王家からの使者
ハーリドの予告通り、使者は三日後に着いた。
昼過ぎ、宿舎の門に馬車が止まった。ガルディア王国の紋章をつけた馬車。車体に砂塵がこびりついている。車輪の軋みが、白い壁に反響した。国境の町から、砂漠の道を走ってきたのだろう。御者の顔が赤く日焼けしている。
降りてきたのは、離宮に来た二人の文官とは別の人間だった。一人は結界管理局の上級書記官。四十代、灰色の髪、几帳面そうな顔。もう一人は——見覚えがあった。アレクシスの侍従だった男。名前はヴェルナー。痩せた中年の男で、目が鋭い。アレクシスの意を汲んで動く、忠実な犬のような人だった。婚約していた頃、何度か顔を合わせたことがある。いつも一歩下がった場所に立って、すべてを見ていた。
二つの顔で来た。結界管理局と、元婚約者。公と私を同時にぶつけてきた。計算されている。
テラスで会った。マリアが茶を出した。使者たちは茶を受け取ったが、飲まなかった。口をつけることが、歓待を受け入れることになると分かっているのだ。こちらの茶を飲まないのは、こちらの客になるつもりがないという意思表示。
「リゼロッテ・ブランシュ殿。結界管理局より、帰還の要請をお伝えします」
上級書記官が書状を差し出した。封蝋は赤。カイルの署名。便箋は上質な紙で、字は几帳面に揃っている。内容は予想通りだった。結界維持体制の再編に伴い、ブランシュ家の魔力保持者の所在確認が必要。帰国し、結界管理局の聴取に応じるよう求める。法的強制力はないが、圧力は十分にある。「求める」という動詞が三回使われている。繰り返しは意図的だ。
「結界の現状については、エルヴィラを通じてフリードリヒ陛下に報告済みです。追加の聴取は不要と判断します」
書記官の顔が少し歪んだ。この回答も想定内だったのだろう。しかし想定内であっても、面前で断られるのは別の痛みがある。だが二つ目の札がある。
ヴェルナーが口を開いた。声は穏やかだ。練習された穏やかさだ。だが中身は穏やかではない。
「リゼロッテ殿。アレクシス殿下より、個人的なお言葉をお預かりしております」
「アレクシス殿下とは、婚約は解消済みです。個人的な伝言を受ける義務はありません」
「義務ではなく、お気持ちを——」
「気持ちの話を、結界管理局の使者と同じ馬車で持ってくるのは、個人的ではなく政治的です。ヴェルナー殿、あなたもそれは分かっていらっしゃるでしょう」
ヴェルナーが口を閉じた。目が鋭くなった。切り返しが予想より早かったのだろう。
ルーカスがテラスの端に立っている。腕は組んでいない。両手を下ろして、すぐに動ける姿勢。ヴェルナーの目がルーカスに移った。護衛の存在を計算に入れている。ルーカスは視線を返さなかった。使者を見ていない。使者の手を見ている。
「帰還は辞退します。フリードリヒ陛下の渡航許可の範囲内で、家伝調査を継続します」
「しかし、結界の安定に——」
「結界の安定は、私がいなくても維持されています。半年前に供給を止めた時点で、その事実は証明されました」
書記官が押し黙った。これは事実だ。私が魔力供給を止めても、結界は崩壊しなかった。つまり私の魔力は「必要」ではなく「便利」だったのだ。便利なものを取り戻したい。それが本音だろう。
ヴェルナーが最後にもう一度口を開いた。
「殿下は、リゼロッテ殿のことを案じておいでです」
「お気持ちはありがたく。ただ、案じていただく必要はありません。私は自分の判断で、ここにいます」
使者たちが去った後、テラスに静けさが戻った。飲まれなかった茶が二つ、テーブルの上で冷めていた。マリアが無言でそれを片付けた。冷めた茶は庭の植木に撒く。マリアの無駄のない動作が、テラスに日常を取り戻していく。
ルーカスがようやく姿勢を緩めた。肩を回して、首を傾けた。長時間、緊張を維持していた身体をほどいている。
「あの侍従、剣を隠し持ってた。左の腰」
「気づいたの」
「仕事だからな」
使者に剣を持たせて送り込む。交渉の席に武力を忍ばせる。それがアレクシス側のやり方だ。ルーカスがいなければ、もう少し怖かったかもしれない。いてくれて良かったと思った。声には出さなかった。
ハーリドの姿が、宿舎の向かいの建物の窓に見えた気がした。見ていたのだろう。使者のやり取りを。結果も含めて。あの人は、こうなることを予想していた。予想した上で、情報を先に渡してくれた。その借りは、後で計算に入ってくる。それでも、借りは借りだ。




