触れてはいけない門
三度目の訪問で、石門に変化があった。
朝から遺跡に向かった。砂漠の朝は空気が澄んでいて、遠くの岩山の稜線まではっきり見える。マリアが持たせてくれた水筒と、干し果物を鞄に入れた。今日はナディアも一緒だ。昨日の書簡を読んだと話すと、ナディアの表情が変わった。口元は変わらないが、目の奥に光が灯った。研究者の目だ。二十年間待っていた情報が、ようやく来た時の目。
「お母様の書簡に、門の構造についての記述がありましたか」
「魔力応答型だと。ブランシュ家の魔力に特化した設計だと書いてありました」
「ええ。我々も同じ結論に達しています。ただし、我々の側には起動できる魔力の持ち主がいない。二十年間、門はずっと眠ったままです」
二十年。母が来た時に部分応答があって、それ以来誰も開けられなかった。私はその二十年越しの鍵を持って、ここに来た。
石門の前に立つ。ペンダントを外して、右手に握った。左手を門柱の紋章に当てた。
共鳴が始まった。今度は、最初から強い。
脈拍のリズムではなく、もっと連続的な振動。水流に似ている。腕の中を、温かいものが流れていく。魔力が門柱の中に入っていく感覚がある。半分の力が、門柱の構造を辿って、奥へ奥へと流れ込む。
門柱の表面に光が走った。前回より広い範囲。紋章の溝だけでなく、門柱の表面全体に、青白い光の網目が浮かび上がった。光が門柱から門の上部に伸びて、アーチの頂点で合流した。
門の中央に、縦に一本の光の線が走った。隙間だ。門が開こうとしている。
半分。
門が半分だけ開いた。正確には、門の右側だけが数センチ後退した。左側は動かない。全力なら両側が開くのだろう。今の私の力では、片側しか動かせない。
隙間から、冷たい空気が流れ出てきた。外の砂漠の乾いた熱気とは全く違う。湿気を帯びた、石の匂いのする冷気。何百年も閉じ込められていた空気。
指先がしびれ始めた。消耗が来ている。まだ流し続ければ、もう少し開くかもしれない。
「止めてください」
ナディアの声が鋭かった。
「無理に開ければ、門の構造が壊れます。部分起動の状態で過負荷をかけると、内部の魔力回路が焼き切れる。そうなれば、二度と開かなくなります」
手を離した。光が消える。振動が止まる。門は数センチ開いた状態で、静止した。
指先を見た。白くなっている。腕が少し震えている。半分の力で、門の半分を動かした。その消耗は、思ったより大きい。膝に力が入らなくなって、ルーカスが後ろから肩を支えた。
「座れ」
「ええ……」
石門の前の岩に座らせてもらった。水筒の水を飲む。手が震えていて、水がこぼれた。ルーカスが水筒を持ち直してくれた。言葉は少ない。手だけが的確に動く。
ナディアが門の隙間を覗き込んでいた。小さなランプを翳して、中の様子を確認している。目が輝いている。二十年間待ち続けた扉の内側を、初めて見ている。
「記録庫のようです。棚がある。石の棚に、巻物か、あるいは石板か——光が足りません。埃の匂いがします。空気が古い。詳しくは、もう少し開かないと確認できません」
「もう少し開けるには」
「全力の魔力か、あるいは——」
ナディアが言いかけて、止めた。何かを思い出したように、口を閉じた。
「あるいは、何ですか」
「……半分の力でも、時間をかけて少しずつ供給すれば、門の構造を安定させることは可能かもしれません。ただし、データがない。二十年間、誰もこの門に魔力を通していませんから。壊れるリスクはゼロにはなりません」
ナディアの目は門の隙間に張り付いている。中を見たい。研究者としての渇望が、言葉の端に滲んでいる。でも彼女は「無理をしろ」とは言わない。壊れたら二度と開かないことを、誰より知っているから。
今の私にできることの境界線が見えた。全力は戻っていない。無理に開ければ壊れる。でも半分の力で、時間をかければ、可能性はある。急がないこと。壊さないこと。それが今の私の仕事だ。
今の私です、と心の中で呟いた。半分の私で、半分の門を。それが今の限界であり、今の可能性でもある。母は全力でもこの門を開けきれなかった。私は半分の力で、半分だけ開けた。方法が違うだけで、立っている場所は同じだ。
帰り道、ペンダントを握った。金属は冷たくなっていた。体温が門に吸い取られたかのように。




