第22話 愛の在処
数ある作品の中からちらりと覗いてくださりありがとうございます。
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真っ白な、境界線のない空間。
ブランシュは静かに腰を下ろした。
決して振り返ってはならない、会いたかったあの人の気配。その気配も背中を合わせるように座り込んだのを感じた。
ブランシュは目に見えない背中に感じるその温もりに身を委ねながら、この短い間に触れた様々な「愛」について、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「私……ここへ来るまで、愛というものが何なのか、ずっと分からなかったのです。ルベリオンでは、魔力を持つ者だけが価値があり、持たない私はただの失敗作だったから。……でも、今なら分かります。あの暗闇の塔で、あなたが私をただ慮って、温かいスープを運んでくれたこと。あれは、間違いなく私への『愛』だったのですね」
背後の気配が、愛おしげに小さく揺れたような気がした。
「それから、夢の中で見たアルチュール陛下と、そのご両親のことも……。陛下を抱きしめたまま灰になってしまったご両親には、残酷だけれど、溢れるほどの膨大な愛があった。そして陛下もまた、大好きなご両親を困らせたくなくて、身を灼くような苦痛をずっと一人で我慢していた……。それもきっと、あの方の愛だったのです」
そしてブランシュは、帝国へ来てからの輝かしい三ヶ月を思い出す。
「ルベリオンでは見たことも、聞いたこともありませんでした。でも、このヴァランシエンヌ帝国には、持てる者が持たざる者へその祝福を捧げ合う、本当に優しい愛の形がある。ロザリーさんやマルタさん、城の皆が、無能な私を当たり前のように労ってくれた。……そして、そのすべてを受け取るきっかけとなる最初の一言をくれたのは、アルチュール陛下でした」
語り終えたブランシュに、老侍女の声が、どこか切なげに、けれど優しく問いかける。
「……ブランシュ様。貴方様は、その皇帝陛下を、愛しておいでですか?」
「……分かりません」
ブランシュは正直に答えた。それが恋や愛という名前のものなのか、今の彼女にはまだ正しく定義できない。
「だけど……私をあの地獄から救い、生きる温もりをくれたあの方に、私も何かを『与えたい』と思ったのです。あの人が一人で寂しく苦しんでいるのなら、今度は私のすべてを捧げてでも、あの方の孤独を埋めてあげたい。そう、心から願ったのです」
ブランシュの言葉を聞いた老侍女は、しばらくの沈黙のあと、ゆっくりと、朗らかな声で呟いた。
「――そうですね、殿下。愛とは、誰かに返すものではないのです。ただ、その人のために自発的に『与えるもの』なのですから。貴方様はもう、立派にその答えを見つけられましたね」
ふわり、と。
ブランシュの左手を、あの懐かしい、皺くちゃで温かい手が優しく包み込んだような気がした。
「さあ、もう行かなくては。……貴方様の本当の幸せは、ここにはありませんから」
その言葉を最後に、真っ白な世界が、まばゆい光の粒子となって優しく弾けた。
◇
あの凄絶な暴走の爪痕など、何一つ残っていないほどに、皇帝の私室は美しく片付けられていた。
かつて部屋を暗黒に閉ざしていた、黒く重たかった遮光カーテンは左右へと大きく開け放たれ、窓からは柔らかな朝の光が惜しみなく降り注いでいる。その光とどこまでも温かく優しい風を受け、白いレースのカーテンが、さらさらと揺れていた。
そんな奇跡のように爽やかな部屋の真ん中で。
ベッドの脇に座るアルチュールだけは、まるで世界から切り離されたかのように、神妙かつ真剣な眼差しで、じっとブランシュを見つめ続けていた。
その漆黒の瞳には、強い焦燥と、二度と彼女を離さないという執着、そして祈るような深い情念が混ざり合い、静かに燃えている。
光に満ちた美しい部屋の情景と、漆黒の皇帝が醸し出す、あまりにも対照的で張り詰めた静寂。
ふいに、その静かな室内で、ベッドに横たわるブランシュの長い睫毛が、微かに、震えた。
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