半分でも選べる
ハーリドとの合意が成立した翌日、石門に行った。
朝の遺跡は静かだ。砂漠の空気がまだ冷たくて、息が少しだけ白くなる。日が昇れば消えるほどの薄さだが、朝だけは砂漠も冬を思い出す。
今日は門を安定させる作業だ。半分の力で、門の魔力回路に均等に供給する。壊さないように。無理をしないように。門が自然に保持できる状態まで、構造を安定させる。最後の仕上げだ。
ナディアが隣で計測をしている。石の温度、光の色、振動の周期。すべてを記録する。手帳に数字が並んでいく。私の消耗を見るのはルーカスの仕事で、門の反応を見るのはナディアの仕事。役割分担ができている。
門柱に手を当てた。魔力を流す。もう慣れた感覚。最初は怖かった。半分しかない力を門に流すことが、自分をすり減らすことのように感じた。でも今は違う。すり減らすのではなく、循環させている。門の中を通った魔力が、少しだけ温度を変えて戻ってくる。行って、帰ってくる。呼吸に似ている。息を吐いて、吸う。繰り返すたびに、門の構造が少しずつ安定していく。
門は安定した位置で止まっている。人が一人、横向きに通れる幅。全開ではない。でも記録庫にアクセスするには十分。
今の私に必要なのは、全開にすることではない。必要な分だけ開けて、必要な分だけ守る。それが半分の力の使い方だ。
手を離した。門は安定している。光が穏やかに脈打っている。もう消えない。構造が安定した。
「安定しました。もう外部からの供給なしで、この状態を保てます」
ナディアの声が震えていた。二十年間の研究が、一つの結論に辿り着いた瞬間。門は開いた。安全に。壊さずに。半分の力で。彼女がランプを翳して門の内部を確認した。光が安定して灯っている。門柱の紋章が穏やかに脈打っている。もう消えない。
ルーカスが水筒を差し出した。受け取って飲む。水が喉を通る。身体は疲れているが、壊れてはいない。指先は少し白いが、震えてはいない。膝に力が入る。立てる。歩ける。以前の全力を使った後のような、翌日起き上がれない消耗はない。半分の力を正しく使えた証拠だ。
「お疲れ」
ルーカスの声は、いつもと同じ温度だ。特別なことをした後でも、この人は同じ声で話す。それが良い。大げさに褒めない。心配しすぎない。ただ、水筒を差し出す。
遺跡からの帰り道、並んで歩いた。ルーカスが右、私が左。いつもの配置。砂漠の夕日が二人の影を長く伸ばしている。影が重なっている。歩幅が合っているから、影の形が崩れない。風が砂を巻き上げて、二人の足元を流れていった。
「ルーカス」
「何だ」
立ち止まった。砂漠の空が広い。果てしなく広い。この広さの中で、二人だけが立っている。
「告白の返事を、まだしていなかった」
ルーカスの歩幅が、一歩分だけ短くなった。すぐに戻った。
「急がなくていい」
「急いでいません。ただ、今の私で答えたいと思った」
足を止めた。ルーカスも止まった。砂漠の風が、二人の間を通り抜けた。乾いた風。髪が揺れる。
「好きだと言ってくれた時、嬉しかった。でも、返事をする準備ができていなかった。今は、少しだけ準備ができた」
ルーカスは黙っている。目だけがこちらを見ている。平坦な目。でも奥に、かすかな揺れがある。
「私も。あなたのことが好きです」
言った。声が砂漠の空気に吸い込まれていく。遮るものがないから、声がどこまでも届きそうだ。
ルーカスの目が、一瞬だけ細くなった。笑ったのだ。目だけで。口元は動かない。
「そうか」
一言。それだけ。でも、その一言の声が、いつもより少しだけ柔らかかった。ルーカスの硬い表情に、一本だけ線が入ったような変化。目の縁が、ほんの少し緩んだ。
二人で歩き出した。歩幅は変わらない。距離も変わらない。でも空気が変わった。言葉にした途端に、同じ景色が違って見える。砂丘の稜線が柔らかい。空の色が深い。砂漠の匂いが、少しだけ甘くなった。気のせいだ。でも、気のせいでいい。
砂漠の夕日が、二人の影を長く伸ばしている。影は重なったまま、ザハラの白い壁に向かって伸びていた。壁に届く前に、日が沈むだろう。でも影は明日もまた伸びる。
宿舎が見えてきた。マリアがテラスで茶の支度をしている。三つ分のカップ。私たちが戻ってくることを知っている。帰る場所がある。それは、どこにいても変わらない。




