほんの少しでも、この国のためになっているのでしょうか」
じっと耳を傾けていたマルタは、ブランシュの純白の瞳を見つめ、それから、これ以上ないほど温かく、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんでございますとも、ブランシュ様。それこそが、あなたが神様から授かった、あなただけの『祝福』ですわ」
「私の、祝福……」
「覚えていますか? この帝国では、持てる者が持たざる者へ力を捧げ、世界を循環させて生きているのだと。陛下から溢れた強すぎる魔力を、あなたの清らかな器が吸い取り、大地や空気へと優しく逃がしてあげる。それは、誰一人として傷つけずに、陛下とこの世界を調律する、あなたにしかできない特別な役割なのです」
マルタは抱えていた本を机に置き、ブランシュの白く細い手を、包み込むように両手で握った。
「ルベリオンの者たちは、魔力の有無という狭い物差しでしか人を見られなかった。けれど、私から見れば、ブランシュ様の誰もが見惚れるその美貌も、人の痛みに寄り添えるお優しい心も、どんな逆境であっても前を向こうとする頑張れる強い気持ちも……そのすべてが、他には無い、等しく尊い特別な祝福なのです。神様は、あなたにたくさんの愛を預けられたのですよ」
「マルタさん……」
心の奥の、一番柔らかい場所を宥められるような温かい言葉に、ブランシュの胸が熱くなる。
――ああ、やっぱり、祝福の形は一つではないのだ。
ルベリオンでは「無能」と虐げられ、存在することすら罪だと思い込まされていた。
けれど、このヴァランシエンヌ帝国で、アルチュール陛下に拾われ、マルタたちと出会ったことで、ブランシュは改めて実感していた。
神様が与えてくれる光の形は、人によって全く違う。そして、その力の与え方、捧げ方もまた、決まった形などないのだと。
「私……もっと、この体について知りたいです。アルチュール陛下を、そしてこの国を、私の祝福で守れるようになりたい」
「フフ、そのお強いお気持ちこそが、何よりの奇跡でございますね」
マルタは愛おしそうに目を細め、ブランシュの髪を優しく撫でた。
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