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あなたへ捧ぐ祝福  作者: なのか


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第12話 仄暗い予兆

数ある作品の中からちらりと覗いてくださりありがとうございます。

しばらくお付き合いくださいますと嬉しいです。


 「これでは硬すぎるだろう。俺のは良い。彼女の椅子を、もう少し負担の少ない柔らかい座面の物に取り替えろ」

 窓際にある二人掛けの洗練されたダイニングテーブルへとブランシュをエスコートした直後、アルチュールは眉根を寄せてすぐに指示を出した。


 用意されていたのは、職人の意匠が凝らされた木製の高級椅子だ。しかし、今の彼女の青あざだらけの体には、その木肌の硬さすら障るに違いない。


 急な命令に、ブランシュは手間をかけさせることへの強い忌避感と、皇帝であるアルチュールの指示を遮って良いのかという不安から、どうして良いか分からずにおろおろと視線を彷徨わせている。


「殿下、さあ、こちらへ。陛下のご厚意に甘えましょうね」

 すかさずロザリーが手配した、最高級のふかふかとしたクッション付きの椅子へ、ブランシュは促されるままに小さくなって腰掛けた。身を預けた瞬間、痛みが和らいだのか、彼女の純白の瞳がほっと丸くなるのを、アルチュールは正面の席から見逃さなかった。


 すぐに、湯気を立てる朝食が運ばれてくる。

 アルチュールの前には、帝国軍の総帥にふさわしい、よく焼かれた肉と堅焼きのパン。対してブランシュの前には、昨夜と同じくじっくり煮込まれた体に優しいスープと、驚くほど柔らかく焼き上げられたトーストが並んだ。

「……食え。冷めないうちに」

 短く促し、アルチュールは静かにナイフを入れた。

 会話らしい会話はない。賑やかな楽しさなどどこにもない、ひたすら静かな朝食だった。だが、アルチュールの黒い瞳は、無意識のうちに正面の「純白」をじっと見守っていた。


 ブランシュの食事は、驚くほどゆっくりだった。

 スプーンを小さく口に運び、咀嚼し、飲み込む。実家でどれほど惨めな食事の時間を過ごしてきたのか、彼女は「食べ物を咀嚼して胃に収める」という行為自体に、どこか酷く緊張しているように見えた。


 時折、彼女はスプーンを持ったまま動きを止め、窓の外へと視線を向けた。

 窓の向こうには、帝国の美しい中庭と、青い空が広がっている。実家の古い塔では、窓にガラスすらなく、ただ冷たい風を遮るためだけに閉じこもっていたのだろう。外の景色を、珍しいものでも見るようにじっと眺めている彼女の純白の瞳は、朝日の光を反射して、まるで星のようにきらきらと輝いていた。


 (……あんな顔もするのか)


 ただ泥の中で凛と立っていた、あの執務室での姿からは想像もつかない、無垢な少女の顔。


 ブランシュが外の景色に気を取られている隙に、ロザリーがそっと彼女の手元へ、次に食べられそうな柔らかい温野菜の小皿をさりげなく配膳していく。

 視線を戻したブランシュは、いつの間にか増えている小皿に小さく瞬きをし、ロザリーに促されると、嬉しそうにまた一口、ゆっくりと口に運ぶ。

 有能な侍女長の完璧なサポートと、それに護られながら、少しずつ緊張を解いていく純白の少女。

 それは、戦場ばかりを渡り歩いてきたアルチュールにとって、驚くほど穏やかで、有意義な朝の時間だった。この静かな安らぎが、いつまでも続けば良いと、心のどこかで思いかけた、その時だった。


「――っ」


 突如、アルチュールの体内の奥深くから、ぞっとするような熱が跳ね上がった。

 内側から肉体を灼くような、凄まじい激痛。

 内臓を、血管を、内側から引き裂くように、コントロールを失いかけた『力』が体のそこかしこで疼き始めたのだ。


 彼が生まれ持った圧倒的な“黒”は、この穏やかな空間に冷たい影を落とす。

 アルチュールは無意識にナイフを持つ手に力を込め、奥歯を噛み締めて痛みに耐えた。


 彼の肌の表面に、一瞬だけ、どろりとした不吉な漆黒の魔力の霧が揺らめく。


 正面にいるブランシュに、この醜悪で恐ろしい姿を見せるわけにはいかない。


「……陛下?」

 僅かに漏れ出たプレッシャーに気づいたのか、窓の外を見ていたブランシュが、不思議そうに純白の瞳をこちらへ向けた。

「……なんでもない。少し、考え事をしていただけだ。……気にするな」

 アルチュールは、声を絞り出すようにして冷淡に言い返し、すぐに残りのパンを口へと運んだ。

 だが、内側を灼く黒い炎は、刻一刻と彼の肉体を蝕み続けている。


 この苦痛を和らげるためには、また近いうちに、単身で戦場へ出向くしかない。これまで幾度となく繰り返されてきた、あの孤独な絶望の未来が、すぐそこまで迫っていた。

 何も知らない純白の少女は、アルチュールの言葉に「はい」と小さく頷き、また静かにスープを啜り始める。



 この時、二人はまだ何も知らなかった。

 アルチュールを殺し続けるこの呪われた「漆黒の疼き」を、正面にいる「空っぽの純白」が、すべて優しく飲み込んで救うことになる、その運命の瞬間を。


お読みいただきましてありがとうございました。

次回もお楽しみくださいますと幸いです。

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