第20話 死神の焦燥
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「ブランシュ……っ! おい、目を開けろ、ブランシュ――!!」
床に倒れ込んだ純白の身体を、アルチュールは狂ったように抱きかき寄せた。
触れた彼女の身体は、驚くほど軽くて、脆い。口の端から溢れた赤黒い血が、床に広がった絹糸のような白髪を汚していく。
自分のせいだ。俺の呪われた力が、この無垢な少女を内側から破壊したのだ。
十五年前、両親を焼き殺したあの夜の恐怖が、全く同じ生々しさでアルチュールの脳裏を支配する。また俺は、自分を抱きしめてくれた者を、この手で殺してしまったのか。
「ああ、くそっ……! ロザリー!! 医官を呼べ!! 城中の医官をすべてここに集めろ!!」
アルチュールは、生まれて初めて、喉がちぎれんばかりの悲鳴を上げて叫んだ。
自身の体からは、あの狂おしい激痛も、血管を灼く漆黒の疼きも、綺麗さっぱり消え去っている。身体は信じられないほど軽いが、引き換えに胸の奥が、恐怖で今にも破裂しそうだった。
バタンッ!!と、鍵の開いていた重厚な扉が激しく押し開けられる。
廊下で息を吹き返し、這うようにして待機していた侍女長ロザリーが、主君の尋常ならざる叫び声に、顔を真っ青にして飛び込んできた。
「アルチュール陛下……っ!? ――ッ、ブランシュ殿下!!」
「ロザリー、医官だ! 早くしろ!! この娘の息が……っ、脈が弱くなっている!!」
抱きしめるアルチュールの腕がガタガタと震える。
冷徹なる皇帝、戦場の死神と恐れられた男が、まるで迷子の子どものように涙を流し、血塗れの少女を必死に腕の中で繋ぎ止めようとしていた。ロザリーはその異常な光景に一瞬だけ目を見開いたが、すぐにプロの侍女長としての顔に戻り、鋭く廊下へ向かって叫んだ。
「医官!! 早く中へ!! 道具をすべて持ってきなさい!!」
ロザリーの指示で、控えていた女性医官たちが、青ざめながらも迅速に部屋へと雪崩れ込んできた。
「陛下、殿下をベッドへ!! すぐに容態を確認します!!」
アルチュールは言われるがまま、宝物を扱うかのような手つきでブランシュを抱え上げ、ふかふかの天蓋付きベッドへと横たえた。
すぐに医官たちがブランシュの胸元に耳を当て、脈を測り、口元の血を拭っていく。
「……信じられない」
診察を始めた女性医官が、驚愕のあまり声を漏らした。
「医官、何があった! 容態はどうなんだ!?」
アルチュールが詰め寄る。医官は震える手で、ベッドの上のブランシュ、そして彼女の「髪」を交互に見つめた。
「殿下の体内……一滴の魔力も存在しなかったあの綺麗な『器』の中に、今、膨大な、それこそ国家一つを揺るがすほどの凄まじい『漆黒の魔力』が収められているのです。これは……まさか、陛下の魔力を、殿下がその身に引き受けられたのですか……!?」
「何……?」
「殿下のお体は、そのあまりにも過剰な魔力の濁流に耐えかねて、拒絶反応から出血を起こされたのです。ですが……ですが、不思議なことに、殿下の体内にある『器』そのものは、陛下の魔力を拒絶していません。むしろ、暴れる魔力を優しく包み込み、ゆっくりと中和させようとしています。……見てください、お髪を」
医官に言われ、アルチュールはブランシュの髪を凝視した。
扇状に広がった美しい純白の髪。その毛先から半分ほどが、どろりとした深い真っ黒な色へと染まり変わっている。それは、彼女がアルチュールの呪い(黒)を、自らの身を挺して吸い取り、分け合ったという、紛れもない証拠だった。
(私の祝福は、あなたにも分け与えられるものだった――)
ブランシュが微笑みながら呟いた言葉が、アルチュールの脳裏に蘇った。
魔力を持たない「持たざる者」だったはずの彼女が、魔力が多すぎて死にかけていた「持つ者(俺)」のために、自分の命を、器を、すべて捧げてくれたのだ。
「……治療法は、あるのか」
アルチュールはベッドの脇に膝をつき、ブランシュの、毛先が黒く染まった髪を見つめ、彼女の白い手を両手でそっと包み込んだ。
「出血は止まっているようですので、肺に入り込んだ血を吸い出しましょう。また、お体に溜まった魔力を安定させる薬を投与します。幸いにも器が破壊されていないため、命に別状はありません。ですが、これほどの負荷です……意識が戻るまで、数日はかかるかと」
「そうか。……なら、俺がここで見守る。お前たちはすぐに治療の準備を進めろ」
「陛下……? ですが、ご自身の御身も……」
「俺は平気だ。身体の痛みは……どこにも、ない」
アルチュールは、ブランシュの手をぎゅっと握りしめた。
これまで十五年間、誰も彼に触れられず、触れたものはすべて灰になってきた。
なのに、目の前の少女は、俺に触れて、俺を救い、こうして温かい体温を残してくれている。
「死ぬな……ブランシュ。頼むから、俺を置いていかないでくれ……」
漆黒の皇帝は、意識のない純白の少女の手を額に当て、ただ祈るように、静かに、激しい焦燥の中で彼女に縋り続けるのだった。
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